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第51話 動き出す王国

「報告します。王宮の結界レベルがあがりました。聖女クレアの部屋周辺と同等の結界が張られ、〝透過〟状態での侵入も不可能になりました」

「やはり動き出したか」


 宿屋にて、レイが腕を組んだままジズからの報告を聞いている。しまった。予定よりも早かった。わたしが闘技大会の舞台会場を壊した事で一日スケジュールが空いたのだ。本来ならこれを機に王宮へ忍び込み、お姉さまへ昨晩〝投影〟魔法で創ったメッセージを届ける算段だった。


 どうやら今の王宮はあらゆるモノの侵入を防ぐ状態にあるらしい。動物の眼を借りるジズの魔法も遮断されたんだそう。仕方がない。やはりお手紙は当初の計画通り、闘技大会の会場、お姉さまが特別席に居るタイミングでどうにか渡すしかない。


「レイ様、アンリエッタ様。但し、王宮の会議室へ忍び込ませていた鼠によって、緊急会議の様子は途中まで把握出来ました」

「流石だなジズ。続けてくれ」


 ジズからの報告は続く。どうやらソルファが敗れた事が予想外の出来事だったらしく、貴族や王族の人達もかなり荒れていたみたい。中にはルーズを次の試合前に捕えろとか、闘技大会を中止しろとか、過激な発言も目立っていたよう。


「まぁ、ルーズはわたしが〝魅了〟魔法で村へ帰るよう誘導しておいたから、万一、王国に捕まる心配はないわ」


 やはりあの時、保険をかけておいて正解だった。まぁわたしの名前を聞いたら何も答えないという暗示はお姉さまの前で発動しちゃったんだけど、それはそれで仕方がない。


 ジズさんの報告は続く。貴族達の過激な発言が目立つ中、会議中終始落ち着いていたのはエルフィン王子だったそう。どうやら王国最強の一人と謳われる人物がまだ勝ち残っているため、〝大魔女メーテルの杖〟が王国から外へ流れる万一はないと考えているみたいで。その王国最強の一人と謳われる人物は……。


魔物狩人モンスターハンター。魔物を狩り、魔物の死骸からの素材を集める事を生業とした職業。その筆頭と呼ばれるバトラス・ウエストリバー。アンリエッタ様が続けて出場していれば、次戦で対戦する可能性がありました」

「あら♡じゃあ対戦しちゃおうかしら。ルーズの代わりにわたし、次も出ましょうか?」


 ふふふ。またあの爆発を……そう考えると血が騒いで仕方がないわ。


「止めておけ。予定通りルーズは次戦、棄権だ。そいつは決勝で俺が自ら叩く」

「レイなら間違いなく勝つものね。じゃあレイ、お願いね」


 剣を裁くレイの姿も素敵だもの。お母様の形見は予定通り、レイが奪取するわ。


 他にもエルフの国、ドワーフの国、遥か東国の女刀剣士と、各国の代表が勝ち残っている。各国の有力貴族や関係者が観覧している中、今王国に闘技大会を止める術はないのだという。


「結果、我々のような賊が忍び込んでいる可能性を想定し、結界レベルを上げた、という訳だな」

「え? もしかしてわたしがやりすぎたせい……?」

「アンリエッタは悪くない」

「ごめんなさい」


 ジズからの報告によると、ソルファは近々騎士団長の座を下ろされ、騎士の称号は剥奪されるみたい。元々言動や部下に対する暴力などの悪い素行も目立っていたようで、今回奴の女癖が表沙汰になった事で、貴族や王族、民からの信頼も地に落ちた。彼には暫く裏方仕事をやってもらうのだという。


「お姉さまやわたし、数多くの女性や部下を無碍に扱って来た報いだわ」

「団長には相応しくない人物なのは間違い無さそうだな」


 そこに対してはレイも同意見だったみたい。これで無事にソルファへの報復は完了した。まずは一歩前進ね。


「それからアンリエッタ様。残念ながら聖女クレア様は、自室から外へ出して貰えないようです。あの時の彼女は独断での行動だったようで、暫くは闘技大会会場と自室の往復のみで、王子が共に行動するとの事でした」

「ちっ。あの下衆王子。邪魔ね」


 わたしが思わず舌打ちして爪を噛んでいると……。


「暗殺しましょうか?」

「やめておけ、ジズ。奴は強い」

「冗談です」


 ジズの『暗殺しましょうか』は冗談なのか。冗談に聞こえないから恐ろしい密偵である。あれ? 奴は強い? 


「ねぇ、レイ。あのエルフィン王子って強いの?」

「嗚呼。間違いなく王国最強は、そのバトラスとかいう魔物狩人モンスターハンターではなく、エルフィンだ」

「そ、そんなに奴は強いのね」


 エルフィン王子の名声は各国にも轟いており、奴は過去、闘技大会で何度も優勝しているらしい。やはりお姉さまの傍に奴が居る事が一番の障壁ね。此処までお姉さまへ近づいているというのにもどかしい。


「焦る必要はない。我々の目的は予定通り完遂する。それに、エルフィンが幾ら強くとも俺が居る。案ずるな」

「ありがとう、レイ」


 レイはまだ、その実力全てを見せていない。実際のところ、もしエルフィンとレイがぶつかったのなら、一体どちらが強いのだろう? レイの方が強いと信じているけれど、あの下衆王子の民を欺く笑顔の奥に隠された闇の底が知れず、不気味さすら覚えてしまう。


「レイのお母様の形見も、お姉さまも、すごく手が届きそうでまだ届かないのがとても悔しいわ」

「考えても仕方あるまい。むしろ、昨日の話から察するに、聖女クレアはアンリエッタの事を追放後も信じてくれているみたいじゃないか?」

「ええ、そうね……。お姉さまの想い……温かった」


 魔女になったわたしの姿を見て、お姉さまはショックを受けるんじゃないか? 王国へ向かう前、そんな事ばかり考えていた。でもお姉さまは、ルーズへ変装し、容姿も行動も追放前とは全く別人のわたしがわたしであると気づいてくれた。


 しかも、対戦相手を容赦なく攻撃し、まるでソルファがやった蹂躙をやり返すような行動を取ったにもかかわらず、わたしを抱き締めてくれた。実際、抱き締めたのはわたしではなく、ルーズだったのだけれど。あの時まるで、本当にわたしが抱き締められたような錯覚を覚えた。 


 お姉さまがもし仮に、わたしの事を信じてくれていて、僅かでも王国の事を疑ってくれているのなら、わたしが真実を伝える事でお姉さまが自ら行動してくれる事も考えられる。決勝までの時間、常に気を窺い、行動あるのみね。


「報告は以上です。我はこれで失礼します」

「嗚呼。潜入ご苦労だった」

「あ、ジズ。感謝するわ」


 ジズが部屋を後にし、二人きりになるわたしとレイ。


「せっかくの休みだ。今日は英気を養い、明日へ備えよう」

「そうね、レイ。じゃあ、王国デートしましょうよ?」


「いや、既に俺の姿は見られている。今日は引き籠るしかあるまい」

「えー、そんなぁ~」


 口を尖らせて抵抗したわたしだったけれど、レイがその尖らせた口元を軽く塞いでくれた事でわたしの不満は吹き飛んでしまった。


「で、今日はまだ半日時間はあるが、どうする? アンリ」

「え~? レイ、どうしよう」


この後、わたしが戦闘で大量に使った魔力を補充したのか、しなかったのか……それは、ご想像にお任せします。




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