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第50話 こんなのわたしじゃない 

◆<アンリエッタside ~一人称視点~> 


 ジズが創り出した影の空間。影門扉アンブラ=ゲートの中。


 ソルファを倒した直後、わたしは東門よりこの通路へ創っていた壁の向こうにある影の空間へと入り、本物のルーズと入れ替わっていたのだ。本当はそれで終わる筈だった。この時、戦いの直後で気分も昂揚していて、自分の戦闘に陶酔すらしていたわたし。でも、わたしの名前を呼ぶ声に、身体中の熱が冷え、一気に意識が覚醒した。


「嘘よ、お姉さま……!」


 わたしの姿は肌の色も髪の色も、魔力覚醒直後は瞳の色すら違っていた。あの巨大な〝投影水晶板プロジェ=クリスタル〟へ映し出されていた姿も全くの別人。なのに、お姉さまはわたしに気づいたの? どうやって?


 ルーズにかけていた暗示。王国の悪い人達に尋問された場合に備え、用意していた防御策がまさかここで働いてしまう。お姉さまがルーズを抱き締めている。嗚呼、もし、まだ姿を交代していなければ。あの場に居たのはわたしだったのかもしれない。


 今此処で出るべきか? でも、ソルファを圧倒し、魔女のように振る舞ったわたしは最早聖女の欠片もない。こんな姿で……お姉さまに会ってもいいの? 逡巡。迷っている間にクレアを呼ぶ声が通路へ響く。


「……エルフィン!」


 とんだ邪魔が入ってしまい、お姉さまは救護室へ連れていかれてしまう。いいのよ、アンリエッタ。まだ決勝まで時間があるじゃない。わたしはゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせる。


「クレア様と、お話しなくてよかったのですか?」

「ふふふ。何を言っているの? 今のわたしの姿は何処からどう見ても魔女。あんな闘いの直後で、お姉さまの前へこの姿を見せるなんて……出来る訳ないじゃない?」

「涙、お拭き下さい」


 白い布を差し出すジズ。え? わたし、泣いてるの? 双眸ひとみから涙が溢れている事に初めて気づく。嗚呼、そうか。お姉さまが魔女の姿であるわたしに気づいてくれた嬉しさ。魔女姿で逢う事が出来なかった自身への負い目。絶好の機会を逃したという悔しさ。様々な感情が溢れ出し、頬を伝い、わたしの肩を濡らしていた。


 わたしの魔力が再び揺らぐ。魔力変貌中の激しい戦闘直後のせいで、まだ血が滾ってしまう。双眸ひとみからは涙が溢れているのに、何故か笑いが込み上げて来て……。


「ふふふ。あはははは。わたしは魔女アンリエッタ。お姉さま~、会いに来たよ? わたしはもうこの通り、魔女になりましたぁ。もういっそ、全部捨てて一緒に魔国へ逃げちゃいましょう? そうだお姉さま、わたしと楽しい事しましょうよ。とっても気持ちい……」


 刹那、わたしは自身の手で頬を叩いた。何を考えているの、アンリエッタ。あなたは魔女だけど、聖女クレアの妹。欲望と快楽に溺れては駄目。お姉さまと一緒に居たいという気持ちが暴走し、一瞬で闇の魔力への渇望と欲望が混ざり合ってしまっていた。


 お姉さまは王国の民を救いたいと考えている。たとえ王国の闇を知っても、その気持ちは揺るがないだろう。ならば、真実を伝え、共に歩む正しい未来を、答えを導きださなければならない。目的を忘れてはいけないのよ、アンリエッタ。


「ごめんね、ジズ。ハンカチ、ありがとう。行きましょうか」

「御意」 


 この日、わたしとお姉さまの邂逅は叶わなかった。


 でもいい。まだまだやるべき事もやれる事も沢山ある。わたしは今出来る事を精一杯やろう。


 お姉さまとの未来のために――



 わたしがソルファを撃ち破ったこの日、行われる予定だった残り三試合は全て翌々日へ順延となった。理由は簡単、わたしが舞台を大爆発で壊したから。ははは。やりすぎちゃったかな……。


「氷によって冷えていた舞台上には水と氷の精氣スピリッツに溢れていた所にあの上級の炎。一気に蒸発した水と氷は火の精氣スピリッツと混ざり合い、火と氷、相反する魔力が大爆発を起こした……という訳だな?」

「あ、解説ありがとう、レイ」


 大量の魔力消費と、戦闘の疲労もあったため、宿の部屋にてこの日は食事を取る事にしたわたしのレイ、レイのお付のララさんとジズさんは王宮の様子を見張っているみたい。ソルファが敗れた事で、王宮に動きがあるのではと睨んでの事みたい。


 密偵は常に先を読んで行動している。わたしなんて目の前のソルファを撃破する事で精一杯だったのに、ジズさん凄いなぁ。


「しかし、あの魔法。あの発想は何処から生まれたんだ?」

「あ、それは……これです」


 わたしが荷物から取り出したのは、魔国図書館で借りた〝ワーズノーズ魔導書〟だった。書いてあったのは、相反する二つの属性による上級魔法を重ねる事で、上級魔法以上の威力を撃ち出す……というもの。わたしは書いてあった通りに二つの上級魔法、ミルフィー王女が得意とする〝氷地刻葬ケレスヴィーナス〟と以前使った事のある焔還光臨オリンポスを続けて放ったのだ。


 そして、この〝ワーズノーズ魔導書〟が、わたしが変装した女魔導師ルーズのおばあちゃんが書いたという事実もレイへ報告していた。それを聞いたレイはすぐにお付のジョーさんを遣いとして魔国へ返した。経過報告と辺境の村についての報告。ルーズが尋ねて来た場合のお出迎えもこれで事前に根回し出来る事になった。


「あの村の魔導師達は過去、魔の森を監視していた。最近〝魔の森〟の魔物の動きも活発になっていたからな。協力を仰ぐにはいい頃合だろう」

「ルーズは育てるともっと強くなりそうだしね。それに色々としつけのしがいもありそうだし」

「ん? 何の話だ?」

「ううん。こっちの話♡」


 駄目ね、魔力変貌中は。色々と血が滾っちゃっていけない。眼前のお肉を食べるレイも気づくと頬張りたくなっちゃうもの。今は潜入任務の真っ最中だし、報告も兼ねているから集中しないと。


「そういえば。アンリの姉は、気づいたんだな。アンリの存在に」

「ええ。魔女の姿でも分かるみたい。流石よねぇ~お姉さま」


影門扉アンブラ=ゲートは女神の加護の力を弾くからな。闇を受け入れたアンリは別だが、聖女クレアが入る事は出来ない。違う方法で逢うしかあるまい」

「いいの。決勝までまだ時間はあるもの。だからわたし、メッセージを準備する事にしたわ」


 元々準備していた作戦だ。お姉さまがわたしの魔力に反応してくれるのなら尚更成功率は高い。準備するのはお姉さまがわたしへ届けてくれた〝投影〟の魔法だ。


 〝魅了〟の魔法で兵士か誰かを操るやり方では、特別観覧席の結界に弾かれるらしく、宝石を届けるやり方は難しい。だから、わたしは他の方法でそれを行う。


「レイ、レイのお母様・先代の魔女シャルル妃と、わたしの母・先代の聖女レイシアは先の戦争で対峙したでしょう?」

「嗚呼」

「あの時、わたしの母はシャルル妃を殺さなかったのね」

「歴史書にはそう書かれてあるな」

「グリモワール王国の歴史書にはね、まるでお母様が全部やったかのような記述で描かれているの」

「グリモワールがやりそうな事だな」


 命を賭して国を、民を守った聖女レイシアは讃えられ、一緒に戦い生き残った騎士団の者達も英雄扱い。王国の美談として語り継がれる史実。お母様が命を賭した事は事実。でも、細かいところが違っていた。


「わたしはお姉さまへ伝えないといけない。諸悪の根源はカオスローディアではなく、グリモワールの貴族や王族なんだって」


 その夜、お姉さまへのメッセージを〝投影〟の魔法で創り出し、わたしは〝あるモノ〟へその魔力を籠める。〝投影〟の魔法は元々苦手だったけど、魔力変貌中のわたしには容易だった。あとは、それを渡す事の出来る限られた時間、その時を待つのみ。


 待っていて。お姉さま。

 わたしはすぐ傍まで来ています。



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