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第48話 報復の一撃

「さぁ、いよいよ闘技大会もベスト8のメンバーが出揃いました。準々決勝第一試合、西門から登場は? 一回戦で対戦相手を圧倒! その強靭な肉体を打ち破る者など、存在するのか!?  グリモワール王国王宮騎士団長~~ソルファ・ゴールドパーク!」


「「「ソルファ! ソルファ! ソルファ! ソルファ」」」


 一回戦でビックハンさんへ蹂躙という名の暴行を加えた下衆団長。その事実を忘れたのか、会場はいつも以上の歓声に包まれている。へぇ~、そう? 此処に居る観客もソルファを応援するのね。ふふふ。別に構わないわよ。


 ――今からこいつをわたしがなんとかするから♡


「続いて東門からの登場は~? こんなおさげの女の子の一体何処にそんな魔力が備わっているのか? 魔導師団熟練の術師を撃破した実力は本物。果たして騎士団長相手に何処まで奮闘するのか? 辺境の村より出場、女魔導師ルーズ」


「わー、可愛い~~」

「お嬢ちゃん、頑張れ~」

「ソルファにやられるんじゃないぜ~」


 一回戦を勝ち抜いただけあり、それなりにルーズにも声援があがる。


 本名を聞いたからこそ気づいた訳だけど、ルーズがルーズという名前のみで出場しているのは、恐らく目立たないため。何せ〝ワーズノーズ〟という名はエルフの国の者や魔法に深く携わっている者の多くが知っている名なため、素性を隠すためにルーズはフードを深く被り、あまり試合中も顔を見せていなかった。


 わたしにとっては好都合。こうして、ルーズに変装したわたしはソルファへペコリとお辞儀する。淡紫色のローブとフードを被ったわたしの姿を見たソルファは、舌なめずりをして薄ら笑いを浮かべていた。少なくとも王宮での彼は紳士だった……そう見せていただけ。へぇ~、その狂気な顔、最初から隠さないんだ。


「女だからといって手加減はしないぜ?」


 ソルファの煽りに返答する事なく、ルーズの持っていた魔導師の杖を構えるわたし。


「へぇ~。やる気ってか? いいぜ、遊んでやるよ。嬢ちゃん」

「それでは、準々決勝一回戦、始め!」


 兎耳族ラビアンのピーチの掛け声により、試合開始の合図が鳴る。と、同時にわたしはペリドットの腕輪へ力を籠める。


 ミルフィー、一緒にいくよ―― 


「凍てつく刃よ、我が手より放たれん――〝氷刃裂突ケレスラーミナ〟」

「おぉっとルーズ選手!? 一回戦より更に範囲が広い氷の刃による攻撃だぁ~!」


 実況五月蠅いわね。こっちはミルフィーの魔力をもっと肌で感じたいのよ。今はただでさえ魔力変貌中で感情が揺れやすい。目の前のソルファへ集中しなければ。

「へぇ~やるじゃねーか」


 ソルファへ降り注ぐ無数の氷刃ひょうじん。躱し切れる範囲ではない。が、ソルファは両手に持った大剣を素早く回転させ、氷の刃による攻撃を全て打ち払う。 


「炎よ、大地を這う蛇のように喰らえ――〝火焔蛇喰サーペントフレア〟!」


 舞台を這う炎の大蛇がソルファへ襲い掛かる。そのまま火焔ほのおは彼の体躯を呑み込み、全身が炎に包まれる。が、大剣を振るう音と共に燃え盛る火炎が止み、何事も無かったかのようにソルファはその場に立っている。流石、魔法耐性のある白金の鎧プラチナアーマーね。魔力変貌により威力が増したわたしの魔法もいとも簡単に弾いてしまうみたい。


「まずはその杖を持っている腕だな」 

 此処だ。きっと奴は動く。わたしは杖先を舞台上に立て、目を閉じる。


「行くぜ、〝新旋風斬〟」 


 刹那、ソルファの姿がその場から消える。対象の前へ瞬間的に移動し、大剣による強力な斬撃を繰り出す剣技。ソルファが狙うのはいつも武器を持っている腕。ビックハンさんは両腕をやられた。ならば、わたしが狙われるのも……。


 何かが弾かれる大きな音と共に、ソルファが地面を弾き、後方へと飛んでいる様子が会場の〝投影水晶板プロジェ=クリスタル〟へ映し出されていた。わたしは両腕を守るように地面から巨大な氷の刃を出現させ、両腕が切断される瞬間を凌いでいたのだ。


「ちっ、面倒くせぇ、氷だ」

「氷だけじゃないわよ?」


 いつの間にかソルファの背後へと回り込んだわたしは、指先から炎を圧縮した熱線を放つ。ソルファの唯一守られていない顔、右頬から血が滲む。ソルファは自身の頬に手を触れ、指先を口へ含む。自身の血の味を確かめるかのように頷いた騎士団長は……キレた。


「俺様に傷をつけたな? 終わりだよ、嬢ちゃん」 

「速っ!?」


 ギリギリのところで爆発魔法を放ち、剣戟を弾くも、後方に吹き飛ばされたわたしを追撃するソルファ。吹き飛ばされつつ放つ氷の刃もソルファには届かない。一瞬で距離を詰められ、振るわれる大剣。すんでのところで右腕を斬り落とされずには済んだが、右肩口と腰に傷、更に、持っていたルーズの杖も真っ二つに斬り捨てられてしまった。


「へぇ~、嬢ちゃん。可愛いじゃねーか。俺様が勝ったら夜に嬢ちゃんを抱いてやるよ」


 勢いでわたしの顔を隠していたフードが剥がされ、わたしの臙脂色の髪と小麦色の肌が露わになっていた。舌なめずりする大男の姿に自然と嫌悪感と怒りが込み上げる。


「お断りしますわ。あんたみたいな下衆。こっちからお断りよ」

「殺す」


 振るわれる大剣。地面に両手をつくわたし。ソルファがわたしの身体を斬り捨てようとした瞬間、わたしは言葉を紡ぐ。


「凍結の美学――〝氷地刻葬ケレスヴィーナス〟」


 わたしが初めてミルフィーと相対した時、彼女が放った上級の氷魔法。舞台は一瞬にして白く染め上げられ、大剣を振り下ろそうとした態勢のままソルファは氷漬けとなる。


「え? え? なんという事でしょう!? ルーズ選手の放った氷魔法で、舞台が真っ白に!? ソルファ選手が氷漬けになってしまいましたぁ~」


 此処に来て、初めて会場にわたしへの歓声が沸き起こる。これまでソルファよりの実況をしていたピーチちゃんへ向き直ったわたしは、敢えて大きな声で話し始める。勿論、クレアお姉さまに分からないよう、闇の魔法で少し声を変えて。今のわたしは闇のお姉さん風な声だ。


「あーあ。折角顔がイケメンでも、女をとっかえひっかえ抱いているような下衆男の氷刻ひょうこくなんて、誰も見たくないわよね。ね、実況のピーチさん?」

「え? とっかえひっかえ? ルーズ選手、何の話をしているのでしょう?」

「調べてみるといいわ。この男。王宮の侍女に、酒場の女子に、先日はあなた。日替わりで女を抱いているわよ?」 

「なっ……まさか、騎士団長ともあろう御方にそんな事ある筈は……」


 ソルファが氷漬けで動けないタイミングを機にピーチへ真実を述べてあげていると、観客席の一番下へと駆け下りて来たドレス姿の女の子が一人。


「ソルファ様。ワタクシと婚約したいと仰ったではありませんの!?」

「ちょっとあんた誰よ。ソルファ様とは私、ガーディアン伯爵家長女、レーズンが結婚するのよ!?」

「ソルファ様はあたち、ルンルンと結婚するの!」


 観客席で更に数名、女同士の場外乱闘が起きたところで、実況のピーチへ目を向けると、彼女はこめかみ辺りに血管が浮き出たままわたしへ一度、満面の笑みを向けた後、実況を再開し始めた。


「おぉーーっと、これは大変です。ソルファ・ゴールドパーク選手。日頃の女癖が祟り、女魔導師ルーズの素晴らしい報復の一撃に、このまま彫刻として美術館へと運ばれてしまうかもしれません」

「ふふふ。ピーチちゃん、まだ早いわよ? あ、そうそう。審判の素敵な老紳士様。今のうちに舞台から降りておいた方がいいわ」


 わたしが掌へほんの一瞬、圧縮した魔力を見せ、視線をソルファへ向けると、その意図に気づいた老紳士の審判は、わたしへ一礼し、舞台を後にする。


 と、同時、ソルファを覆っていた氷へ亀裂が走り、砕け散る。頭から湯気が昇ったまま騎士団長は、憤怒の化身として舞台上に君臨する。


「貴様……許さん、許さんぞぉ!」

「あら、もしかして……聞こえちゃってた?」

「死ね」


 ソルファはこの時、確実にわたしを仕留めにかかっていた。彼は、致命傷を避ける形でわたしのお腹を狙い、真っ直ぐ大剣を突き立てようと突進していたのだから。


 でも、遅いわ。

 あなたの攻撃なんて、想定内だもの。

彼が動き出すと同時に、わたしは一言呟いていた。


「燃えろ」


 それまで白く染め上げられていた舞台。舞台上、全ての床よりマグマのように沸き起こる灼熱。冷たく白く舞台上に留まっていた蒸気も、氷も、全てを一瞬にしてあかく染め上げた瞬間、氷の魔法と火の魔法は急激な温度変化に激しくぶつかり合い、そして――


 舞台上で大爆発を起こした―― 



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