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第47話 魅了の魔法

 その日の朝は眩しくなる程、太陽が明るく王都の街を照らしていた。


 わたし達の泊まっていた宿屋と同じ通りにある小さな宿に泊まっていた女魔導師ルーズは、宿を出る時から既に魔導師のフードを深く被ったまま、闘技大会会場へと向かっていた。ジズさんの部下であるジョーとララさんがルーズに関しても色々事前に調べてくれており、抜かりはない。


 女魔導師ルーズの出発を確認した上で、わたしとジズさんは闘技大会会場の選手入場口へ先回り。入口には騎士団の者が見張りをしていたけれど、〝常闇の衣〟を身に纏ったジズさんとわたしには全くの無意味だ。


『張り込むなら此処がいいでしょうね』

『わかったわ』


 ちょうど選手の控室へ向かう通路より、横に逸れた資材などを運ぶための搬入通路。人通りが少なく、ルーズを引き入れるには丁度いい場所。万が一仲間が居た場合は違う方法を考えていたけれど、女魔導師ルーズが単独での出場でよかった。


「ベスト8出場の女魔導師ルーズだな。入れ」

「はい」


 彼女が選手入場口を通過し、わたしたちの前を通過した瞬間、ジズさんが〝透過〟状態のまま彼女の口元を後ろから押さえたまま、搬入用の通路へと連れ込む。


「〝黒影こくえい〟魔法――影門扉アンブラ=ゲート


 〝黒影こくえい〟の魔法――


 ジズさんの影の力を扱う闇魔法の一つ。何もない壁に黒い扉が出来、ルーズはそこへ引きずり込まれる。壁の扉はジズさんとルーズが入った瞬間消え、ただの壁へと戻る。中は、ちょうど人が数名入れる程の空間。そして、部屋の中央には〝透過〟を解いた状態で、臙脂色へと変化していた髪を既に三つ編みにした状態で待機していたわたしが立っていた。


「んぐっ、誰? 何!? 離して」

「大丈夫よ、すぐ楽になるから。わたしの瞳を見なさい」

「何なの!? 誰か……助け……えあ……」


 この時のわたしは双眸ひとみの奥にハートが浮かんでいた。昨晩練習のため、ペリドットの腕輪から魔力を少し借り、試したから間違いない。


 冷たくも心の奥を優しく包み込んでくれるミルフィー王女の魔力に安心感を覚えながら、ラミアの〝魅了〟魔法を発動する。それまでジズに羽交い締めにされ、抵抗していたルーズの全身はすぐに脱力し、双眸ひとみは光を失い、口は半開きになっていた。


「ねぇ、あなたの事を教えて?」

「ルーズ・シルフィリア・ワーズノーズ。魔国カオスローディア北、魔の森の向こうにある辺境の村から来た魔導師です。おばあちゃんはエルフ。おじいちゃんは人間で、幼い頃より魔法を勉強していました。闘技大会には、〝大魔女メーテルの杖〟が優勝賞品と聞き、村の代表として参加しました」 


 祖母がエルフ!? それに、ワーズノーズって何処かで聞いた事があるような……。


「待って。〝ワーズノーズ魔導書〟って知ってる?」

「それは私のひいおばあちゃんが書いたものです」


 有名なエルフの孫。とんでもない逸材が現れたものだ。わたしは素直に驚いて、彼女を褒めたんだけど……。


「それは凄いわね。それであなたは魔法の才能を持っているのね」

「あ……ありがとう……ございます」


 わたしが褒めた瞬間、頬が夕焼け色に染まるルーズ。すると、身体を捩らせていたルーズが突然わたしの両手を握り、わたしの顔をじっと見つめる。待って、自分から今のわたしの双眸ひとみを見たら……。


「あ!? え!? あの……!? あなたの! あなた様のお名前を教えて下さい!」

「いいわ。わたしの名前はアンリエッタ。アンリエッタ・マーズ・グリモワールよ」

「アンリエッタ? まさか。魔国に誕生したという魔女様!? 嗚呼、何という事でしょう。私は魔女様の使い魔になるべく、こうして拉致されたのですね♡」


 話を進めたいので、もうなるべく目を合わさないようにして話すようにした。どうやら辺境の村にも新たな魔女誕生の噂は流れて来ていたらしい。気を抜くと、おさげを揺らしながら息を荒げたまま双眸ひとみをハートマークにしつつ、〝魅了〟の瞳を自分から覗き込んで来るのでこの子の今の状態は危険すぎる。


「えっと……色々と間違っているわね。わたし達魔国陣営はね、〝大魔女メーテルの杖〟が欲しいの。そして私は次の試合、目的があってあなたの姿で出場するの。いいわね?」

「ええ!? 私の代わりに!? 偉大な魔女様が!? はい! 魔女様のお役に立てるならば是非、是非! お願いします」


「試合が終わればあなたを此処に迎えに来ます。そして、あなたは準決勝の試合、棄権して下さい。ごめんね。大魔女の杖はもう一人出場している魔国の剣士がいただく予定なの」

「ええ!? 謝らないで下さい! 勿論です。元々魔国の杖ですもの。私よりも、アンリエッタ様方が貰って当然です!」


 そこまで言って、わたしは少し考える。この子も強くなるために杖が欲しかったんだろうし、魔国のためとは言え、少し心が痛むわね。 


「そうだ。何もないまま村へ帰る訳にはいかないでしょう? 何か欲しいものはない?」

「え? ええ? アンリエッタ様!? いいのですか!?」


「勿論、協力してくれるのなら、それなりの対価はあげないと」 

「じゃ、じゃあ。私の事をアンリエッタ様の使い魔に……そして、私をむ、むちゃくちゃ――」


 駄目だ、これ以上は危険すぎるので、一旦〝常闇の衣〟を纏って姿を消す事にした。〝魅了〟は瞳を長く見れば見る程、威力が増すらしい。恐らく魔力の〝譲渡〟による酩酊よりも質が悪い。人によっては魅了をかけた相手に全てを捧げたくなる程、抑えられない衝動と欲求で頭がいっぱいになるらしいので。


「今からわたしはあなたの服を着て試合へ出る。わたしが手を叩くとあなたは立ったまま眠る。いいわね? 後ろを向いたまま、ゆっくり服を脱ぎなさい」

「はい……」


 わたしが優しく声を掛けると、また目が蕩けた状態でルーズは棒立ちのまま衣装を脱ぎ捨てる。わたしはルーズの衣装へと着替え、ルーズには予め用意していた毛布を掛けてあげる。


「わたし達があなたを出迎えた後、わたしの合図でこの閉ざされた空間から出た瞬間、あなたは何もかも忘れます。仮にわたし以外からわたしの名を告げられた場合、あなたは何も知らないと伝え、その場を後にする事。但し、ソルファに勝ったという事実と、次の試合は棄権して村へ帰るという事だけは覚えています」

「はい、わかりました」


「それと、もし強くなりたいのならば闘技大会の後、魔国を訪ねなさい。あなたが強くなれるよう、相応のご褒美をあげるわよ。その時は、わたしとの出逢いを思い出させてあげる」

「嗚呼、ご褒美♡ ……アンリエッタ様ぁ♡ ありがとうございます」

「いい子ね、おやすみ」


 こうしてわたしは両手を叩き、眠った女魔導師ルーズと入れ替わるようにして、影の空間から壁の向こうへと一歩踏み出す。


 ……ちょっとやりすぎたかしら。

 いいのよ、今のわたしは魔女アンリエッタだもの。

このくらいやっていいわよね?


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