「あんたのペリドットの腕輪、ちょっと一日貸してくれる?」
「え? ミルフィー。いいですけど、どうして?」
「いいから、貸しなさい」
ミルフィーからこう提案されたのは、任務のため王国へ向かう数日前、二人きりでの訓練中の事だった。腕輪には元々魔力を籠める事の出来るペリドットが四つ嵌め込まれている。予め魔力の籠った宝石はレイとお姉さまが籠めてくれていた二つ。つまり、二つ
「え? まさか!? ミルフィー、魔力を籠めてくれるの?」
「時間が限られているから少しになるわよ? 大切に使いなさいよ?」
何かあった時に使えるように、とミルフィーも心配してくれていたんだ。ミルフィーのその気持ちがとっても嬉しくて、思わずミルフィーに飛びつくわたし。
「ありがとう、ミルフィー! 好きー」
「ちょ、ちょっと。離れなさいっ!」
頬が少し赤くなっているミルフィーが可愛かったので、このままこうしていたかったけれど、あんまり続けると氷魔法が飛んで来そうだったので、止める事にした。
そこまで考えた事なかったけれど、お姉さまの魔力、レイの魔力は自身の足りなくなった魔力の補充として使っていたけれど、自身が使う属性のものと
「じゃあ、もう一つの宝石に補充するなら……アーレスさんの魔力とか?」
「ん? 補充するならジズでしょうね」
「嗚呼」
アーレスの得意は火魔法。敢えて同じ得意属性を加える必要はないとミルフィーが解説してくれた。ジズさんの得意は風魔法。風は物理攻撃を弾いたり、高速移動を可能にしたりと、戦闘にも相性がいいらしい。
「うちは氷と闇くらいしか使えないけれど。アンリエッタは聖、闇、火に加えて氷と風まで使えるようになる。うちのお陰でより完璧な魔女へ近づけるわよ?」
「まだ完璧な魔女にならなくてもいいけど……任務には必要な事だものね」
ミルフィーがこうやって全面的に協力してくれる事が頼もしい。氷魔法の簡単な使い方は後で補足してくれるそうだ。いつも彼女の魔法を見ているから、見様見真似で少しは扱えるかも。
「それと、もう一つ。試したい事があるわ。うちの
「え?
次の瞬間、一瞬ミルフィーの
「うちの声が聞こえる?」
「はい……聞こえます」
「うちを見て、何か思うところはある?」
「えっと……」
ミルフィーの声を聞いた瞬間、彼女の事で頭がいっぱいになった。可愛くて愛おしくて、嗚呼、凄い。ミルフィー。ミルフィー。そのままわたしは彼女の顔に吸い込まれるかのように近づいていく。
そして、彼女の柔らかいところにわたしの柔らかい部分が重なろうとした瞬間、胸元の宝石が強く光を放ち、わたしの身体はその光に弾かれるようにして後方へと引き戻された。
「あれ? 今、わたし」
「やっぱり。予想通り、解呪の必要もなかったわね」
今までの微睡んでいた意識が一気に覚醒し、胸元で光っていたお姉さまから貰ったペリドットを見つめるわたし。わたしは今のは何だったのか、薄っすら笑みを浮かべて立っていたミルフィーに尋ねる。
「あの……今のって?」
「うちが得意とする〝魅了〟魔法よ」
「え? み、魅了って!?」
何をされていたのか気づき、わたしは両手で頬を押さえる。無意識にわたし、ミルフィーと身体を密着させてそのままキスしようとしていたんだ!?
羞恥がこみ上げて来たと同時に、何が起きていたのか気づく。そう、お姉さまから貰ったペリドットのネックレスによって、〝魅了〟が弾かれたんだ。
「普通なら、暫くあのままうちの言いなりになるわ。ま、それを身に着けている限り、アンリエッタには精神操作の類は効かないって事ね」
「な、成程……そうなんですね」
羞恥心で一杯になっているわたしの気持ちを他所に、彼女は続ける。
「うちはね、上級悪魔〝ラミア〟と契約しているの。うちの魔力があれば、一時的に〝魅了〟が使えるって事」
「い、いやいやいや! わ、わたしは誰かを誘惑なんかしませんからっ!」
「フフフ。莫迦ね。潜入に魅了は持って来いなの。対象を思いのままに操れるんだから。ま、使うか使わないかはあんた次第よ? 強く魅了を掛けなければ、放っておいても一日で効果は切れるから安心しなさい」
ミルフィーの知らなかった大人の一面を見せられて、ちょっとびっくりしてしまったわたし。まさか、外交の際にあんな事やこんな事……いやいや、ミルフィーに限ってそんな事はないわよ。さっきの〝魅了〟のせいか、ミルフィーと肌を重ねる姿を想像しちゃって、思い切り脳内の妄想を打ち消すよう首を振るわたし。
もう、昼間っから何を想像しているのよ、わたしっ。
こうして潜入任務を前に、わたしは魔力の補充をしていた。そして、王国へ到着後、ジズさんにも任務の合間で残りのペリドットへ魔力を補充して貰った。今、わたしのペリドットの腕輪には、クレアお姉さま、レイ、ミルフィー王女、ジズさんの四つの魔力がそれぞれ籠められている事になるのだ。
◆
「駄目だアンリ! それは危険すぎる。ソルファは決勝で俺が倒す。それでいいだろう?」
「良くないわ! それでは闘技大会中に被害者が出てしまうもの」
これは闘技大会本選初日を無事に乗り切り、食事を終えた後、宿屋のお部屋でのレイとの会話です。レイはわたしの事を心配し、わたしの提案を猛反対して来た。
「会場にはお前の姉も居るだろう。万一はない」
「大丈夫よ。わたしにはレイもお姉さまも、みんながついているわ。それに……」
今までわたしやお姉さま、周囲の人達を無碍に扱って来たソルファに自ら裁きを下したい旨をレイへ伝えると、暫く腕を組み、考えていたレイが折れてくれた。
「ありがと、レイ」
わたしはレイの口へ軽くキスをする。レイは無反応。まぁ、こんな話の最中だし、仕方ないか。
「だが、どうやって入れ替わるんだ?」
「ふふふ、レイ。良くぞ、聞いてくれました」
わたしは腕に身に着けているペリドットの腕輪をレイへ見せる。その腕輪を見た瞬間、レイが作戦に気づいたのか、少し驚く。
「まさか……あのミルフィーがアンリに魔力を貸すとはな」
「ええ。ミルフィーとは、あれから色々あったの♡」
「意味深な言い方をするな」
「はい、冗談です」
作戦はこうだ。明朝〝常闇の衣〟で選手入場口から忍び込み、女魔導師ルーズを待ち伏せする。機を見て彼女へ〝魅了〟魔法を掛け、ルーズと入れ替わり、わたしが試合へ出場する。元々ルーズは顔を隠していた。しかも、魔力変貌を起こしたわたしと同じ臙脂色の髪。三つ編みにして彼女の衣装へ着替えれば、女魔導師ルーズの完成だ。
一回戦で火と氷の魔法を使っていた彼女。ミルフィーとわたしの魔力を融合させたならば、同じ魔法を扱う事が可能。
「絶対に無茶はするなよ? それに出場するのは明日だけだぞ?」
「勿論、分かっているわ。あいつの魔の手からみんなを救うだけよ」
今回の大会。王子は出場していない。きっと王国側は、このままソルファを優勝させるつもりなんだろう。つまり、ソルファを倒すという事は、ソルファの勝利を信じているエルフィン王子へも一矢報いる事に繋がる。
「ねぇ、明日に備えてもう少し、レイの魔力を補充してもいい?」
「アンリ。調子に乗るな」
「ちぇ~レイのケチ~~」
この日はおでこにキスだけで我慢するわたし。
何にせよ、これで報復の準備は整った。わたしの魔法で魔法耐性のあるソルファの防具を打ち破り、あいつに一矢報いる準備は整った。明日が楽しみね。