◆<アンリエッタside ~一人称視点~>
危なかった。
この日のため、闇の魔力を押さえる訓練はアーレスと常にやっていた。
でも、今のわたしは、昨日の過剰摂取による魔力変貌を起こしている最中で、感情が表に出やすいんだ。
ソルファがハンさんを蹂躙する様子を見た瞬間、激しい憎悪が身体を支配しそうになった。心の奥底から声がした。
あいつを殺せ――
と。
「ふふふ。そうよね。わたしがあの下衆を……ふふふふふ」
『――エッタ様……アンリエッタ様!』
脳内の声が聞こえた瞬間、闇に覆われたわたしの意識が一瞬クリアになった。
『クレア様を救うんでしょう!』
『あ!』
刹那、わたしは目を閉じ、意識を集中させる。身体中から黒く染み出ていたどす黒い感情は消え、闇の魔力はわたしの奥底へと沈んでいった。
駄目だ。どんなに酷い光景を前にしても、冷静で居なければ任務どころじゃなくなってしまう。でも、どうする? レイの登場は最後の試合。それまでソルファと対戦する人が今みたいに瀕死の傷を負ってしまったら? 王国にはお姉さまや神殿長も居るけれど、あんな光景……もう二度と見たくなかった。
わたしがそんな事を考えていた矢先、舞台上では淡紫色のフードで顔を隠した女の子が魔導師の男に勝っていた。時折見えるおさげは臙脂色……あ、丁度今のわたしと同じ髪色だ。……待って。この子の次の対戦相手はソルファ。
『ねぇ、ジズ。貴方の見立てであのルーズって子。ソルファに勝てると思う?』
『いえ。ソルファが身に着けている
『じゃあ、わたしの上級魔法なら……どう?』
『……今の御姿であれば、余裕で通るでしょうね。アンリエッタ様……レイス様にちゃんと許可は取って下さい』
『ふふふ♡ ありがとう』
これしかないわ。ルーズって子を助けて、ソルファの暴走を止める。二回戦は明日。明日、この作戦を実行しましょう。なんだか楽しくなって来たわ。だって、わたしやお姉さまを道具としか見ていなかった奴等に一矢報いる事が出来るんだもの。
それに、王国へ出発する前に、
ソルファの試合が終わった後は、重傷の参加者が現れる事もなく、順調に試合は進んだ。そして、いよいよレイが登場する時間になった。レイの一回戦の相手は、フォース・アルバートという王国の魔導師団所属の若き
続いて偽名であるクレイ・グラディウスの名前があがった瞬間、どよめきの中、レイが入場する。それはそうよね。魔国から選手の参戦は数年振りだって言うしね。元戦争の相手だもの。追放前のわたしだったなら、同じ反応をしたかもしれない。
あ、一瞬、こっちに視線くれた。手を振ったら、こっちにウインクしてくれた!
嗚呼~もう~~レイ、ズルい。また欲しくなっちゃうじゃない♡
わたしが一人悶える中、いよいよ審判の人が試合開始の合図をした。レイの対戦相手であるフォースが丁寧に一礼する。
「クレイさん。よろしくお願いします。行きます! 爆ぜろ――〝
「わたしの魔法と同じ! でも……!」
数も規模も大きい。過剰摂取中のわたしなら余裕で放てるけれど、普段のわたしはあの大きさの火球は放てない。レイに向けて放たれた火球が爆ぜる。え? レイ、待って! 避けないの!?
レイに直撃した事で、舞台に白煙があがる。やがて、白い靄が晴れたと思ったら……レイの姿は舞台上から消えていた。
「行くぞ」
「うわっ!」
レイの剣が背後からフォースの腕を狙っていた。どうやら全くダメージを受けていなかったらしい。そうか、わざと避けなかったのか。剣撃が当たる瞬間、腕に物理防御の結界を張った事により斬撃は弾かれたものの、斬撃の勢いで後方へ飛ばされるフォース。でも、そこからはフォースも上手かった。
「風よ、我を纏い、救い給え――〝
「今度はジズさんの!?」
後方へ飛ばされながら持っていた杖を振るい、風を纏った瞬間態勢を整え着地するフォース。あの人、魔法のセンスがいいんだ。纏った風でそのまま地面を弾き、レイへと迫るフォース。腕に強力な風を纏い、レイの剣撃を真正面から受け流す。
魔導師は当然武器による攻撃に弱い。通常なら遠距離攻撃に徹し、攻撃を受けないようにするのが鉄則だ。でも、フォースは風をまるで刃のようにして剣撃を受け流し、そのまま
『あの人、魔法の扱いに長けているわ』
『相手に炎が効かないと判断し、風に変えたんですね』
ジズさんは〝
ジズさんもわたしも息を呑んで試合の様子を見守っていた。今レイが持っている剣はいつもの魔力を吸収する魔剣ではない。剣戟だけで果たして風による攻防を繰り広げるフォースをどうやって止めるのか? でも、そのわたしの心配は杞憂に終わる。
「
「くはっ!?」
フォースがレイへ近づこうとした瞬間、レイの放った斬撃はまるで竜巻のように渦を巻いてフォースの纏っていた風をも巻き込み、彼を吹き飛ばした。舞台上に叩きつけられたフォースのローブは引き裂かれ、彼の身体にも細かい傷がついていた。フォースが気を失っている様子を確認し、審判が勝ち名乗りをあげる。
「勝負あり! 勝者――クレイ・グラディウス!」
「やったわーージズ!」
「流石ですね」
レイの勝利をジズと手を取り合って喜ぶわたし。相手のフォースも傷はついているものの、重傷ではない様子だった。深手を負わないよう、レイが威力を調整したのかも。後から聞いた話によると、あの斬撃、闇の魔力も風魔法も使っていない、ただの魔国に伝わる剣技らしい。剣技を極めるとあの程度余裕だとレイは言うんだけれど……普通、無理よね?
こうして無事に大会一日目は終わり、わたしとジズさんはジョーとララ、レイと合流する。お姉さまへ無事を知らせるのはもう少し後の予定。
待っていてね、お姉さま。わたしはすぐ傍まで来ていますから。