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第42話 呪縛からの解放

「〝浄化〟の任務中かなぁ?」


 わたしの視線の先は、神殿にあるお姉さまの部屋に唯一存在する窓。周辺の結界はより分厚く、ジズさんでも突破は出来ないんだそう。お部屋の窓際に立ってくれないとお姉さまの姿は認識出来ないんだけど、残念ながら、どうやら不在のようだ。


 やはり、そう簡単には逢わせてくれないみたい。でも、此処からあの窓が確認出来ただけでも収穫だ。明日からは闘技大会の本選。会場へ行けば、お姉さまを確認出来る。


『ありがとうございます、ジズさん。行きましょう』


 尚、監視の際、ジズさんは野生動物の眼を借りる闇魔法が使えるらしい。一体、どれだけ潜入に役立つ魔法を使えるんだろう? ジズさんの底が知れない。


 ジズさんの先導で、このあとわたし達はお城の敷地内を巡回する。今日はわたしの〝透過〟が何処まで通用するかの確認する目的も含まれている。どうやら神殿を囲んでいる結界は何重にも強化されていて、わたしの身体を通過させてくれなさそう。そして、丁度騎士団の詰め所前に差し掛かった時に、ジズさんの脚が止まった。


『あの者を知っていますか?』

『え? はい、ソルファ・ゴールドパーク。わたしの元恋人です』

『嗚呼、そうでしたね。失礼しました』

『え? そういう意味の質問では?』


 詰め所内前で騎士団員と会話をしている人物は、わたしのよく知る金髪の男。ソルファ・ゴールドパーク。王子と結託し、わたしを追い出した張本人。


『奴がそのペリドットの宝石を売ろうとしていた行商と結託していた人物です』

『え?』


 ジズさんが指差したのは左腕の腕輪に嵌めたペリドットの宝石。どうやらお姉さまから貰ったペリドットを売っていた人物はこいつらしい。そうか。こいつが。


『今、暗殺しましょうか?』

『止めて。大丈夫よ、ジズ。闘技大会どころじゃなくなるから』


 今はまだその時じゃない。怒りはわたしの胸の内へ秘めておく。どうやらソルファは闘技大会の話をしているよう。ソルファの参加は特別枠らしく、予選会を参加せずとも本選へ参加出来るんだそう。余裕ぶった顔を見ていると沸々と怒りがこみ上げて来る。


 ジズさんと互いに敵を認識したところで時間が来たため、その場を後にするわたし。こうして事前の潜入は問題なく執り行う事が出来た。以前と比べてわたしの〝透過〟の持続時間も伸びていた。これならある程度は問題無さそうだ。


 王宮の裏路地にて〝透過〟を解き、外套と黒いフードを纏ったまま、わたしとジズさんは通りを歩く。今は他国から他種族の者達も来ているため、ある意味、普通にしていれば目立たない。夕刻、今日宿泊予定の宿屋前には既にレイとお付の二人、ジョーさんとララさんが待機していた。


「首尾はどうだ?」

「問題ありません」


「クレイは予選、大丈夫だった?」

「嗚呼、全く問題はない」


 何百名もの参加者が居る中で無事に予選を通過し本選へ進んだメンバーは十五名。レイの事を心配はしてなかったけど、実際の参加人数を聞いてみると、余裕で予選を通過したレイって改めて凄いと思う。本選は上記の十五名にソルファを加えた十六名で、明日より一対一のトーナメントで行われるらしい。最後まで勝ち残った者が優勝だ。


 そのままわたし達は宿屋で手続きを済ませる。尚、今は〝透過〟をしていないため、黒フードの下も黒いかつらを被って変装している。レイはクレイ。わたしはミルフィーユ。みんな互いの名前を偽名で呼び合うようにした。居ないとは思うけど、万が一、レイやわたし、アンリエッタの名前を知っている人が居たら大変だしね。


 一旦部屋へ荷物を運んだあと、王国二日目の食事。今回は賑わう宿屋の食事処で食べる。酒場仕込みのお野菜とお魚、具沢山の煮込み料理は、教会の頃の家庭の味を思い起こさせてくれる。


「グリモワールの食事も悪くないな」

「でしょう? よかった、クレイも気に入ってくれて」


 このまま安息の一日が終わる……そう思っていた矢先、背後から聞こえたある声に、わたしの背中が跳ねた。


「姉ちゃん。よかったらこの後、上で続きをどうだい?」

「え~? どうしようかなぁ~?」


 聞き覚えのある耳にこびりつくような声。恐る恐る振り返る。見覚えのある金髪男が身体のラインを強調させた衣装を身に着ける大人の兎耳族ラビアンに酒を飲ませ、口説いていた。満更でも無さそうな顔で身体をくねらせる兎耳族ラビアンの女性。金髪男は女性と立ち上がり、宿屋の二階へと上がっていく。


 下を向いたまま震えるわたしの様子に気づいたのか、小声でレイが声を掛けてくれた。


「……あれは、騎士団長のソルファか」

「はい。元恋人です」


 徐にレイが立ち上がり、震える肩に両手を置いてわたしを落ち着かせてくれる。もしかして、わたしの恋人であった頃も、あの金髪男は夜な夜な酒場で女の人を口説いていたのか? そう思うと再び内に締まった怒りが沸き上がって来る。


「ごめんなさい、先に部屋へ戻ります」

「ミルフィーユ!」


 わたしは居ても経っても居られず、二階の続く階段を駆け上がり、部屋と逃げ込むわたし。何なんだ、あいつは……。王子もソルファもお姉さまとわたしを道具としか思っていない。許せない。


『あんっ♡ソルファさまぁ~積極的ぃ~』

『ピーチ、君のカラダは最高だ!』


「もう……! どうして隣の部屋なのよっ!」


 どうすればこの怒りを収める事が出来るのか。今思えば、ソルファに穢されていなかった事が奇跡に思えて来た。そう考えたわたしは、ある結論へ行き着く。


――嗚呼、寧ろ。あいつはわたしに興味が無かったのか


「ミルフィーユ!」

「嗚呼、クレイ」


 沸点に達していた怒りが急激に冷え、わたしは冷めた表情のまま部屋へ入って来たレイを見つめた。レイは虚ろな表情のわたしをそのまま抱き締める。わたしを包むレイの腕に力が籠る。わたしの瞳に光が戻り、我に返ったわたしが彼を見る。


「レイ。わたし……女として魅力ないですか?」

「何を言っている、アンリ。お前は一人の女性として身も心も美しい。俺にとってかけがえのない存在だ」


 その言葉にわたしの視界が滲む。双眸ひとみから雫が溢れる。嗚呼、隣の部屋から聞こえる声が五月蠅い。こんなの、もう無理だ。


「レイ……お願い。わたしからあいつの記憶を上書きして!」

「アンリ……分かっているのか? 明日からが本番だ」


「いいの、分かってる。魔力が多い方がより任務を成功に導ける。ちゃんと任務は遂行するから。それよりも。わたし……もう耐えられ……」

「分かった」


 わたしが言い終わる前に、わたしの口をレイが塞いでいた。いつもよりも激しい。重なり合い、絡め合う。これでいい、これでいいんだ。隣の雑音が聞こえないくらいに。わたしを蝕んでいた呪いから解放されるように。


 レイ、わたしを抱いて。

 レイ、わたしをグリモワールの呪縛から解放して――



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