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第41話 宿泊と潜入 

「成程、魚の身とは、こんなに柔らかくなるのか」

「でしょ、美味しいですよね」

「今度、他国から魚を運ぶ流通ルートが確保出来ないか、ミルフィーに交渉してもらうとしよう」

「ミルフィー。あ、氷魔法があれば、お魚、新鮮なまま運べますよ?」

「成程、流石だなアンリエッタ。では、それも交渉材料に加えよう」


 そういえば、魔国はお肉の料理ばっかりだったのを思い出す。お魚が増えると料理の幅も広がるし、色んな種族の住民達も喜ぶかもしれない。こうして、わたしは久し振りのグリモワールでのお食事を堪能する事が出来た。ジズさんは隣の部屋で眠るらしく、今日はレイと二人でお部屋に泊まる事に……。


 え? レイと二人!? しかもよくよく見ると、ベッドも大きなベッド一つしかないんですけど!? 


「明日は朝から動く事になる。今日は着替えて眠るとしよう」

「え、ええ。そうね。そうしましょう」

「あ、そうか。俺は部屋の前へ立っていよう」


 わたしの動揺が伝わったのか、入口付近でドアの前へ顔を向け、立っているレイ。そういう事ね! 着替えるところを見ないようにしてくれているのか。って、意識すると余計に火照ってくる。お酒飲んでいないのに! 下着姿になった瞬間、羞恥心が全身から湧き上がって来たものだから、大急ぎで寝巻きを頭から被るわたし。これは恥ずかしすぎる。


「お、終わりましたよ」

「嗚呼、そうか」


 一切動揺しないレイが羨ましいっ……って……。


「え? ええええええ!?」

「どうした?」

「と、突然、脱がないで下さいぃいいいい!」


 レイが突然変装用の鎧兜を脱ぎ、上半身の服まで脱ぎ捨てたものだから、思わずベッドのお布団に顔を埋めるわたし。鍛え抜かれた身体をついチラ見してしまう。


「既に何度か見ているだろう?」

「そういう問題じゃないですからっ!」


 そんなやり取りをしている間にレイは部屋着に着替えていた。ひとつのベッド。わたしの隣にレイが座る。自然とわたしの手がレイの手に触れる。


「アンリ」

「レイ」


 自然とレイと見つめ合う。嗚呼、胸の高鳴りを押さえられない。


「分かっていると思うが……」

「ええ……潜入捜査前ですものね……」


 そう、過剰摂取は自我を失う危険性を伴うんだ。今、欲望に身を任せて任務を失敗してしまっては意味がない。わたしには、お姉さまを救うという大事な使命がある。


「ねぇ、レイ。〝譲渡〟って調整出来るものなの?」

「嗚呼、それは可能だ」

「じゃあ。影響が出ない程度に……」

「欲しがりさんだな、アンリは」


 ベッドの上。レイとわたしの顔が重なる。優しく、切なく、愛おしく絡め合う。互いの温もりを確かめ合うように。そのままベッドの上へ倒れ込む二人。レイの逞しい肉体がわたしを包み込む。


「アンリ」

「レイ♡」


 もう少しだけ、もう少しだけ互いの温もりを確かめ合う。この幸せなひと時が続くよう願いつつ、わたしはレイとひとつのベッドで眠りについた。



「わたしはアンリエッタ、十六歳。やった、わたし、正気だわ」


 あんなにいっぱいキスしたのに、酩酊していない。あ、勿論、キスしかしていないですよ? お姉さまが待っているんだもの。ちゃんとやるべき事は忘れていないわ。 


 それにしても、一回のキスで記憶を失っていた頃から考えると、これは大きな進歩だ。身体の慣れとは恐ろしいものよね。まぁ、レイがうまく調整してくれたとも言えるんだろうけど。


「わたしにとっては小さな一歩だけれど、わたしの未来にとっては大きな一歩ね」

「アンリエッタ、どうした?」

「いえ、何でもないです」


 宿屋の前で独り言を言っていたわたしにツッコミを入れるレイ。ジズさんが馬車を手配してくれており、わたし達はそこへ乗り込む。既にレイのお付き役の二人が座っていたため、レイが紹介してくれた。


「今回俺と同行するジョーとララだ。こちら、俺の契約者であるアンリエッタだ」

「ジョーだ。よろしく頼む」

「ララですの。よろしくお願いしますの」

「アンリエッタです。ジョーさん、ララさん、よろしくお願いします」


 旅の冒険者のような格好に扮している二人。口数少ないジョーさんに対し、ララさんは人懐っこい印象だ。レイのお付き役を務めるだけあって、ジズさんの密偵部隊に所属している二人らしく、かなりの手練れみたい。


 馬車は一路、このまま王都へ向かう。馭者もジズさんがいつも取引きしている魔国の行商らしく、口は堅いみたい。途中、王都前にある森の前でキュウちゃんを呼び、キュウちゃんは遥か上空より、馬車を追随する流れ。


 やがて、王都を囲む大きな石壁が見えて来た。闘技大会前という事もあり、行列が出来ていた。馬車に馬、徒歩の者……種族もバラバラ。東西南北にあるこの検問を潜らなければ王都には入れない。つまり、此処から潜入任務は始まるという事になるのだ。


「アンリエッタ、ジズ。準備はいいか?」

「御意」

「ええ、やってみます」


 予め身に着けておいた〝常闇の衣〟へ闇の魔力を籠める。わたしとジズさんの身体が認識出来なくなり、馬車内からわたしとジズさんの姿が消えた。暫くして行列は進み、馬車が検問の前に到着する。馭者が門兵と会話し、手続きの書類を記入していく。


「有無。クレイ・グラディウス。魔国カオスローディアから闘技大会へ参加か。残り二人はお付のジョージとキララ……と。闘技場の場所は分かるな?」

「嗚呼、問題ない」


 馬車の中をチェックして回る門兵を前に息を殺すわたし。三名共、偽物の名前で登録している。わたしとジズさんは無事、認識されていないみたい。


「異常なし。よし、通れ」


 馬車は無事に検問を通過し、王都へと潜入する。一旦、透過を解いたわたしはホッと胸をなでおろす。馬車は一路、闘技大会の舞台となる闘技場へと向かう。現地に到着するとわたしとジズさんは一旦別行動になる。


「こっちは予選会を終えてくる。夕刻、合流しよう」

「気をつけて、レイ」

「何かあったらジズを頼れ、行って来る」

「行ってらっしゃい……あ!」


 おでこにキスされた。わたしの羞恥を待たずして、レイはお付きの二人と馬車を降り、颯爽と闘技大会の会場へと向かった。別れ際にキスとかズルいなぁ~もう。


「我々も行きましょうか」

「あ、はい! ジズさん。よろしくお願いします」


 再び姿を消したわたしとジズさんは移動を開始する。目的地は勿論、グリモワールのお城だ。今日は闘技大会の予選があっており、闘技場に居るのは参加者のみ。今日はお城の敷地内へ潜入し、今の王国の現状を確認する予定。


「神殿内部までは結界により潜入は難しいでしょう。我について来て下さい。〝風陣飛脚シルフィーウイング〟」


 ジズさんが風魔法をわたしの身体へかけてくれた。


「え? 身体が……軽い!」

「行きますよ」


 地面を蹴ったジズさんの身体が高く跳ねる。透明になっているんだけど、〝常闇の衣〟を身に着けている者同士は透過する魔力を互いに認識出来るになっていた。わたしも後を追い地面を蹴ってみると、脚を纏った風が地面を弾き、身体に翼がついているかのようにわたしの身体が浮かびあがった。


 高く飛び上がりながらの高速移動、これならかなりの時間を短縮出来る。


『我の声が聞こえますか? アンリエッタ様、心で言葉を浮かべてみて下さい』

『え? こ、こうですか?』

『闇の魔力を通じて念話をしています。任務中はこれで会話します』

『す、すごいですね。ジズさん』

『参りましょう』


 称賛に返答する事なく、お城へ向かうジズさんを追うわたし。風魔法に念話。流石ジズさん、レイが信頼している魔国の密偵だ。わたし達はそのままグリモワール城の城壁を超える。闇の魔力で〝透過〟しているにも関わらず、お城を囲んだ透明な結界はわたし達を感知せず、すんなりと中へ入る事が出来た。そうか。姿だけでなく、魔力そのものも透過しているんだ。


『ジズさん、少し立ち寄りたいところが』

『少しだけなら』

『ありがとうございます』


 そこはジズさんから事前に聞いていた、とある場所。神殿の結界に弾かれる事無く、お姉さまの部屋を目視出来る庭園の樹。ジズさんが野鳥の眼を借りて監視していたという場所へ……。


「お姉さま……」


 お姉さまの姿を脳裏に浮かばせながら、わたしは庭園にある大きな樹の上に降り立った。


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