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第40話 出発の時

◆ <アンリエッタside ~一人称視点~> 


 その日はあっという間に訪れた。レイが闘技大会に参加するという内容は秘密裏に準備されているため、魔国から歴戦の剣士が出場するという嘘の噂を流した。魔国がグリモワールへジズという密偵を潜入させているのと同様に、グリモワール王国より密偵が魔国に忍び込んでいる可能性も踏まえての事だった。


 レイは魔の森への調査のため、わたしと一緒に遠征している事としている。レイの留守中はジークレイド皇帝が自ら魔国の公務を行う。アーレス、ノーブル、ミルフィー王女も残るため、魔国の防衛も盤石だと言える。


「アンリエッタ、魔国へ還ったら、またフルーツタルトを食べに行きますわよ」

「ええ、是非よろしくお願いします。あの……わたしの顔に何かついていますか?」


 旅立ちの朝、城門前にてミルフィーがまじまじとわたしの顔を見ていたので、尋ねてみる。


「何でもないわ。べ、別に寂しいなんか思ってないわよ?」

「え? 何か言いました?」

「何でもないって言っているでしょう! 早く行きなさい」


 腕を組んでそっぽ向いているミルフィー王女が可愛い。


「行ってきます、ミルフィーも留守中、気をつけてね」

「ふふ、うちを誰だと思っているの」

「魔国の魔女、ミルフィーよね」

「わかってるならよろしい」


 わたしとミルフィーのやり取りを微笑ましく見つめる人物は、老執事のノーブルさんだ。暫しの別れは名残惜しいけれど、無事任務を終えて帰って来るからね、ミルフィー。


「アンリエッタ様、お時間です」

「ありがとう、アーレス」


 アーレスの用意した馬車へと乗せられるわたし。中には密偵ジズの部下である人物が二人乗っている。一人は女性。わたしが普段身に着けている民族衣装メーテと同じものを身に着け、銀髪のかつらを被った上から、黒いフードで頭を隠している。もう一人は背の高い男性。漆黒の外套で全身を覆い、同じく顔を隠している。


 馬車はエビルノース山近くにある魔の森へ向けて、一路北へと向かう。そして、山道を抜け、人気の無い山道へと入った瞬間、山の中腹より馬車へ向けて、四つ脚の動物が駆け下りて来る。


「わお~ん」


 そう、銀狼のサスケだ。サスケには既に漆黒の外套に身を包み、鉄仮面を被ったレイが乗っている。わたしは〝常闇の衣〟で姿を隠し、透明になったところでサスケへ飛び乗った。馬車はそのまま影武者のみ・・・・・を乗せてエビルノース山へ向かう。


 そう、当初魔導車で魔国から王国へ五日間の工程で向かう予定だったが、王国の様子が慌ただしいとジズさんから報告があったのだ。何やら各国から闘技大会の参加者を事前にマークしているらしい。


 よって、参加者がレイだと悟られないよう、銀狼で誰にも認識されない形で王国近くの宿場町へ移動、そこでジズさんと合流し、予め用意した馬車へ乗り王国へ向かう事にしたのだ。尚、今回二名居るレイのお付き役は既に王国へ向けて事前に出発済。


「行こうか、アンリ・・・

「ア……!? ……え、ええ、レイ」


 そうだった! 二人きりになったらアンリだったんだ!? 今は透明だから、夕焼けみたいに紅くなった頬はレイから見えてないわよね? 常闇の衣の透過時間が切れた頃にはレイとわたしはサスケの背中で風になっているから、きっと大丈夫。


「しっかり掴まっていろ」

「……うん」


 久しぶりの逞しいレイの背中。サスケのモフモフ。……気持ちいい。


「キュウウウウウウウウ! キャシャアアアア!」


「おっと!」

「あ、忘れてた! ごめんね、キュウちゃん・・・・・・。大丈夫だから」 


 そうだった、今回キュウちゃんも一緒に王国へと向かうんだった。レイとわたしがいい雰囲気になっていた事に気づき、レイへ向けて一気に急降下して来たのね。大丈夫よ、キュウちゃん。此処では・・・・何もしないから……ね。


 こうしてわたしとレイ、そして、キュウちゃんは魔国を出発し、一路グリモワール王国へと向かうのでした。


――待っていてね、お姉さま。


 グリモワール王国の宿場町へ到着する頃にはすっかり日も暮れていた。


 変装をして見事に行商の格好をしているジズさんが宿場町の入口でわたし達を出迎えてくれた。ジズさんが既に二部屋宿を借りていて、今晩はそこへ一泊する予定。


 明日は宿場町で借りた馬車に乗ってグリモワール王国へ入り、そのまま王都へ。レイはお付きの人と一緒に闘技大会参加の手続き。わたしはジズさんと変装して久し振りの王都で潜入調査の予定だ。


 キュウちゃんには王都手前にある森で待機して貰っている。移動中は高い位置を保って飛行出来るキュウちゃんは目立たないけれど、宿場町に七色鳥レインボーバードが突然現れたら流石にみんなびっくりするものね。明日の朝出迎える予定。


「お待ちしておりました。宿の準備が出来ております故、こちらへ」

「嗚呼」

「ありがとう、ジズさん」


 ジズさんと合流し、王都手前の宿場町へ。夜でも建物からの灯りが街道を照らし、酒場からは賑わう声が道まで漏れ聞こえていた。


 闘技大会前という事で、今回一泊する宿も、一階の食事処は他国の貴族らしき人から、エルフやドワーフといった亜人、獣人族まで、普段王国ではお目にかかる事のない顔触れが揃っていた。宿の食堂での食事は目立つため、今回は宿泊するお部屋の一室に食事を運んでもらう事にした。到着が遅くなったため、もうひとつの部屋でお付のお二人はお休み中みたい。


 それにしても、久し振りの王国での食事。しかも、神殿ではなく、宿屋での食事は初めて。レイはジズさんと共にエールを注文していた。わたしはブラッドオレンジのジュース。


「では、旅の成功を祈って、乾杯しよう」

「乾杯」


 こんな賑やかな場所での食事はとても新鮮で、エールを一気に飲むレイの姿も珍しく、ついつい凝視してしまう。


「どうした、食べないのか?」

「ううん。食べます、食べます」


 一旦料理に集中しよう。わたしが頼んだ川魚と野菜、海で採れたワール貝をお鍋で煮込んだ料理は、グリモワール南部地方の郷土料理。お魚の白身がふわっふわでとても柔らかい。かつて、お母さまがわたしの釣って来たお魚を焼いたり、煮込んだり、色んな料理を出してくれていた事を思い出す。


「ん~、美味しい……って、あれ? レイ、食べないんですか?」


 今度はわたしが食べている様子をレイがまじまじと見ていたものだから、思わず聞き返すわたし。レイが注文したのはグリモワールの白米をお肉と野菜と一緒にお鍋で炊いた王都風パエリア。どうしたのかな? お気に召さなかったのだろうか?


「いや、その白身魚というものが旨いのか気になってな」

「え? まるでお魚食べた事ないような口ぶりですね」

「嗚呼、食べた事はない」

「え? ええっ!?」


 口に含んでいたふわっふわのお魚を呑み込み、驚いて見返すわたしに対し、さも当然といった表情で頷くレイ。


「そりゃあそうだ、魔国には海がないからな」

「え、でも川や湖は? それに他国から取り寄せる事も」

「確かに川や湖はあるが、妖氣エナジーが溢れる場所で魚は育たない。わざわざ妖氣の少ない場所まで行き、普段食べない魚介を食べようとは思わないからな」

「あ、そうか……ごめんなさい」


 レイなら普段装備している魔剣で妖氣を吸収出来るんだろうけど、〝浄化〟が出来ない以上、お魚は育たないのか。幼い頃からセントミネルヴァ山の聖なる川でお魚を釣っていたわたしにとって、想像もしていない事だった。


 王国には王国の問題があるけれど、魔国には魔国の問題がある。グリモワールという世界しか知らなかったわたしにとって、新しい発見ばかりだ。


「アンリエッタが謝る事ではない。お前があまりに美味しそうに食べていたので、魅入ってしまったのは俺だ」

「魅入っ……もう、ジズさんの前ですから! あ、ほら。魚食べます? 美味しいですよ。あ~ん」 


 いつもは抵抗するレイが、この時はそのまま口を開けて魚の白身を口に含んでくれた。



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