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第39話 精霊に関する研究

◆ <聖女クレアside ~三人称視点~> 


「此処は王国で禁止とされる邪神教や悪魔学の研究をし、処罰された者が持っていた本や、王国の表で管理するには危険すぎるためと秘密裏に処理された資料が保管されている場所です。所謂、禁書ですね」 

「ランス、詳しいのね」

「ぼくの祖父、ボージャー・アルバートが元王立図書館の館長だった関係です。ぼくが神殿から王立図書館へ異動した背景も祖父の存在が大きかったようです。祖父は禁術も、世界の史実も、王国の都合のいいよう歪曲させてはいけないという考えを持っていた」


 そのため、王立図書館へ流れて来た禁書は、表向きは焼いて処分された事になっているが、呪いの類で保管が危険を伴う一部の書物を除き、秘密裏に保管されて来たのだとランスは言う。


「やはりあなたを尋ねて来て正解でした。ルワージュでは真実に辿り着けないと思っていたので」

「クレア様、一体何をしようとしているのですか?」

「……わたくしはただ、真実とは何なのか、知りたいだけですわ」


 そう呟いたクレアは、黙って禁書が並ぶ本棚へ近づく。本来ならばグリモワール王国で所有が許されない、邪神教の歴史や、悪魔召喚の方法、偉大なエルフの大魔法使いが書いたとされる〝ワーズノーズ魔導書〟など、並んでいる本の中から一冊の本を取り出す。


『四大精霊と精氣に関する研究  著:ラーディ・ヘンダーウッド』


「……ありましたわ」


 それは、先日クレアと邂逅したラーディ大魔導師長が書き記した本。四大精霊と精氣スピリッツに関する魔法の教本を書いた人物としてラーディ大魔導師長の名前は有名だった。クレア自身も子供時代、魔法の勉強をする際、ラーディの本にお世話になった事があったのだ。


 ラーディ大魔導師長と魔導コロニー。市民の生活を潤し、魔導師団を育成するため、研究施設も兼ねている巨大な施設は、先日汚染された汚泥が溜まっていた下水道とも繋がっている場所の一つ。これが偶然か、それとも必然か? クレアは自身の眼で見極めたかった。


『水精霊マーキュリー、火精霊マーズ、土精霊アース、風精霊シルフィーユ。女神ミネルバ様の加護と共に、四大精霊が世界に齎した恩恵である精氣スピリッツは我々の生活に欠かせない存在となっている。精氣とは大気に散らばり、水あるところに水の精氣、火燃ゆる場所に火の精氣は多く留まる。では、この精氣を予め集める事で魔法をもっと発動し易くする事は可能なのか……』


 このあたりは魔法を学ぶ際、誰でも学ぶ内容。魔力があれば、初級程度の魔法ならば火がない場所でも火魔法が使え、風のない場所でも風魔法は放てる。そして、魔力を宝石へ籠める事で、魔法具として利用するやり方もクレアは知っている。問題はその先・・・だ。


『我々の世界に、大地に満ち溢れる精氣を意図的に・・・・抽出するとどうなるのか?』


『各属性の魔力を籠めた宝石――魔宝石まほうせきへ魔力を透過し大地から抽出するも、その魔力量に耐え切れず魔法石は粉々に砕け散った。此処から我の絶え間ない実験の日々が始まったのだ』 


「待って……この方……何をやっているの?」


 クレアの本を読み進めていた手が止まり、指先が震えていた。大地から精氣を意図的に抽出する事など精霊への冒涜だ。生活魔法は民があくまでよりよい生活を送れるよう、恩恵として少しずつ、大気より精氣を戴くものであって、大地から無理矢理抽出するものではないのだ。


「……ランス、この本の中身、全部読んで知っていますか?」

「いえ、此処にあるものは何せ全て禁書ですので、中身を読んでいる本はぼくもごく一部です。この部屋には司書のぼくでも長時間滞在する事も出来ませんし」


 本に書いてある実験の内容は段々とエスカレートしており、そこからはとても見て居られる内容ではなかった。実験はまだ途中経過であるというところで終わっていたが、本の後半より、人体実験を仄めかすような内容まで書かれていた。


「わたくしは……聖女として、この方を止めなければならないかもしれません」

「え? ラーディ大魔導師長をですか?」


 クレアは本の内容を掻い摘んでランスへ話す。ランスも顔面蒼白となって慌てて禁書の内容を確認する。そして、眼鏡の縁に手を当て、暫く思案する。 


「……でも、本当にこんな事をしていたなら……精霊の怒りによって大地は割れ、天変地異が起きるんじゃ……」

「そうですね……。闇の魔力と同様、大量に精氣を集めたならば、周辺の大気は汚染される筈……浄化をしなければ、街が大変な事になって……まさか!」


 そこまで言って、クレアは自身の口元を押さえる。突然座り込んだ彼女にどうしたのかと慌てて駆け寄るランス。別々で起きていた事象が一本の線に繋がった瞬間、クレアは認めたくない事実に自身の顔を覆った。


「――聖女システム」

「え? 何です、それ?」


 クレアの口から呪詛のように吐き出された言葉。聞いた事のない言葉にランスが尋ねた事で、クレアは覆っていた手を下ろし、ランスへ顔を向ける。


「やはりランスも知らないのですね。わたくしは、今まで知らぬ内に大きな過ちを犯していたのかもしれないという事です」

「待って下さい。クレア様は聖女様だ。何も過ちなんか犯していない筈です」

「いえ、無知とは罪という事です。行きましょう、ランス。巻き込んでしまってごめんなさい。わたくしが来た事も含め、今日の事は忘れて下さいね」


 クレアは禁書を元の本棚へ戻し、元来た道を戻ろうとする。しかし、その手を強く握る者が居た。ランスだ。


「クレア様、一人で抱え込まないで下さい。ぼくは神殿であなたと出逢った頃から、聖女となりご活躍されている今まで、陰ながらずっとあなたの事を見て来ました。あなたは完璧だった。清廉で美しく穢れなき強さを持っている。だからこそ、正義のため、一人で何でもやろうとしてしまう。少しは誰かを頼ってもいいんですよ? ぼくは、あなたの味方ですから!」


『だって。ほら、空はこんなに青いんだもの。お姉さまを護る理由なんて、それだけで充分でしょう?』


 この時、クレアの脳裏に浮かんだのは幼い頃、青空を見上げたアンリエッタが彼女へ言った言葉だった。そして、同時にあの密告者が告げた『あんたの周りは敵だらけだ。だが、必ずどこかに味方は居る。己の信念のみを信じよ』という言葉も。


「……もしかするとあの密告者はこの事を予期していたのかもしれませんね」

「クレア?」

「いえ、こちらの話です。ありがとう、ランス。では、早速一つお願いがあるのですが?」

「ぼくで良ければ何でも聞いて下さい」

「どなたか、魔導師団のお知り合いを紹介して下さらない?」



 こうしてランスと密約を交わした後、クレアは監視の眼に見つからないよう再び図書館の談話室へと戻り、司書の服から元の黒いローブと黒いフードへと着替える。そして、神殿への帰路に着いたクレアは、神殿の裏庭で聖女の服へと着替え、王宮へ向かう。


「只今戻りました、エルフィン」

「おお、クレア。街の視察はどうだったのだ?」

「ええ。とても有意義なひと時を過ごせましたわ」


 エルフィン王子には、この日、孤児達を引き取って暮らしている教会を訪問する予定があると告げていたクレア。実際クレアが教会を訪れたのは午前中のみで、その時間を使い、彼女の王立図書館へと足を運んでいたのだ。


「そうか。それはよかった」

「そうですわ、エルフィン。先日のラーディ大魔導師長でしたか……仰っていた〝魔導コロニー〟への見学。是非、今度お願いしたいのですが?」

「ほぅ、どういった心境の変化だい?」


 王子が尋ねると、クレアは瞳を輝かせて応える。


「民の生活を潤すための研究をし、魔導師団の方々も日々鍛錬をしているのでしょう? わたくしも一度、民の生活を豊かにする原点となる場所を観て起きたいと思ったのです」

「流石は聖女クレアだ。では、今度の闘技大会が終わったら、見学の手配をするようラーディに言っておこう」

「ありがとうございます。エルフィン」


 恭しく一礼し、王子の部屋を後にするクレア。回廊を歩きつつ、クレアは思う。もしかすると、アンリエッタも真実に近づこうとして、追放されたのではないか……と


「アンリエッタ。あなたの真実にも辿り着いてみせますわ」


 一週間後、王国で開かれる闘技大会。そこへアンリエッタが潜入しようとしている事実を、クレアはまだ知らない。


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