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第38話 疑念と禁書

◆ <聖女クレアside ~三人称視点~> 


 闘技大会を一週間後に控えたグリモワール王国。中央広場にある掲示板には剣術や魔術に長けた者集まれというお触れの下、闘技大会の告知がなされ、終始人だかりが出来ていた。毎回、他国の王族や貴族も来賓に呼ばれ、各国有数の猛者が参加する大会。優勝賞品は金貨百枚と国宝級の〝大魔女の杖〟と書かれてあった。


 そんな掲示板の人だかりを横目に、黒いローブと黒フードに身を包んだ人物が中央広場から大通りを抜け、美術館や迎賓館などが立ち並ぶ芸術通りへ足を運んでいた。辿り着いた場所は、入口に大きな創世の女神像が立っているグリモワールの王立図書館。


 悪意を遮断する正面入口のゲートを抜けて中へと入り、奥へ控える司書の前が首を傾げたところで黒フードを脱ぎ、自らの顔を明かす。


「え!? え!? クレア様! どうして此処に……」

「しーー。中でお話出来る?」


 突然眼前に現れた聖女を前に驚いたその司書は、眼鏡を掛けた男の子姿。クレアは男の子の口元へ自らの人差し指をあて、大きな声を出さないよう促す。そのまま男の子の司書は談話室の一室を開け、内側から鍵を掛ける。そして、クレアは椅子へ座ったところで自ら話し始める。


「こうして直接お話するのは久し振りね、ランス」

「クレア様は普段お忙しいですし、公務で来られた時はほとんどお話出来ないですものね」

「ふふ、昔みたいにクレアちゃん・・・でいいのよ」

「いやいや、無理ですよ、クレア様! あの頃・・・はぼくもまだ子供で聖女様の凄さを知らなかったんですから」


 両手を自身の顔の前へ出し、めっそうもないと繰り返すランスと呼ばれた男の子。


 現在グリモワール王立図書館、司書を担当しているこの青年。名をランス・アルバートと言う。アルバート子爵家の次男で、神殿の神官として幼少より育てられ、クレアがアンリエッタと共に神殿で生活を始めた頃、クレアと同じ歳だった事もあり、クレア、アンリエッタ共に仲良くしていた青年なのである。


 王立図書館には、神殿が所蔵していた神学や薬草学、女神さまの加護に関する資料や蔵書も保管しているため、ランスは数年前より神書担当として神殿所属から図書館配属へ異動になったのだ。


「ランスが司書になったお陰で、図書館へ公務に訪れる時はいつも楽しいひと時を過ごせているのよ。感謝しているわ」

「いやいや、こうして異動した今でも気にかけて下さっているだけでもありがたいですから……って、今日はどういったご用件ですか? その格好、入り用ですよね?」


 神殿が所有している重要な神書の寄贈など、公務以外で聖女であるクレアが自ら此処へ訪れるのは稀だ。聖女としての立場があるクレアの場合、目的がないと中々図書館へ訪れる機会がない筈なのだ。


 周囲に監視の眼が無い事を互いに確認した上で、クレアはランスへ耳打ちする。


「先の戦争に関する本と、王立図書館の地下室にある禁書・・を見せて欲しいの」

「え? ききき、きん……」

「しーー」


 またクレアの人差し指がランスの口元に触れる。その指先が柔らかくて思わず顔が赤くなるランス。


 グリモワール王立図書館の禁書――それはつまりグリモワール王国に害となる本を王宮側が剥奪したもの。具体的には悪魔学の本や、魔国や闇の魔法に関する本、王国が隠したいと思っている何かが・・・書かれた本だ。


「何も言わず、わたくしのために動いてくれる人。ランスしか居ないと思って」

「え? でも神殿長のルワージュ様が居るじゃないですか? あとはアンリエッタ様……あ」


 そこまで言ってランスは思い出す。司書になって以降、王宮や神殿へ帰る事がないため、最近王宮や神殿の内情には詳しくないランスだったが、アンリエッタ追放の時は聖女の妹が国家反逆罪で追放されたという噂が流れて来て知っていたのだ。慈愛の表情を見せるクレアを前にしてすっかり抜け落ちていた事実。


 ランスは察する。聖女クレアの妹であるアンリエッタ。子供の頃は分からなかったが、大人になるにつれ、アンリエッタとクレアの扱いの格差・・を第三者目線で見てその意味を知るようになる。そして、聖女姉妹を昔から知る彼もまた、国家反逆罪で追放されるような事をアンリエッタがする筈もないと考える。


「アンリエッタ様の事、心中お察しします」

「いいのですよ、ランス。わたくしはわたくしがやるべき事をしに此処へ来ました」

「それは……アンリエッタ様を連れ戻したいという事ですか?」


 禁書ならば、魔国に関する事も書かれており、アンリエッタの追放先を追う手掛かりもあるかもしれないとランスは考えた。しかし、クレアからの返答はランスの予想と違っていた。


「ええ、アンリエッタを救出したいのは勿論ですが、今回は、別の事柄を調べようと思っております」

「……成程、分かりました。では、見つからないよう準備致します。少々お待ちいただけますでしょうか?」


 クレアを部屋へ置き、席を立つランス。暫くして戻って来た彼は、地下室へ続く部屋の鍵と、表にある戦争に関する記述を記した本を先に持って来る。


 戦争に関する史実は、神殿長ルワージュや周囲から見聞きしていたクレア。パラパラと内容を捲り、自身の母に関する記述がある箇所で頁を止める。


『ミネルバ暦1688年某日――魔国カオスローディアは他種族の国や周辺諸国を制圧し、遂に我がグリモワール王国へ侵攻した。聖女レイシアによる王都の魔法結界が破られた時、聖女レイシアが身を挺して民を避難させて街を守り、王都の被害は最小限に食い止められた。魔国の魔女シャルル・メーティア・カオスロードとの攻防は熾烈さを増したが、聖女レイシアは女神ミネルバの加護により、シャルルの膨大な魔力を〝封印〟した』


「〝封印〟の魔法……」


 長年〝加護〟の聖魔法を扱って来たクレアだったが、加護による〝封印〟の魔法は初耳だった。ランスが選んで来た戦争に関する本。此処まで詳細に自身の母の闘いを記した本をクレアは初めて読んだ。そもそも神殿の者と訪れた際は、神書や魔法の本しか読む機会が与えられていなかったのだ。


「ランス、流石ね。史実の詳細が此処まで書かれた本、初めて拝見しました」

「神殿にも図書室はありますが、王立図書館の方が圧倒的に蔵書の数が違いますから。ぼくも司書になって、新しく知った事が沢山あります」


 ランスの言葉に頷きながら、続きを読み進めていくクレア。グリモワール王国は魔国へ〝シャルル妃の死〟を触れ込み全面降伏するよう求めたが、それが裏目に出て魔国の皇帝による侵攻が起きてしまったと書いてあった。


 聖女レイシアは自らの命と引き換えにジークレイド皇帝が扱う悪魔の力を制御し、王国軍が魔国の侵攻を止めた。これ以上、犠牲を出さないよう、戦争は休戦という形で幕を閉じる。


 暫く無言で本を読み進めていたクレアだったが、意を決した表情で本を閉じ、ランスへ微笑みかけた。


「ありがとうございます、ランス。では地下室への案内をよろしくお願いします」

「監視の目があります。気をつけて参りましょう」


 この後、周囲に聖女であると悟られないよう、司書の服へと着替えたクレアは、ランスと共に広い図書館の中を進み、ランスが監視の眼を引きつけたタイミングでクレアがランスから借りた鍵で古い書庫の扉を開ける。遅れてランスが部屋へと入り、内側から鍵を掛け、中に並ぶ本棚の一箇所。分厚い本に隠されたスイッチを押す。一つの本棚が回転し、地下室へ続く隠し階段が現れた。


「此処から先はごく一部の人間しか知りません。時間がないため、急ぎましょう」

「分かりました」


 果たして、クレアが求めるものは地下室へあるのか? 二人は王立図書館の地下室へと向かう。


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