「こ、これは……由々しき事態だわ」
魔国出発の日を数日前に控え、わたしは自室にて頭を抱えていた。こんがり焼けていた小麦色の肌はすっかりミルク色の肌へと戻っており、全身鏡で自身の身体を確認しつつ、これからどうするべきか考えていた。
え? 何の話って?
勿論、アレの話です、はい。
酩酊状態だったらまだよかったのかもしれない。酩酊の時は、記憶が飛んでいたので何も憶えていないから。今回は……全部憶えているんだ。
レイと逢う度、レイの腕に自身の腕を絡ませるわたし。お食事の度に、戸惑うレイを尻目に『あ~ん♡』を試みるわたし。魔力訓練の後は気持ちが昂揚していて、昨日なんかはミルフィー王女を口説いていた。顔を真っ赤にする彼女の姿が可愛くて愛おしくて、口づけしようとした瞬間、彼女は全力で何処かへ逃亡していた。
夜もレイの配慮でそれぞれのお部屋で眠っていたんだけど、気づいたらわたしから彼を襲ってしまいそうで怖かった。闇の魔力への依存……想像以上に恐ろしい。尚、姿が元に戻れば、魔力を摂取してもいいんだそう。と、言う事は……ダメダメ、それじゃあまた繰り返しじゃない。
気を取り直して、今日のやるべき事に戻ろうと思う。庭園の池の前でわたしはそっと右手を挙げる。池の上空を旋回していた鳥が、七色に煌めく光の帯を発しながら挙げた右手の甲へと見事着地する。
「キュウちゃん、いい子、いい子」
「キュッキュウ!」
〝浄化〟の魔力をたっぷり染み込ませたパンを一欠片、キュウちゃんへ食べさせる。再び合図と共にキュウちゃんが舞い上がり、暫くお城上空を旋回した後、手を挙げると同時に舞い降りて来る。
「調教は順調のようですね」
「アーレス、調教ではないわ。訓練よっ、訓練」
後ろから声を掛けて来たのは、わたしを迎えに来たアーレスだった。キュウちゃんの調教じゃなくてあくまで訓練を強調するわたし。調教だと何だか可哀想じゃない?
「
「だって、留守中の餌やりとか誰も出来ないじゃない?」
「適当に果物とか虫をあげておけばよいのでは?」
「じゃあ、アーレス。その果物とか虫ちゃんに〝浄化〟の魔力を注いでからキュウちゃんへあげてね」
「えっと、それは無理ですね」
そこまで言うとアーレスもようやく折れてくれた。競技大会の日程を考えると一週間は最低王国へ滞在する可能性がある。その間、キュウちゃんがお腹を空かせて待っている様子を想像するとわたしは耐えられなかったのだ。
よって、キュウちゃんにも、潜入調査時にお仕事をしてもらう事にしたのだ。どんな作戦なのかは当日のお楽しみ。
「そろそろ時間ですので参りましょうか?」
「あ、お願いします」
アーレスへ連れられ、お城の敷地内にあるとある場所へ向かうわたし。初めて向かう場所のため、アーレスは現地までの案内係だ。そこは先日、執事のノーブルさんへ行ってみてはと言われた場所。
カオスローディア城内に創られた荘厳な雰囲気の図書館。カオスローディアの歴史から文化、魔法に関する本や創世記ほか、各国より取り寄せた蔵書まで様々保管された貴重な場所。グリモワールへの潜入前にわたしは知っておきたかった。
グリモワール王国と魔国カオスローディアとの間に何があったのか?
そして、わたしの母である聖女レイシアと、レイの母である魔女メーテル・オリンポスとの間に何があったのか……を。
「小生はそちらの椅子で待機しております。何か分からない事があれば、カウンターの司書へ尋ねるといいでしょう。小生よりも求める書物の場所を把握していますので」
アーレスが案内すると、魔導師のような帽子を被った背の低い司書の方が挨拶してくれた。
「司書のガーデンと申します。アンリエッタ様、宜しくお願い致します」
「アンリエッタ・マーズ・グリモワールです。よろしくお願いします」
「嗚呼、次期魔女様に直接お目にかかる事が出来、至極光栄にございます」
なんか突然司書さんが泣き出したんですけど。慌ててハンカチを渡すわたし。
「え、待って? そんな……泣かないで」
「魔女様のハンカチなんてとんでもない。ワタクシメにはローブの裾で充分です」
「えっと……欲しかったらいつでも言ってね」
「いただく時は家宝にします」
なんか凄く仰々しい司書のガーデンさんが、刻目別に並んでいる本棚のうち、わたしが興味を持ちそうな本が並ぶ場所を案内してくれた。グリモワールとカオスローディアの歴史に関する本、文化や種族の本、世界の植物や食物の本、女神教と邪教の本、先の戦争に関する手記。魔法や精霊に関する本など、あまりにも物凄い数の本が並んでいて圧倒される。
時間も限られているので、わたしは調べたい項目別に読みたい本を順々集めていった。嗚呼、これは、一日だと無理なレベルだ。もう少し早く来たらよかったと後悔。
魔法の本も興味深くて、エルフの大魔法使いの人が書いたという〝ワーズノーズ魔導書〟に、火精霊マーズ様に関する記述もあった。初級魔法から上級魔法までの解説と、火精霊マーズ様に認められた者だけが使える禁術とされる
「燃えて……って言った時に広がった炎……あれ、上級魔法だったんだ……」
そこには上級魔法――
ケルベロスを手懐けた時に使った獄炎の一筋(ケルベロス=レイ)もそうだ。地獄の猛犬が放つ炎の力を一点集中し、指先から鋼鉄をも溶かす熱線を放つ上級魔法なんだそう。あの時、ケルベロスの炎を吸収した際、それは血の記憶なのか、まるで憶えている事が
「あの……この本、お借りしてもいいですか?」
「も、勿論です。貸出記録へちゃんと控えておきますので、魔女様でしたらいつでも持ち出し下さい」
「ありがとうございます」
この本は王国へ持って行こう。魔法の知識は有事の時に何か役に立つかもしれない。続けて当初の目的であった先の戦争に関する本を開く。
周辺諸国を巻き込んで引き起こされた戦争。グリモワールでは全面的に戦争を始めた魔国や魔国と同盟を結んでいた亜人の国が悪いとされていたけれど……そこには確かに侵略を重ねていたグリモワールが宣戦布告をしたと記録されている。真実は一体どちらなのか、読み進めていく内に、聖女と魔女が激突したという問題の
「え……これって……」
その書かれていた内容に、わたしは言葉を失った――