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第36話 変貌と圧倒

 結論から言うと、わたしの心配は杞憂に終わった。あの後、アーレスが説明してくれたんだけど、魔女の力を覚醒させた時など一定条件で同じような姿の変貌はあるため、城の者達もわたしの姿を見て歓喜はすれど、真実まで読み取る事は出来ないんだそう。


 因みに、先代魔女のシャルル妃とジークレイド皇帝の時も度々シャルル妃に同じような症状があったみたい。なので、姿の変化で昨晩の様子を察したのは、ナタリーやノーブルさん、アーレス、皇帝くらい。えっと、つまりは……シャルル妃とジークレイド皇帝はつまりお盛んだっ……そこは置いておこう。


「待ちなさい、アンリエッタ! どうしたらそんな姿になるまで魔力変貌を起こす訳?」


 朝食会場でそんな発言をしたのは、両手を腰へ当ててわたしを出迎えるミルフィー王女である。この症状、魔力変貌・・・・って言うのね。あれ? でも、この様子、もしかして、原因が何かを知らない?


「えっと……レイにも教えて貰いながら、昨晩、闇の魔力を身体に馴染ませる訓練をしておりまして……ねぇ、レイ?」

「嗚呼。ミルフィーの代わりに王国へ潜入するんだ。このくらいの激しい訓練は当然だ」


 もうレイ、言葉選んでぇ~~!? は……激しい訓練て……レイは分かっていて言っているのか? よく表情変えずに言えたものよね。顔を両手で覆いたくなるところをぐっと我慢するわたし。


 後から聞いた話によると、どうやら〝譲渡〟のやり方は口伝で伝えられるらしく、書物にも載っていないんだそう。レイには皇帝が自ら方法を教えたみたい。だからこそ、肌を重ねる行為で譲渡が行われただなんて想像も出来ない訳で。幼い頃に母を亡くしたミルフィーは知らなかったみたい。ノーブルさんが教える訳にはいかないものね。


「お兄様の言い分は分かりました。にしても、アンリエッタ。一晩でどう訓練すればそこまでの魔力変貌に至る訳?」

「と、特訓です特訓! だって、ミ、ミルフィーの代わりに王国へ行くんですよ? これくらいは頑張らないと! フンスッ!」


 羞恥を悟られないよう、鼻息混じりに迫るわたしに、ミルフィーは、王国潜入前に気合入っているだけと勘違いしてくれたようで。


「ま、まぁいいわ。これじゃあ、あんたの代わりになんてもう言えなくなったじゃない。無理しない程度に頑張りなさい」

「ありがとう、ミルフィー」



 こうして、無事に朝から試練を乗り切ったわたしは、美味しく朝食をいただき、昼の訓練でアーレスに呼び出された。


「さて、実力を見せて貰いましょうか?」

「今日のアーレス……。何かいつもと違う……」

「アンリエッタ様。魔力変貌が起きている今こそ、訓練には最適ですからね。小生も少し、本気を出してみようかと思いまして」


 いや、アーレス。本気出さなくていいです。これは上級魔法じゃない、初級魔法ですとか言って、巨大な火球放つ姿が想像出来るから……。


「いえ、そろそろ頃合かと思いまして。小生を含む魔国の幹部には、悪魔・・と契約している者が居ます。一度、アンリエッタ様にはお見せしたおいた方がいい」


 そう言ったアーレスは、腕に付けていたアームカバーを捲る。彼の腕には何やら牙を持った犬の姿を模した紋章が刻まれていた。


「悪魔と契約した者には身体の何処かに契約の証である刻印マーキングがあります。尚、レイス様は魔剣を扱い充分な強さを持っているため、悪魔と契約していません」


 悪魔との契約。確かジークレイド皇帝は先代のシャルル妃を失った際、最上級の悪魔であるサタンと契約したと言っていた。じゃあ、アーレスは……。


「まぁ、説明するより見せた方が早いでしょう。〝血の契約〟により、地獄より我の前へ顕現せよ! ――地獄の猛犬、ケルベロス!」


 アーレスが自ら指を噛み、指先についた赤い液体で刻印をなぞり、同時に両手を合わせる。彼の全身から刹那立ち昇る赤黒く禍々しい妖氣エナジー。次の瞬間、お城の城門付近から轟音がしたかと思うと、彼の前に漆黒の門が顕現する。扉が開くと同時に、三つの頭を持つ漆黒の犬が大地を踏みしめながら訓練場に姿を現した。城門から入ってすぐ、両端にいつも鎮座している石像のケルベロス。そのケルベロスが今、実体を持って目の前に顕現している。


「アンリエッタ、今日の訓練です。自力でケルベロスを制してみてください」

「え、ちょっと……無理でしょう!」

「やれ!」


 ガルルルルル――


 見上げる程の巨大な猛犬が大地を蹴った瞬間、その場から消失する。身体中が押し潰されそうな重圧は……殺気!? 上から感じた圧力に後方へ飛んだわたし。ケルベロスが爪で大地を抉り、地面に巨大な穴が開く。 


「こんなのっ……て!」


 避けたと思った瞬間、ケルベロスは前方へ跳ね、腕を振るった瞬間わたしは後方の壁へと吹き飛ばされ、激突してしまう。お腹に大きな爪痕と傷。鮮血が噴き出し、背中とお腹に激痛が走る。腕でお腹へ手を当て、〝治癒〟の魔力で止血するも、ケルベロスは眼前に迫っており、わたしは再び腕で払われ、まるで石ころのように訓練場中央へ転がってしまう。


「アンリエッタ、感じなさい! あなたの魔力を。あなたは、魔女だ!」

「わたしは……魔女」


 その言葉を口にした瞬間、全身の血が滾るのを感じた。身体中の血が沸き上がるかのように熱を帯び、わたしの全身から蒸気のようにあかい魔力が発せられるのが分かった。導かれるように、ゆらり、ゆらりと立ち上がる。全身を覆った魔力が傷を塞いでいく。痛みが消えると同時に昂揚した気持ちがわたしの脳を、五感を支配していく。


 ガルルルルル――


 ケルベロスの三つの頭が口を開け、口腔が紅蓮色に光っている。本で読んだ事がある。地獄の番犬として、その場の何もかもを焼き尽くす地獄の業火ヘルフレア。精霊魔法でもない、悪魔の力。


 放たれた紅蓮の業火は一瞬にして訓練場全体を覆いつくす。此処に街があったなら、全てが灰燼と化していたに違いない。


「暖かいわね。肌寒い季節になって来たし、丁度いいわ。ワンちゃん」

「グルルルル――」


 灼熱の炎を前にしても、わたしは全身溶ける事なく立っていた。見えるんだ。紅蓮の炎の仕組みが。紅蓮の炎の向こう、吼える猛犬の姿が。


「はぁ、熱い♡ 気持ちいいわ。ふふふ、レイとの熱い夜を思い出しちゃう♡」


 両手を前に翳した瞬間、炎はわたしの腕を包むかのように渦を巻き、わたしの中へと吸収されていく。そして、その膨大な悪魔の力が全身を一度駆け巡った後、わたしは、右手の人差し指だけをワンちゃんへ向け、一筋の光を放つ。


「熱いのをくれたお・れ・い♡――獄炎の一筋ケルベロス=レイ」 


 真っ直ぐに伸びた熱線が、一つの頭を貫く。そのまま続けて二本、残りの頭を貫いた瞬間、紫紺色の血液を噴出させたケルベロスは地面へと倒れる。わたしは地面を蹴って、ワンちゃんの頭へと着地。そのまま頭を撫でてあげる。


「あら、痛そう。治療してあげるわ♡」

「グルルルル……く~ん……」


 頭へ〝治療〟の光を当て、貫通した三箇所の傷を塞いでいく。それまで闘志と殺気を剥き出しにしていた猛犬は大人しくなった。


「ねぇ、アーレス。地獄の番犬がこの程度だなんて、つまらないわ。もっと欲しいの♡」

「欲しがりさんですね、アンリエッタ様は!」


 アーレスが地面を抉り、巨大な岩をわたしへ向け、投げつける。わたしは先程の熱線を指先からもう一発放ち、岩を真っ二つに割って見せる。アーレスの背後へ素早く回り込んだわたしは、彼の首筋に指を当てる。


「ねぇ、アーレス。ケルちゃん・・・・・の炎がまだ身体に残っていてなんだか身体が熱いの……この後、個別訓練したいな?」

「いえ、アンリエッタ様。訓練は終わりです。小生は間に合っています故、個別訓練ならレイ様とご勝手にどうぞ」

「え~、悪魔と契約している癖に、欲望に忠実じゃないのね。ま、わたしの身体はレイ専用って事にしておくわ」


 アーレスとの訓練を終え、昂揚した気持ちのまま、わたしは訓練場を後にする。ふふ、今ならなんだか何でも出来そうな気がするわ。これなら王国への潜入もなんとかなりそうね。



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