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第33話 大魔女の杖 

◆ <アンリエッタSide ~一人称視点>


 ミルフィー王女との街歩きから一週間が経過した。ミルフィーは相変わらず皆が居る前では今までと同じような態度なんだけど、二人きりの時だけ、わたしに対しての口調なんかが少し柔らかくなったような気がしていた。


 ここ最近のアンリエッタは、キュウちゃんのお世話、お城周辺の闇に汚染された場所の〝浄化〟、そして、訓練が日常。今までアーレスとのみ行っていた訓練は、ミルフィーが時折手伝ってくれるようになっていた。


「アンリエッタ、あんたそれでも、魔女な訳?」

「ちょ……っと! ミルフィー! 避け切れません!」


 魔法結界で氷の刃を受け止めたままそのまま後方へと吹き飛ばされるわたし。相変わらず、ミルフィーは攻撃範囲と攻撃回数が凄まじい。炎の威力を調整して相殺するのが難しくて、正直アーレスの時よりも大変。ただ、ミルフィーのお陰か、いつの間にか右手で魔法結界による盾を創り出しつつ、同時に左手で炎を繰り出す事も出来るようになっていた。


「いつもの、行くわよ!? 凍てつく刃よ、我が手より放たれん――〝氷刃裂突ケレスラーミナ〟!」

「炎よ、大地を這う蛇のように喰らえ――〝火焔蛇喰サーペントフレア〟!」


 広範囲に降り注ぐ氷の刃を斜め上空へ向け翳した左手より顕現させる魔法結界により受け止める。と、同時。左手のペリドットの腕輪より魔力を籠め、地を這う炎の大蛇をミルフィーへ向け放った。今まで簡単に扱えなかった中級の精霊魔法。ほとばしる炎はミルフィーを喰らわんと彼女へ迫る。彼女は両手を地面に付き、巨大な氷の壁を顕現させ、燃え盛る大蛇による炎を受け止めた。 


「今日はこの位にしておきましょうか?」

「はい、ありがとうございます」


 訓練が終わると同時、訓練場入口に待機していたアーレスとノーブルさんが同時に入って来た。


「アンリエッタ様、皇帝がお呼びです。謁見の間へお越し下さい」

「え?」

「お嬢様も同席願います」

「うちも? お父様が?」


 何の用件か分からないまま謁見の間へ訪れると、既に王の玉座に皇帝、隣の玉座にはレイ。そして、レイの横に控える形で密偵のジズの三名が待機していた。わたしとミルフィーが皇帝に謁見する形でアーレスとノーブルさんは横へ待機する。


「ご苦労、アンリエッタ。ミルフィーよ。おもてを上げよ」

「お父上、こんな畏まって、何の御用ですの?」


 ジークレイド皇帝はレイ、ジズへ一瞬だけ視線を送る。そして、自ら謁見の本題を口にした。


「今は亡き我が妻、シャルルの形見・・が見つかった」

「え?」

「なんですって!?」


 わたしとミルフィーが同時に反応する。皇帝へ続き、レイが話し始める。


「密偵ジズより報告があった。今度、グリモワール王国にて行われる闘技大会。その優勝賞品が母上の使っていた大魔女メーテルの杖らしい。グリモワール王国との戦争で、母上の亡骸も身に着けていた民族衣装メーテも武具も何も見つからなかった。まさか奴等が保管していたとはな……」 

「なんて事なの!?」

「メーテルの杖……」


 戦争の後、皇帝や魔国の生存者達がシャルル妃の遺品を回収しようとしたんだそう。それが全く見つからなかった。シャルル妃が自ら放った地獄の火焔で全て溶け落ちたと王国側は説明した。


 そんな筈はない、と皇帝は思ったが、これ以上双方の犠牲を出さないためにも、一切の疑念を呑み込み、休戦協定を結んだという事だった。


「どうして今更お母様の杖が出て来るの!? しかも、優勝賞品って! あいつら何を考えているのよ!」


 ミルフィーが怒るのも無理もない。わたしもお母様の形見が敵国で売買されている様子を目の当たりにしたならきっと怒ったと思う。


「きっと、誘っているんでしょうな」


 そう言ったのはミルフィーの横にて控えていたノーブルだった。皇帝がノーブルの言葉に肯定する。


「ノーブル、そちもそう思うか」

「魔国にとって大魔女メーテルの杖の価値は神具に匹敵するからな。向こう五年間、魔国はあの闘技大会へ選手を出していない。奴等はきっと、我々を牽制したかったんだろう」

「お兄様! どうするんですの!?」 


 ミルフィーは怒りと闘志に満ちた形相でレイへと尋ねる。その様子を見ていた皇帝が続けて口を開いた。


「あれは何としても回収せねばならん。奴等の誘いに乗ってやるしかあるまい。よって、闘技大会へは、レイが自ら出場する事とする。同時にジズ、そして、アンリエッタは〝常闇の衣〟で王国へ潜入せよ」

「待って下さい、お父様! うちはどうなるのですか? うちも行かせて下さい」

「駄目だ。ミルフィーは既に能力が王国側に知られている。ミルフィー、お前にはレイの留守中、アーレスと共に魔国の防衛をやってもらう」


 項垂れるミルフィー。それもその筈だ。自身の母親の形見を取りに行く任務だ。一緒に行きたいに決まっている。


「あの……ミルフィーの同行、わたしからもお願い出来ませんか?」

「否。〝常闇の衣〟は二つしかない。それにアンリエッタ、お主も王国で、やりたい事があるのではないか?」


 皇帝が示唆するところはつまり、〝お姉さまの奪還〟。だけど、それは容易ではない事だろう。神殿も王宮も何重にも結界が張ってあり、そもそも、わたしの闇の魔力の総量では、持続時間も足りない。それに、王国で追放された筈のわたしが目撃されたなら、きっと死罪だろう。誰にも見つからず潜入したところで、わたしは王国で何をすれば……。


「アンリエッタ、朗報だ。闘技大会はお前の姉も特別席にて観戦するらしい」

「え?」


 お姉さまが近くに居る。それはつまりお姉さまへ何かを伝える絶好の機会であるという事だ。そうだ。お姉さまへ、わたしが無事である事と、王宮は危険である事だけでも伝える事が出来れば……。


「それにアンリエッタ。大魔女の杖奪還は、お主のためでもあるのだ。大魔女の杖は伝説の魔女メーテルより代々受け継がれて来た魔国における伝説の神具。吸収する精氣スピリッツや放つ魔法によって精霊石の色が変化し、持つ者の魔力を二倍にする。つまり、あの杖を持てば、アンリエッタ。お主の魔力は聖女クレアに匹敵する事となる」

「わたしが……お姉さまに!?」


 でも、形見なら、レイの妹であるミルフィーが使った方がいいのではないだろうか? そう考えてわたしの隣で興奮気味に立ち上がっていたミルフィー王女を見上げると、わたしの真意を組んだのか、ミルフィーが腰に携えていた自身の小さな魔法の杖を手に取った。


「ま、あんたの魔力が杖に適合・・するか次第ですわね。うちはこの世界樹ユグドラシルの枝へ水精霊マーキュリーの精霊石を嵌め込んだ世界樹ユグドラシルの杖が気に入っているし、お母様の杖を使うつもりはないわよ?」

「ミルフィーすまない。今回は俺が自ら行かねばならないと思っている。留守をお願い出来るか?」

「ま、お兄様の頼みなら、仕方ありませんわね。大船に乗ったつもりで行って来て下さいませ」

「ミルフィー、感謝する」


 これで、グリモワール王国へ潜入するメンバーが決まった。念のため、レイは王子としての身分を隠し、鉄仮面を被って変装していくらしい。アーレスはお城に残り、代わりにノーブルさんの部下であるお付が二人付くそうだ。


 グリモワール王国への久方ぶりの帰還。不安と焦燥。様々な感情が渦巻く中、わたしはこの日の謁見の間を後にしたのだった。


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