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第31話 王女の真意

 ノーブルと中央街入口での待ち合わせ時刻は昼刻過ぎ。もう少し時間があるからと、ミルフィーは中央街を離れ、魔国では珍しい植物が群生する場所へ連れて来てくれた。菫色に紫檀したん色、葵色の葉を成した草木が立ち並び、そこに緑系統の葉は無い。


 でも不思議と妖氣エナジーは感じられなかった。樹木が取り囲むよう先には池が見える。池には鮮やかな夕焼け色で染め上げたかのような美しい羽根を持つ魔鳥が水辺で羽根休めをしていた。


「うちと話がしたかったんでしょう?」


 ミルフィーが指差した先には手漕ぎボートが並んでいる。池の中央に小島があり、そこへ渡るために用意されたものらしい。わたしとミルフィーが向かい合わせに手漕ぎボートへ乗り、ゆっくりとボートが水面を進み始める。


「此処、お兄様と昔よく来ていたのよ。誰も居ないこの池は心を落ち着かせるのにいい場所だったの」 

「そうなんですね」


 ミルフィーが漕ぐ速さに併せ、わたしもゆっくりと櫂を動かす。ゆったりと流れる時間。上空、翼を広げて優雅に飛ぶ野鳥の鳴き声。風によって靡く樹木。櫂を漕ぐ度、水面みなもが揺れる音。まるで、そこだけ流れる時間が違っているかのよう。


「うちは、必死だったの」


 ミルフィーはゆっくりと自身の過去へと触れる。


 少女時代、彼女は心に開いた穴を埋めるかのように国の歴史を、魔法を学び、日々鍛錬し続けた。それは復讐心なのか、強くならないといけないという焦燥感からか。その根底にあるのはミルフィーの母――シャルル・メーティア・カオスロードの喪失。それは、アンリエッタが以前、聞いていた話でもあった。


 シャルル妃は先の戦争で、グリモワール王国を止めようと先代の魔女として自ら立ち上がる。そして、グリモワールの地にて闘い、そのまま帰って来なかった。


 幼き二人の子供を遺して。ミルフィーが後に聞かされた話は、グリモワール王国の聖女・・と相対し、母は命を落としたという事実のみ。シャルル妃の死に父親は怒り狂い、悪魔サタンを召喚した。


 その間、レイは哀しみに暮れるミルフィーの傍でずっと彼女の心を慰めていたのだと言う。グリモワール王国、周辺諸国をも巻き込んだ戦争は多数の犠牲を払いながら、休戦協定という形で幕を閉じる。そこに勝敗はつかなかった。


「こういう時間が、うちには必要だったのよ。立ち直る迄に数年かかったわ」

「そう……だったんですね」


 心の奥底から煮え滾るような憎しみと哀しみ。幼い身体で耐えられるような重みではない。それは当然の事。彼女にとって兄との時間はかけがえのないものになったに違いなかった。


 不意にわたしの脳裏に幼い頃の思い出が蘇る。それは幼少期、セントミネルヴァ山の麓にあったミネルヴァ湖での思い出。


『凄い、お姉さま。ボート、初めて乗りました』 

『ふふ。あそこ、鳥さんが休んでいるわよ』

『本当だ。お魚さんも泳いでる!』

『本当ね。アンリエッタ、楽しい?』

『はい、お姉さま』


 蘇る記憶と彼女の昔話を重ね合わせ、わたしは気づく。ミルフィーにはレイ。わたしにはお姉さま。わたしとミルフィーは同じなんだ。


「アンリエッタ、どうしてうちが、最初あんたと敵対していたか、わかる?」

「え? それは……お母様を失った事による復讐心や憎悪からじゃないんですか?」


 それもあるけどと返答しつつ、ゆっくりと首を振るミルフィー。近くを泳いでいた魔鳥が突然飛び立った。魔鳥の羽根が一枚、ゆらりと水面へ落ち、浮かぶ。暫く遠くを眺めている様子を見せた彼女は、再びわたしへと向き直る。


「嫉妬よ」

「え?」

「お兄様をあんたに取られたくなかったのよ」

「あ」


 〝契り〟の契約。それは文字通り契約結婚を意味する。わたしが魔女になったという事はそういう事なのだ。幼少期からずっとお兄様と一緒だったミルフィー。ミルフィーにとってお兄様は唯一無二の存在。目元に煌めいた一粒の雫は、風と共に上空へと飛んで消える。


「莫迦よね。お兄様がうちから離れる訳ないのに」

「え……待って! ごめんなさい! わたしはミルフィーからレイを取るみたいな気持ちは全然ないから!」

 目元を拭ったミルフィーがわたしに微笑む。そこに憎しみの表情は無く。


「ふふ、別にいいのよ。あんたとお兄様、お似合いじゃない」

「え? お似合い……なんて事はないです……」

「どうして下を向くの?」

「いや、だって……恥ずかしいし……」


 もっと自信を持ちなさいよとミルフィーがこっちへ近づこうとし、ボートが一瞬揺れたものだから慌ててボートの両脇を持つわたしとミルフィー。


「ま、姉として。うちは応援してあげるわ」

「えっと……」

「その代わり、時々はお兄様との時間をうちにも頂戴」

「ええ、勿論です!」


 いつの間にかレイを貸し借りする可笑しな話になり、ミルフィーもわたしも思わず吹き出してしまう。こんなに普通に笑い合える日常が来るなんて。不思議なものだ。お互い笑い合った所で、ボートは池の畔へと引き返す。彼女と過ごした貴重な時間。今、この時を大切な思い出として記憶しておこうと思う。


 馬車に戻ったミルフィーは窓の外へ顔を向けたまま、とっても静かだった。さっきまで仲良くなっていたのが嘘のようで。声を掛けようとすると、『ちょっと考え事しているから話し掛けないで』とまで言われてしまった。しかも、馬車が城門へ到着した瞬間、颯爽と降り立ったミルフィーはそのまま城内へとスタスタ歩いて行ってしまった。


「あのご様子、アンリエッタ様、お嬢様と仲良くして下さったんですな」

「え? ノーブルさん!?」


 わたしの横でそう話すノーブルさんに驚いた。だって、馬車から城へ戻る迄、どう見てもわたしとミルフィーは仲が良い雰囲気に見えなかった筈だから。


「お嬢様は、アンリエッタ様とお嬢様が仲良くしている様子をそれがしに見られたくなかったのでしょう」

「え? そんな理由で?」

「恥ずかしいのですよ、お嬢様は」


 今迄、年頃の女の子やお城の侍女とも仲良く会話などほとんどした事がなかったミルフィー。そういう姿をあまり他の人に見せたくないのだとノーブルさんが解説してくれた。流石、幼い頃からミルフィーをお世話していただけの事はある。


「それに先程一瞬だけ、お嬢様は微笑んでおられましたぞ」

「よ、よく見てますね、ノーブルさん」

「フォッフォッフォッフォ。アンリエッタ様、では城へ参りましょうか」

「今日はありがとうございました、ノーブルさん」


 恭しく一礼するわたしへとんでもないとお辞儀し返すノーブルさん。持つべき者は信頼出来る執事さん、である。


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