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第29話 タルトのお店 コボルちゃん

「キュウちゃ~ん、朝ご飯持って来たわよ~~!」

「キュッキュウ!」


 ミルフィー王女とお出掛けする身支度をした後、わたしは庭園の池へ立ち寄っていた。七色鳥レインボーバードのキュウちゃんへ朝ご飯をあげるためだ。


 〝浄化〟の魔力を籠めた特別なパンを千切っては投げ、千切っては投げる。キュウちゃんは器用に嘴を動かしキャッチする。その動きが微笑ましくて和む。キュウちゃんも嬉しそうでよかった。ん、何故かわたしの後ろで石像みたく静止している乙女が……。


「ちょ、ちょっと!? これは一体、どういう事ですの!?」

「え? 嗚呼、七色鳥のキュウちゃんです。キュウちゃん、ミルフィー王女よ」

「キュッキュウ」


 〝浄化〟の魔力を受け取り、羽根を七色に輝かせるキュウちゃんが王女に向かって丁寧にお辞儀をする。それを見たミルフィー王女は……何故か口をあんぐりしていて。


「いやいや可笑しいですわよ!? 妖氣エナジーがある空間で生きられない七色鳥レインボーバードが居るんですの!? しかもあんたに懐いているし。さっきのお庭も魔国で見た事ない花が沢山咲いているし、池の水もどうしてこんなに……美しいのよ!? 突っ込みどころが多すぎますわよ」

「えっと……池の水とお庭は〝浄化〟しました。キュウちゃんは……あ。説明すると長くなりそうなので、街歩きの時にでもお話しますね」


 皇帝が病気だった事はミルフィー王女に内緒だったのを思い出し、話を止めた。七色鳥はわたしの魔力に釣られてやって来たとか、話すしかないかなぁ。


 後でアーレスやレイと話を示し合わしとかないとだ。パンに籠めた〝浄化〟の魔力を少し見せると、庭園と池の様子を改めて見回したミルフィー王女はひと言。


「聖女であり、魔女……アンリエッタ、あんた最強ね」

「え? いや……わたしはただ、闇の魔力に侵された環境を放っておけなかっただけで」

「そう。ま、街へ行く前にこの話が聞けてよかったわ」

「え?」


 それは何の話か尋ねようとしたけれど、ミルフィー王女がわたしに背を向け歩き出してしまったので、キュウちゃんにまたねと手を振り、慌てて王女の後を追う。


「さ、行きますわよ。お店の開店に間に合いませんわよ?」

「あ、はい! ミルフィー」


 お城の入口に待機していたのは魔導車ではなく黒い馬が引く馬車。今回は城下町まですぐそこだし、お城の魔導車は目立つからという理由らしい。ノーブルさんが馬車の扉を開けて待機してくれていた。


 今日のミルフィーは薄化粧だ。睫毛に薄水色を乗せ、瞼に沿って青磁色のラインを重ねている。薄桃色の口が小さくぷっくりしていて可愛い。わたしは頬へ薄桃色を乗せ、口元には夕紅色を塗ってもらった。


「何よ?」

「いや、ミルフィー綺麗で可愛いなって」

「かっ!? 可愛いっ!? ちょっと、止めなさい!」


 両手に頬を添えるミルフィーも可愛い。ミルフィーはクレアお姉さまと同じ歳の筈なんだけど、こうやって恥ずかしがる様子を見ていると、なんだか妹みたいに見えてしまう。


 尚、本日わたし達は民族衣装メーテでもドレスでもなく町娘の衣装に扮している。絹のローブに手織りのケープを羽織る。これで心置きなくタルトを食べに行けるという訳だ。


 カオスローディアの城下町。高台に位置するお城をシンボルに、中央街には四つのメインストリートを置く魔国で一番栄える町。人間だけでなく、犬耳族コボルト猫耳族キャッツ兎耳族ラビアンといった獣人族、ドワーフやエルフ、蜥蜴人リザードマンといった国家間で親交のある亜人と呼ばれる種族など、多種多様の種族が共存する不思議な世界がそこにあった。


 中央街の手前で馬車を降りたわたし達は、歩いて目的のお店へと向かっていた。十字通りクロスストリートは朝から賑わっていて、途中、屋台のようなお店からお肉を焼いているようないい香りが流れて来て思わず振り返ってしまった。


「嗚呼、牛魔人ミノタウルス肉の串焼き食べたいなら、後で買ってあげるわよ?」

「えっ? あれ牛魔人ミノタウルスなんですか!?」

「なんだ、知らないで見てたの? バッファローと同じく肉厚がしっかりしていて、脂身もジューシーで美味しいわよ」

「想像しただけで涎が……」


 牛魔人ミノタウルスとは、人間のような肉体に牛の頭を持った魔人種と呼ばれる魔物の一種なんだけど、魔物・・のお肉のお話を聞いて涎が出てしまうわたしは、魔国の生活にだいぶ慣れて来たんだとも言える。


 通り過ぎるお店を話しながら歩いていたら、あっという間に目的地へと着いてしまった。お店の看板に『タルトのお店 コボルちゃん』と書いてある。既に開店前から何組かお客さんが並んでいる。


「開店に間に合ったようね」

「ですね」


 店の前の列に並ぶと、わたし達の前に並んでいた猫耳の子が振り返った。猫耳族キャッツの女の子だ。わたしの腰の高さくらいしか背丈がない。手を振ってくれたので振り返してみる。可愛い。


「タルト、楽しみですにゃん」

「ねー」

「やっぱり苺のタルトが一番ですにゃん」

「うんうん、苺美味しいもんね!」


 猫耳さんとわたしが意気投合する様子を横からまじまじと見つめるミルフィーに気づいて首を傾げるわたし。


「ん? どうかしました?」

「あんた……初対面で凄いわね」

「え? 何がです?」

「なんでもないわ。さ、店が開いたみたいよ」


 元々お姉さまと一緒に行動していると色んな人が挨拶に来るなんて日常茶飯事だった。大人がお姉さまと会話している中、一緒に居た子供の相手をするのはわたしだったし、もともとお話する事は苦ではないので、ミルフィーが首を傾げる理由はよく分からかった。


 そうこうしている内にお店が開いて、わたし達も無事に席へ着く事が出来た。兎耳族ラビアンの店員さんに案内されて席へ座る。嗚呼、成程。厨房の奥に見えるシェフの方が犬耳族コボルトさんだからお店の名前がコボルちゃんなのか。


「ミルフィーどれにしよう?」

「これは……凄いわね。うちは、やはり王道の苺にしますわ」

「わたしは魔国のフルーツも気になるから季節のフルーツタルトにしてみるね」

「ええ、このパープルマンゴーはお薦めですわよ」


 メニューに添えてある説明書きを見ながらミルフィーが色々教えてくれた。紅茶は先日ノーブルさんが淹れてくれたノルマンディア産のミルクティーだ。


「お待たせしました~。苺のタルトと季節のフルーツタルトです~」


 暫くしてタルトがやって来た。凄い、一面に苺が乗ったタルトを見たミルフィーがまた石像の乙女になっている。わたしのフルーツタルトもグリモワール王国で見た事がないフルーツがふんだんに乗っている。


「た、食べますわよ」

「はい。ミルフィー」


 いただきますと手を合わせた後、ミルフィーは苺、わたしはパープルマンゴーを同時に口へと入れる。


 次の瞬間、全身を幸福成分が駆け巡り、わたし達の意識は瞬間溶けた。


「「は、はぁあああん♡」」


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