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第12話 治癒の加護

「公務じゃなかったのですか?」

「嗚呼、午前の内に終わらせた」

「そうだったんですね」

「怪我はないか?」

「え、まぁ。なんとか」


 まさか、アーレスの訓練が初日から過酷になる事を想定し、心配で見に来た……なんて事はないわよね。最早、魔国の暴君って聞いていた噂がまやかしにしか見えない。


 土塊となっていたゴーレムの上に乗っていたわたしに手を差し伸べるレイ。引っ張られるようにして飛び降りるわたしだったが、着地の際、右脚に痛みを感じる。ゴーレムの攻撃を回避している間に捻ったのだろう。


「怪我しているではないか!」

「これくらい、心配ないですよ。これでもわたし、聖女の端くれですから」


 わたしは双眸ひとみを閉じ、自身の右脚へ向けて両手を翳す。女神さまへ祈りを捧げるかのようにして、〝治癒〟の加護による聖魔法を施す。わたしの右脚が温かくなったところで、患部の痛みが段々と引いて来る。お姉さまには劣るけれど、欠損や重傷を除く外傷程度なら、わたしの〝治癒〟の加護で治す事が可能だ。


 〝治癒〟の加護を見届けたレイは、治ったわたしの右脚をそっと撫でる。そして、何か思い立ったのか、わたしへこう進言する。


「……アンリエッタ。ついて来て欲しいところがある」

「え?」


「レイス様! それはまだ早いのではないでしょうか?」

「アーレス、それは俺が決める事だ」

「失礼致しました」


 アーレスが一歩引いた事で、わたしはレイに手を引かれるまま訓練場を出る事になった。


 また先日のような〝浄化〟が必要な場所へ案内されるのだろうか? カオスローディア城内の回廊を暫く歩き、先日訪れた王子の部屋がある場所より渡り廊下を抜け、更に奥にある尖搭へと足を運ぶ。


 何やら尖搭入口には侵入者を防ぐ魔法による結界が張られているようで、レイが見えない壁へ向け手を翳す事で、結界は解除される。そして、尖搭の階段をゆっくりと上った先、一番上に鍵のかかった部屋があった。レイが懐より鍵を取り出し、開錠すると、重く古びた扉が音を立てながら開いた。


「入ります」


 中から返事はない。寝室のような部屋。部屋の奥にはトイレと浴室もあるらしく、元々此処で生活出来るようになっているらしい。ベッドに誰かが横になっている。白髪と長い白髭が特長の見た目初老の男性。何処かで見た事のある人物だった。


「現魔国の王――ジークレイド・サタン・カオスロードだ」

「え、まさか」


 諸外国にもその名を轟かせる魔国の皇帝ジークレイド。彼が生きている限り、魔国を制圧する事は出来ないと謳われる程の実力者。つまりはレイの父親。そんな皇帝が、まるで死んだように眠っている。


「毒や呪縛による眠りではない。悪魔との契約の代償が原因なのか、魔国の軍医でも、原因を解明出来なかった」

「……ちょっと失礼します」


 眠る皇帝の額にそっとわたしの手を当てる。〝治癒〟の加護による光を少しあてても反応がない。では、悪魔による闇が原因ならば、と穢れを取り除く〝浄化〟の魔法を施す。すると、皇帝の体内から紫がかった靄が顕現し、上空へと霧散する。成程、闇の魔力がどうやら〝治癒〟を阻害していたみたい。成程、これではそもそも病魔の原因を特定する事は難しい。


「彼の者へ、再び生きる活力を。大地は芽吹き、生命は輝き、満ちる。〝治癒〟の加護――生癒光リジェネーション!」


 淡い光が皇帝の身体を包み込む。闇は浄化され、生命に活力の光が灯る聖魔法。しかし、皇帝は目を覚まさない。両の掌を皇帝へ向けたまま、わたしはそっと双眸ひとみを閉じたまま、皇帝を蝕む病魔の原因を探っていく。彼の脳内に一つの黒点が蠢く様子が瞼の裏に映像として浮かび上がった。 


「原因が分かりました。ジークレイド皇帝は、恐らく幻夢病げんむびょうです」

「幻夢病だと!? かつて、大戦の最中に流行ったとされる過去の遺物ではないか」


 幻夢病――この病気に罹った者は、まるで仮死状態のように目を覚まさなくなる。かつて原因不明とされていた病だったが、グリモワール王国の魔導研究によって、それが大気に満ちた闇の魔力によって産み出される元素――妖氣エナジー が脳の内部にて蓄積される事によって起こる事が分かった。やがて、この妖氣が全身に回ると死に至る。


 女神さまの加護の力は、体内を蝕むモノが何であるか、解析する事が出来る。だからこそ、わたしは脳内にある僅かな異常を感知する事が出来た。


 闇の魔力に侵食された者は、通常自我を失い暴走する事が多い。よって、幻夢病は闇の魔力に耐性がある者が罹るとされている。闇の魔力や妖氣が満ちている魔国でも、この病気に罹る者が発見されていなかったのだろう。


「レイ。御尊父、皇帝はいつからこの状態に?」

「数ヶ月前からだ。城のごく一部の者しかこの事実は知らない」


 数ヶ月……このまま放置すると、もってあと一ヶ月といったところだろうか? でも、お姉さまの傍で様々な人々を治癒して来たわたしは知っている。この病気を治す治療薬がある事を。


「アンリエッタ、治る見込みはあるのか?」

「このまま〝治癒〟を施しても、体内を蝕む妖氣を取り除く事は出来ません。ですが、材料さえあれば、治療薬を作る事は可能です」

「本当か! 材料とは何だ?」

「キランソウに一角獣ユニコーンの角を煎じた粉、〝治癒〟の加護によって創られた聖水。そして、虹色に光る七色鳥レインボーバードの羽根です」


「七色鳥だと!? すぐに取りに向かうぞ、ジズ!」

「は、此処に」

「キランソウと一角獣をすぐに用意させろ。七色鳥は俺自ら獲りに向かう」

「御意」


 王の陰であるジズがその場から姿を消し、レイも急いで部屋を出ようとするものだから、わたしは部屋の入口にて彼の前に立ちはだかった。


「わたしも連れていってください」

「駄目だ。七色鳥は此処から北に位置するエビルノース山という岩山に生息している。魔物も出現する危険な山だ。お前はアーレスと城に残れ」

「嫌です」

「何だと!?」

「足手纏いにはなりません。わたしは自ら治癒も出来ます。わたしはあなたと契約した魔女です。あなたの傍に居させて下さい!」


 追放から拾われた身。わたし自身、何かレイの役に立てる事はないかと思っていた。此処で引くようじゃあ、お姉さまを助ける事なんて到底無理な話だ。わたしの覚悟が伝わったのか、レイが折れてくれた。


「分かった。ではついて来い」

「わかりました」


 こうしてレイの父である皇帝を救う妙薬を作るため、わたしとレイは七色鳥を獲りにエビルノース山へと向かう事となる。


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