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第11話 精霊と魔法

 レイと〝契り〟の契約を交わした日から数日が経った。


 まるで、あの日の出来事が嘘のように、あれからレイとは何事もなく過ごしている。変に意識してしまうと恥ずかしくて何も手につかなくなってしまうので、なるべく平静を装っているのもあるんだけど。


 あ、何が起きたのかはご想像にお任せします。


「アンリエッタ、今日からは訓練だ。俺は公務がある故、魔法の訓練はアーレスに一任している」

「アーレス、よろしくお願いします」

「ええ、アンリエッタ様。では訓練場へと参りましょう」


 広いお城の敷地内に訓練場がある。剣術の訓練場と魔法の訓練場。周囲には結界が張られており、外部に影響が出ないよう施されていた。


 この世界には四大精霊と呼ばれる大気を司る精霊が存在している。とはいえ、わたしも精霊をこの眼で見たという訳ではない。四大精霊の名はそれぞれ、水精霊マーキュリー、火精霊マーズ、土精霊アース、風精霊シルフィーユ。


 大気には精氣スピリッツと呼ばれるそれぞれの精霊の加護によって産み出された魔法の素となる成分が満ちており、魔法は必要な精氣を集め、自身の魔力と呼応させて放つ事で発動する。


 女神の加護による聖魔法と、悪魔の契約による闇魔法は、選ばれた人間のみしか使えないが、魔力を持つ者は基本、魔法の仕組みさえ理解すれば、下級魔法程度なら扱う事が出来るのだ。こうした精霊の力を介した魔法を総称して、精霊魔法とも呼んでいる。


「アンリエッタ様。精霊魔法は使えますか?」

「はい。やってみます」


 予め用意された魔法を当てる的へ右の掌を向ける。目を閉じ、周囲の精氣に集中する。


「火精霊マーズよ、我に力を与え給え。〝火焔弾ファイアボール〟!」


 わたしの掌から放たれた火球は見事に的へ命中した……のだけど、あれ? アーレスの目つきが何だか鋭い。


「勿体ないですね」

「え?」

「アンリエッタ様……失礼ですが、魔力を使いすぎです」

「え?」


 そんな事、初めて言われた。そもそも火焔弾ファイアボールなんて、魔力を少しだけ持っている一般市民・・・・でさえ使える魔法。料理をする時やお風呂を焚く時にだって使われている程だ。まさか、そんな指摘をされるとは思わなかった。


「一国の賢者ほどの御力を持つあなたが下級魔法とは。しかもマーズの名を持つあなたは火魔法と相性がいい筈。あなたなら、これくらい使える筈です」


 そう言ったアーレスはわたしと同じように掌を的へ向ける。


 刹那、周囲の空気が熱くなったかと思うと、わたしの創ったものより何倍もの大きさの火球がアーレスの掌から放たれ、用意された的は一瞬にして吹き飛び、塵となって消滅した。


「嘘……でしょう?」


「アンリエッタ様。戦場ではこの程度序の口です。〝加護〟の力を使うとき、あなたは祈る事で女神さまと対話している筈だ。もっと精霊の言葉へ耳を傾け、精氣を取り込むのです。さすれば、先程の十分の一の魔力量で今の火球くらい放てるようになりますよ」

「分かったわ。やってみる」


 アーレスは精霊との対話をするための魔法の詠唱すら破棄してやってのけた。女神さまへの祈りと同じ。そうか、火精霊マーズさまへ感謝の祈りを捧げればいいのか。火が無ければわたし達は生きていけない。日頃の感謝を込めて、精氣の温もりを感じる。掌がだんだんと熱くなっていく。この感じ、〝加護〟の魔法を放つ時と一緒だ。


「火精霊マーズよ、我に力を与え給え。〝火焔弾ファイアボール〟!」


 わたしの掌から放たれた火球が先程吹き飛ばされたものの隣にあった的を一瞬にして吹き飛ばす。アーレスの火球よりは小さかったものの、先程わたしが放ったものよりも大きな火球が放てるようになった。


「まぁ、及第点ですね」


 もうちょっと褒めてくれてもいいのにとは思ったが仕方ない。このあと水魔法、土魔法、風魔法と順に扱ってみたが、やはり火魔法が一番わたしと相性がいいようだった。


「では、アンリエッタ様。次は応用といきましょう」


 そう言うと、アーレスは訓練場を移動し、何やら詠唱を始める。そして、地面へ両手をついた瞬間、前方の土が盛り上がっていき、見上げる程の巨大な土の人形が現れた。


「この土人形ゴーレムを魔法で倒してみてください。危なくなったら小生が助けますので」

「え、ちょっと待っ……」


 言い終わる前に巨大なゴーレムの腕が動いていた。わたしは逃げるようにしてその場を離れる。わたしが居た場所の土は抉れ、穴が開いている。待って! いきなりこれは無理なんですけど!


 逃げながら火魔法を放ってみるも、ゴーレムの顔に当たった火球は弾けるのみで、土人形は動じる事なくわたしへ向かって腕を振り下ろす。そもそも土人形は水に弱く、火に強い。試しに水魔法に切り替えてみる。駄目だ、威力が足りない。


「アンリエッタ様、もっとゴーレムを倒すイメージをして下さい」

「イメージって言っても、どうやって!」

「あなたなら出来る筈です」

「そんな無茶な」


 すんでのところで攻撃をかわす。幸いゴーレムの動きは遅い。まだわたしが避けられる程度。しかし、一度でも攻撃を受けてしまったなら、わたしはきっと潰されてしまう。どうやったらゴーレムを倒せる? もっと威力のある攻撃であの重い胴体を倒さないと意味がない。


 ゴーレムが重たい右脚をあげ、わたしを踏みつぶそうとする。持ち上がった脚が大地へ触れる度に起きる震動。上級の水魔法はまだ使えない。悪魔や魔物相手じゃないから〝浄化〟も意味がない。せめて横にでも倒れてくれたら……あ、そうか。


 火を燃やすイメージじゃなくて、集めた精氣を一点に集中するイメージ。わたしが立ち止まった瞬間を狙ったゴーレムの右脚がわたしの頭上へと迫る。頭上の脚目掛け、わたしは火魔法を放つ。


「爆ぜなさい――〝爆掌撃イオバースト〟」


 刹那、ゴーレムの右脚が爆ぜ、爆風と共に見上げる程の巨躯は宙を舞う。大地が震動すると共に、右脚を失ったゴーレムは横たわり、右脚を失った土人形が身を起こそうと足掻く。わたしは足掻くゴーレムの体躯へと飛び乗り、顔目掛けてもう一発。


「――〝爆掌撃イオバースト〟」


 ゴーレムの顔が吹き飛び、土人形はただの土塊へと変化する。やがて、背後から聞こえる拍手に振り返ると、そこには赤い髪を靡かせた人物が立っており……。


「見事だ、アンリエッタ」

「え? レイ」


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