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第10話 初夜

「あの……待って下さい。まだ、心の準備が……」

「案ずるな。全て俺に任せておけ。俺のアンリエッタ」

「あの……」

「どうした?」

「……初めてなので……優しくしてください♡」



……



 もう、わたし! なんて想像してるのよぉおおお! 優しくしてくださいハートじゃないわよぉおお! 


 一人で入るには勿体ないくらい広い露天風呂に浸かりながら、わたしは変な想像をしてしまい両手で顔を覆ってしまう。これ以上入っていたら逆上せてしまうので、意を決してお風呂から上がるわたし。用意された寝巻きのローブは肌触りがいい柔らかい木綿の白生地だった。わたしは案内されるがまま、レイの部屋をノックする。


「失礼します」

「入れ」


 黒いシルクのローブを外套のように纏ったレイ。切れ長の瞳は睫毛が長く、肩までおろした赤い髪は艶やかで異国の姫君と見間違える程、美しかった。


「今しがた、茶を用意して貰った。此処へ座るといい」

「ありがとうございます」


 カモミールだろうか? 心が落ち着く香りがするハーブティーだった。わたしがそわそわしている様子を察したのか、レイから話を切り出してくれた。


「少し話をしよう」

「はい」

「先日俺が、お前をグリモワールから救うために飼ったと言ったのは憶えているか?」

「勿論です」

「あれは以前招待されたグリモワール開国記念祭での出来事だった」 


 魔国カオスローディアの第一王子であるレイは、グリモワール王国の事をよく知っていた。開国記念祭で行われた式典の際、お姉さまである聖女クレアの横に居たわたしの存在も確認していたのだという。


「皆、聖女クレアを讃え、聖女の隣に佇むアンリエッタの事は疑似聖女だのお荷物だのお飾りだの言っていた事が少し気にかかったのだ。そして、密偵のジズに調べさせた」


 以前レイの呼びかけに、突如姿を見せた陰みたいな人だ。かつてグリモワール王国と魔国カオスローディアは戦争をしており、今は休戦協定を結んでいる。グリモワール王国が私利私欲のためには手段を選ばない国である事は、魔国にとって既成事実だった。


 そこでレイは知ったのだ。聖女を筆頭に、グリモワール発展の裏で汚染された闇を浄化する神殿の者達。聖女クレアと妹であるわたし、アンリエッタの存在意義。


「アンリエッタ、お前はもっと自分に自信を持っていい。俺は人の魔力総量をこの眼で測る事が出来る。魔法が扱える一般階級の魔導師の魔力平均が100。上位賢者で300。聖女クレアは800と人智を超えているが……アンリエッタ、お前の魔力総量は300~400程度。アンリエッタ、お前は疑似でもお荷物でもお飾りでもない。聡明で有能だ」

「ですが、わたしはお姉さまのようには出来ませんでした」


 誰にでも明るく振る舞い、民の象徴として存在するお姉さま。魔力がどうとか関係ない。わたしはお姉さまではない。だから、ただのお荷物。


「お前の姉は、アンリエッタをお荷物だと思っていたのか?」

「そんな事は」


 わたしに見せてくれていた笑顔は本物だ。頑張った時に頭を撫でてくれた優しく温かい手。聖女クレアはわたしに一切嘘をついた事はない。偽りを知らない真っ直ぐな瞳。お姉さまはわたしの唯一無二だ。


「自信を持て。俺はお前の価値を蔑ろにしていた者達に怒りを覚えていた。アンリエッタ、お前もそうではないのか?」

「はい、あの王子と貴族達は止めねばならないと思っています」

「では、今からはその力を自分のために使え。自分がやりたいようにすればいい。アンリエッタ、お前はもう自由だ」


 レイは、わたしがいつかお荷物として追放される可能性を示唆し、密かに準備をしていたのだという。機を窺い、ジズが用意した闇の商人を通じ、あくまで魔国の物好きがわたしを奴隷として飼ったように見せかけたのだ。


 自由――追放されたわたしに自由なんて一生ないものと思っていた。これは女神さまがくれた最後のチャンスなのかもしれない。


「あれ? おかしいな、あれ?」


 何故か双眸ひとみから涙が自然と溢れていた。袖で拭っても止まらない。毎日倒れそうになるまで魔力を使い果たし、その度にお姉さまに助けられる日々。疑似扱いされる事には身体が、心が慣れていたと思っていた。でも、そうか……ずっと我慢していたのか。


 ふいに背中に温もりを感じ、涙を拭うと、レイがわたしを抱き寄せてくれていた。お姉さまと一緒で、背中に触れたレイの手は暖かい。


「もう、無理はするな」

「でも、わたし……無理、しないと……力になれない」

「肩の力を抜け、俺がついている。今までよく頑張ったな」


 背中に感じていたレイの手の温もりが移動し、わたしの頭を撫でる。お姉さまに撫でられた時も、こうして心が落ち着くのを感じていた。ようやく双眸ひとみからの涙が止まったところで、わたしの膝と頚元へ手を回したレイはそのままわたしを抱きかかえるようにして、ベッドへ連れていく。


 目の前にレイの美しい顔がある。見つめ合う。わたしはそっと目を閉じる。レイはもう一度わたしの頭をそっと撫で、そして……。


――わたしの口元に優しい彼の温もりが重なった。


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