「あの、この衣装って?」
「これは我が国に代々伝わるメーテと呼ばれる民族衣装です。かつて魔国の王と結婚し、その膨大な魔力で国家の危機を救った伝説の魔女メーテル・オリンポスが着ていたものと同じデザインになっています」
それは各国の王族や有力貴族が集まる記念式典やグリモワール王国の社交界でもあまりお目にかかれないプリンセスラインのドレス。シルクのような艶やかな黒糸で織られた生地に、胸元に金色のライン。そして、スカート部分は燃え上がる炎のような紋様が描かれていた。
優雅でエレガントなプリンセスドレスと違い、美しくも清廉かつ妖艶な雰囲気も醸し出す不思議な民族衣装。結婚式や契約の儀式など、特別の日にこの衣装を着るのだという。普段、神殿の聖衣しか身に着けていなかったわたしにとって、とても新鮮だった。
「まぁ、お似合いですわ、アンリエッタ様」
「そう……かな。ありがとう、ナタリー」
「いえいえ。あ、そうそう。いまアンリエッタ様が身に着けていらっしゃるペリドットのネックレス。それに見合うティアラとブレスレットもご用意しております故」
わたしの脳裏にかつての記憶が呼び起こされる――
『アンリエッタ、十歳の誕生日おめでとう――』
『え? これは?』
『あなたの誕生石、ペリドットで創られたネックレスよ。あなたを幸せに導く魔除けになるおまじないが籠っているわ』
『ありがとう、クレアお姉さま』
ペリドットのネックレス――わたしが齢十の誕生日を迎えた時に、お姉さまからプレゼントで貰ったペリドットで創られたネックレス。
いま、グリモワールを追放されたわたしが、唯一お姉さまと繋がっている証明。投獄された際、取られないよう隠しておいたネックレスは今もこうして身に着ける事が出来ていた。
レイがもし、ティアラとブレスレットをペリドットで揃えてくれたのなら、粋な計らいだ。事前に誕生日を知っていた? というよりは、わたしがこのネックレスを身に着けていた事にきっと気づいたんだろう。
衣装に併せて髪を結いて貰い、瞼の上には薄く紫色のラインを塗る。おしろいをせずとも美しく白い肌だとナタリーが褒めてくれた。頬に薄紅色、唇に赤い紅を塗ったところで、わたしが鏡の前へ立つと、そこには見た事のない異国の王女様が立っていた。
「これが……わたし?」
「お綺麗ですよ、アンリエッタ様」
「お世辞はいいよ……反応に困るから……でも、ありがとう」
「では、アーレスを呼んで参りますね」
支度部屋に入室したアーレスが一瞬立ち止まり、目を逸らす。何やらブツブツ呟いた後、咳払いをし、こちらへやって来た。
「祭壇部屋へ案内します。ついて来て下さい」
神殿の礼拝堂とはまた違う魔国の祭壇部屋。高い天井付近には、橙の光を放つ鉱石――フレイムオパールが松明の代わりに配置されている。四方にはそれぞれ魔物を象った石像。丁度真ん中に敷かれた赤の絨毯が少し高くなった祭壇まで続いている。
黒頭巾とローブを纏った者が左右一列に並び、アーレスと共に入室して来たわたしを出迎える。祭壇部屋中央に待つは契約相手であるレイス・グロウ・カオスロード。部屋の中央にてアーレスがレイへわたしを引き渡すと、そのままわたしはレイの腕を取り、導かれるようにして一歩、一歩と祭壇へと向かっていく。
祭壇の階段を上り切ったところで待ち構えていた司祭が魔導書のような物を持ち、何やら魔法の詠唱を始める。やがて、祭壇の床に描かれていた魔法陣が光りを放ち始めた。
「レイス・グロウ・カオスロード様とアンリエッタ・マーズ・グリモワール様の〝契り〟の契約を此処に執り行う。
儀式用のナイフがレイへ渡され、左手の薬指へ少し傷をつけた後、魔導紙に描かれた自身の名の横へ〝血の刻印〟をつける。ナイフはそのままわたしに手渡され、レイが行った通りに左手の薬指へ小さな傷をつける。緊張で痛みはない。
わたしが刻印をし終えた瞬間、魔導紙に描かれた魔法陣が僅かに光った気がした。司祭はわたしから魔導紙を受け取った後、参列者へ見えるよう、それを高々と掲げた。
「両名より、宣誓の刻印がなされた。では〝宣誓の口づけ〟を」
え? 待って? 聞いてない。いつの間にかレイと向き合っているわたし。先日の事が思い出されて頬が火照る中、レイの視線から目を逸らす事が出来ない。
「アンリエッタ、綺麗だぞ」
「え、あ……」
わたしの柔らかい部分に、レイの体温が重なる。刹那、何かが全身を駆け巡ったような気がした。これは、誰かの記憶? けれど、それは一瞬で、それが何なのかは分からなかった。やがて、床にある魔法陣の光が収まったところで、司祭が言葉を紡ぐ。
「これにて〝契り〟の儀式は終焉とする。賛同者は
「魔女様の誕生だ!」
「魔女アンリエッタ様!」
「レイ様、アンリエッタ様―、万歳~!」
それまで静観していた参列者がフードを取り、拍手と歓声が沸き上がる。恐らく儀式中の私語は厳禁だったのだろう。拍手で見送られる中、レイとわたしは赤い絨毯の上を歩き、祭壇部屋の入口へと向かう。
指でそっと口元に触れる。まだ身体が熱い。唇にはまだ、彼の感触が残っている。前回は酩酊状態だったけれど、今回のわたしは覚醒していた。なので、忘れない内に、心の中でそっと突っ込みを入れておきたいと思う。
(これではまるで、本物の結婚式じゃないの!)
支度部屋へと戻ったところで、ようやく大きく息を吐くわたし。着替える前にアーレスが補足説明をしてくれた。
「お疲れ様でした。アンリエッタ様は今後、レイス様と〝契り〟の契約をした事で、魔力切れを起こす事も減って来るでしょう。そして、聖女としての力だけでなく、魔女として力も扱えるようになりました」
「魔女としての力?」
「はい、詳細は後日始まる訓練でお伝えします。レイス様からもお話があるかと思います」
魔女としての力、きっと闇魔法が使えるという事なんだろう。お姉さまを助け出すには力が必要。それは紛れもない事実。もう逃げる事は許されない。浮足だっている場合ではないのだ。
「それと、本日は〝契り〟の契約をした初夜となりますので、レイス様と一緒に寝る事になります。お風呂に入った後は、レイス様とごゆっくりお過ごし下さい」
「なんですって!?」