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第6話 聖女の祈り

◆ <聖女Side ~三人称視点>


 聖衣のスカートの裾を両手でたくし上げ、神殿の回廊を一人駆け抜ける聖女。


 先程王子から伝えられた事実は、クレアにとって信じ難い内容であった。国家反逆の疑いがあったアンリエッタへ王子が言及したところ、彼女が反抗したため、地下牢へ投獄。その後、部屋から国家反逆の証拠となる物が発見されたため、国家反逆罪でグリモワール王国より魔国カオスローディアへ追放されたのだという。


「アンリエッタが国家反逆……そんな訳ないですわ」 


 クレアは無人となったアンリエッタの部屋の扉を開ける。既に掃除がされており、捨てられたのか、アンリエッタの荷物が無くなっている。ドレッサーにタンス、机の引き出しにも何も入っていない。そこへ専属侍女の一人が入室し、クレアの行動を察したのか、声を掛けて来た。


「クレア様、罪の証拠となる物がないか調べるため、アンリエッタの所有物は先日全て回収されましたよ?」

「アンリエッタは罪人ではありません! わたくしの妹ですわ!」

「し、失礼致します」


 いつも穏やかなクレアが鬼気迫る表情で侍女へと近づいて来たため、気圧された侍女は慌てて一礼し、アンリエッタの部屋を後にする。


 その後、アンリエッタの部屋を捜索しても何も出て来る事はなく、神殿の者へ訊ねても、淡々と事実を述べるのみ。クレアは考える。心優しいアンリエッタがそんな事をする筈はない。寧ろ、彼女を良くないと思っている何者かの謀略に嵌り、貶められたのではないか、と。


「こうしては居られませんわね」


 自室へと戻ったクレアは、自身のドレッサーからある物を取り出す。それはアンリエッタの誕生石であるペリドットの宝石。以前、クレアから齢十の記念としてプレゼントされたペリドットのネックレスを、アンリエッタはいつも大切に身に着けていたのだ。


 魔除けにもなるペリドットの宝石へ、聖女の〝加護〟の力を籠める。そして、宝石と悟られないよう古びた木の小箱へ入れ、自身の魔力で鍵を掛ける。彼女が今もネックレスを身に着けているならば、宝石に籠められた聖女の魔力同士が反応する。仮に持っていなかったとしても、同じ〝加護〟の力を持つアンリエッタなら、〝加護〟の力同士が呼応する事で、開錠する仕組みとなっていた。


「わたくしとあなたの思い出のペリドット。きっとあなたなら、わたくしからの贈り物だって気づく筈」


 あとはどうやって魔国へ追放された妹へと届けるか? きっと護衛についた兵士は騎士団所属。つまり騎士団を指揮している人物なら、追放先を知っているのではないか? 考えを巡らせること数秒。自室を飛び出したクレアは、騎士団の詰所へと向かうのだった。


「え? 聖女様!? どうしてこんな所へ!?」

「あの! ソルファ・ゴールドパーク様はいらっしゃいますか?」


 普段間近では、滅多にお目にかかる事のない聖女の登場に、ざわつく騎士団員達。入口に立っていた者が戸惑う中、奥の部屋からその人物が姿を現した。まるで、聖女の訪問を待ちわびていたかのように両手を広げ、金色の前髪をかきあげた後、大股で歩を進めながら近づく大男。


 ソルファ・ゴールドバークは物怖じする事なく聖女の前で片膝を立て、傅いた。


「クレア様。此度は、サウスレーズンの町への遠征お疲れ様でした。本来ならば、我々がお伺いすべきところ、わざわざご報告に来て下さいまして、光栄にございます」

「いえ、その件でお伺いしたのではありません。顔をお上げ下さい」


 片膝を立てたままのソルファにクレアの顔が近づき、ソルファの耳元で囁く。


「誰も居ない場所で少しお話出来ますか?」

「奥に鍵の掛かる部屋がございます。そちらで伺いましょう」


 詰所の奥にある執務室へ向かう。クレアは目を閉じ、魔力による傍受がないかを確認し、そして、ソルファが部屋の鍵を掛けたところで話を切り出した。


「単刀直入に申し上げます。わたくしの妹、アンリエッタが何処に居るか、ご存知ですか?」

「成程、そのお話でしたか……アンリエッタの件は心中お察しします」


 追放先への罪人の護送は騎士団員の務め。つまり、総指揮にあたっているソルファは彼女を何処へ護送したか指示を出している筈に違いなかった。そして、ソルファは最近アンリエッタとお付き合いを始めた相手。アンリエッタの行く先を訊ねるのならば、彼が一番早いとクレアは考えたのだ。


「あなたもです、ソルファ。自身の恋人を罪人として魔国へ送り出す事はさぞ胸が痛んだ事でしょう」

「そうですね。たった数日の間に、アンリエッタは国家反逆罪の罪人とされ、追放の刑が執行されてしまった。彼女を救えなかった己の無力を恥じますよ」

「クレアを魔国の何処へ護送したのですか?」

「それは機密事項ですので……幾ら聖女様であっても申し上げる事は出来ません。クレア様なら分かっている筈です」


 罪人の護送先はごく一部の人間にしか伝えられていない。本来ならば、罪人の逃亡を防ぐためだが、女神の〝加護〟を持つアンリエッタの場合、その力を悪用し高く売り飛ばそうと考える者も居るためだ。深く息を吐き、頭を抱える様子のソルファ。彼も彼なりに悩んでいるのだろうか? そう思ったクレアは、懐から例の小箱を取り出し、机の上へと置いた。


「これは?」

「わたくしからあの子へのせめてもの贈り物です」

「これをどうしろと?」

「護送先はご存知の筈です。恋人を想う気持ちが少しでも残っているのならば、護送先へこれを届けて下さい」

「成程」


 罪人は買い取った取引先へ護送・売却された後、奴隷として闇市のオークションに掛けられ、売り飛ばされる事もある。闇市は定期的に開かれるが、アンリエッタがまだ売り飛ばされていない可能性も残されていた。


「無事に届いたのなら、礼は弾みます」

「……いえ、お礼は結構。クレア様、俺様を試さないで下さい」


 ソルファは机の上に置かれた小さな箱を手に取った。聞けば、騎士団御用達である行商の使う魔導車が一台、魔国方面へ向かう予定があるらしい。その者に頼めば、極秘でこの小箱をアンリエッタの護送先へ届ける事は可能だと言うのだ。それまで真剣な表情で交渉に臨んでいた聖女の頬が少しだけ緩む。


「難しいお願いを引き受けて下さいまして、ありがとうございます、ソルファ卿」

「こちらこそ。いつも貴方や神殿にお仕事を依頼している身ですから。クレア様には頭が上がりません」


 こうしてソルファへの極秘依頼を終えたクレアは騎士団の詰所を後にする。聖女クレアの魔力が籠った宝石にはとある仕掛けが施されているのだが、それが明かされるのはもう少し先の話である―― 


 その翌日、くだんの行商へ聖女から受け取った箱を渡すソルファ。その不思議な箱に興味津々の行商は、ルーペで回転させつつ、暫くその箱を観察する。


「ほぅ。これは素晴らしい〝施錠〟の魔法だ。ただの木箱でも、これならハンマーで叩いても壊れませんぞ」

「嗚呼。中身が何なのかは分からん。魔道具屋か、魔法に魅せられた物好きが買うやもしれん。まぁ、売り物にならんのなら、捨てて貰って構わん」

「承知致しました」


 ソルファの立場上、クレアからの荷物をアンリエッタへ届けるなど言語道断。当然、許されない行為なのだ。金貨五枚を受け取り、腰を低く頭を下げた行商を見送った後、ソルファは虚空へ向けて独白をする。


「恋人を想う気持ちね……疑似聖女の顛末なんて、どうでもいいんだよ聖女様」


 この時のソルファは気づいていなかった。一切の気配を隠し、行商のやり取りを盗み見るかのように、物陰に潜んでいたとある人物の視線に―― 


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