燃えるような炎を閉じ込めたかのような赤い髪。そして、一瞬で全てを見透かしているかのように研ぎ澄まされた切れ長で鳶色の瞳。金の刺繍が入った王族の服は漆黒。肘掛けに片肘を乗せたままこちらを見ている人物は、その姿勢のままわたしへ話し掛けて来た。
「名は」
「アンリエッタ・マーズ・グリモワールです」
「歳は」
「16歳です」
幾つか短い質問を重ねた後、その人物はようやく自身の名を名乗る。
「魔国カオスローディア第一王子、レイス・グロウ・カオスロードだ」
「わたし如きが王子様に対して出過ぎた真似を。大変失礼致しました」
レイス・グロウ・カオスロード――魔国の暴君と呼ばれる第一王子。魔国へ隣接する小国を次々に制圧し、圧倒的な軍事力と統率力で父である皇帝と共にグリモワール王国と並ぶ魔国を築き上げたとされる王子がそこに居た。相手が王子と知ったわたしは、慌てて王子に向かって首を垂れる。
「構わぬ。それに畏まらなくてもいい。心配せずとも俺はお前を煮て焼くような真似はせん」
「ですがわたしは追放された身。わたしには最早、何の権利もございません」
「お前が絶望の淵に居るのならそれでいい。その
利用価値……そうか、結局何処へ行ってもわたしたちを利用するだけ。きっとわたしが疑似聖女だった事も魔国へ言伝てられている。だから王子のところへ連れて来られたんだろう。
わたしの様子を見た王子が徐に玉座から立ち上がり、傅くわたしの顎へ手を添え、顔を近づける。この人の真っ直ぐな眼……視線から逃れられない。
「アンリエッタ」
「あの……」
「やはりな。お前の双眸は光を失っていない。だが、それは希望の光ではない」
「え?」
この人には一体何が見えているのか? わたしをどうしたいのか? 全く読めない。その威圧感に、思わず身体が震えてしまったところで、ようやくわたしは解放される。
「すまない。怖がらせてしまったな」
「……大丈夫です」
「アンリエッタ。案ずるな。確かに俺はグリモワールからお前を飼った。だが、それは、お前を救うためでもあった。俺はお前の味方だ」
「え?」
王子がわたしを飼った? それにわたしの味方? 意味が分からない。予想だにしていなかった言葉に思わず聞き返してしまう。それまで高圧的な様子だった王子の表情が初めて崩れていた。まだ笑ってはいない。だけど、あの下衆王子のような相手を
「長距離の移動で疲れただろう。ジズ!」
「はい、此処に」
「アンリエッタを風呂へ案内しろ。彼女を客人として持て成すように」
誰も居なかったところに突然黒ずくめの男が現れ、少し驚いてしまったわたしだったが、そのままわたしは大きな露天風呂へと案内された。どう考えても奴隷に対する扱いではない。わたしをちゃんと人として見てくれている。それだけでこれまでの肩の荷が少し降りた気がした。
グリモワール王国で投獄された日から数えると、もう二週間近く経っていた。久方ぶりのお風呂に思わず心が安らぐ。自然と瞳から雫が零れ落ちていた。
「お姉さま……ご無事でしょうか? いま、何をしていらっしゃいますか?」
お姉さまにもう二度と会えないのか? お姉さまを救う事は出来ないのか?
自身の身の安全が約束されたところで、追放前の想いがわたしの胸に再び蘇っていた。
◆ <聖女クレアside ~三人称視点~>
アンリエッタが魔国へ到着するより数日前、妹と入れ替わるようにして、聖女クレアは無事に遠征より王都へ帰還していた。
サウスレーズンの町への遠征には一週間程の期間を要した。近くの森から突如狂暴化した野生の魔物達が暴れ出し、町へ壊滅的被害を齎した。被害は甚大で、残念ながら命を落としてしまった者達も居た。
生き残った者達の治療を聖女クレアと神殿長ルワージュが行い、騎士団の者達が森へ帰った魔物達を討伐していく。グリモワール王国の王宮騎士団は剣も魔法も使える精鋭部隊。国を滅ぼす厄災レベルの魔物でなければ、ほぼ殲滅する事は可能。
よって、森に潜む複数の魔物は二日で殲滅され、魔物討伐と町民の治療を終えた騎士団とクレア達一行は、一週間の行程で無事、王都へと帰還したのであった。
「アンリエッタ、アンリエッタ! あれ? 何処へ行ったのかしら?」
食堂にも、礼拝堂にも、何処にもアンリエッタの姿がない。神殿中を駆け回るクレア。専属侍女の姿を見つけ、アンリエッタの所在を訊ねるも、侍女は『エルフィン王子へお尋ねになったらどうですか?』と冷笑し、『食事の準備がありますので、これで』とその場を立ち去ってしまう。
一体何が起きているのか? 焦燥にかられ、足取りは段々と早くなっていく。公務中であった王子の自室へと向かい、クレアは扉をノックする。
「クレアです! 入ります!」
「おぉ~、クレア! よくぞ無事に戻ったな!」
王子が握手で出迎えようとするも、この時クレアは自らの手を王子に差し出さなかった。いつもは従順な聖女の普段と違った様子にほんの一瞬、片眉を吊り上げる王子。
「あの、アンリエッタは任務中でしょうか? 戻ってから姿を見ていないのですが?」
「嗚呼、その事か……。まぁ、そこへ座ってくれ」
王子はあの日まさにアンリエッタ本人が座っていた場所へクレアを座らせる。インク塗れの紙は侍女によって翌日には片付けられており、当時の痕跡は何も残っていない。クレアは落ち着かない様子で周囲を見渡す。王子が呼びつけた王室の侍女によって紅茶が出され、聖女はそれを口に含む。
「お花。変えられたんですね」
「嗚呼、先日君が用意してくれていた百合が枯れてしまってね。そこの侍女が用意したダリアの花だよ」
「そうでしたか」
普段、此処まで落ち着かない様子を見せるクレアの姿が珍しいらしく、王子は物珍しい動物でも見るかのように彼女を一瞥する。そして、徐に立ち上がり、窓際にあるダリアの花を一本手に取り、話し始める。
「クレア。よく聞いて欲しい。先日、君の妹、アンリエッタ・マーズ・グリモワールは魔国へと追放された」
「待ってください! どうして!?」