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第3話 衝撃と真実

 恐る恐る灯りの隙間から覗いたわたしが見たものは、信じ難い光景だった。


「僕の聖女もお前のように尻尾を振ってく売女ならよかったのになぁ?」

「嗚呼、エルフィン様ぁ~止めないでくださいまし~」


(は? エルフィン王子がどうして此処に居るの?)


 此処は王宮と隣接する神殿であり、夜に王室である王子が居る訳がない……そんな事はどうでもよかった。エルフィン王子とベッドの上で妖しく啼いている人物は、わたし達がよく知る神殿付の侍女のひとりだったのだ。わたしは襲って来る悪寒と吐き気に思わず口元を押さえる。


「僕の前ではみんな等しく従順になる。それでいい。貴族の大人達も令嬢も、お前たち侍女も酒場の女共も。金も名誉も女ももうすぐ全部僕のものだ」


 耳を疑った。そこに居たのは王子ではなくただの野獣けだもの。今、声を出してはいけない。わたしが此処に居る事に気づかれてはいけない。侍女の部屋で夜な夜な開かれていた王子の独演会は続く。


「しかし、この国の聖女システムは素晴らしいな! 聖女の加護の力で国は潤う。魔法の力で兵隊も強くなる。象徴のお陰で民の信仰も深まる。あの世間知らずの聖女を僕のモノにしてけがす日が楽しみで仕方ない」

「王子、他の女の話……しないで」

「お前はただ! 僕の前で腰を振っていればいいんだよ」


 駄目だ、これ以上見て居られない。再び襲って来る吐き気に目を背ける。これが、民から信頼された次期国王となるべき王子の姿だと言うのなら、この光景は地獄でしかなかった。お姉さまはきっと気づいていない。王子の笑顔の奥に垣間見えた悍ましい何かはきっとこれだ。国民の誰よりも凛々しく勇ましいとされた王子は只の下衆王子だったのだ。


(早くお姉さまへ伝えなきゃ……)


 お姉さま不在のタイミングを狙ったかのような愚行。あの様子、きっと今日に始まった事ではない。それに王子は聖女のシステムがどうとも話していた。わたし達を国が潤うための道具としか考えていないという事なのだろうか? 知ってしまった以上、早くお姉さまへ伝える必要がある。でも、どうやって? まだお姉さまの帰還までには時間がある。それに言ったところでお姉さまは信じてくれるだろうか? もっと王子が下衆だという証拠を集める必要があるのではないか?


 息を殺しつつ月灯りが照らす回廊を駆け足で抜け、自室に戻ったわたしはようやく大きく息を吐いた。お姉さまの寝室は普段神聖な場所として、専属の侍女以外入室する事は許されない。お姉さまが帰還した際にいつでも渡せるよう、自室にある机の引き出しへ手紙をそっと忍ばせる。これでいい。そして、お姉さまが帰って来る迄の間、もう少し証拠を集めよう。


 その後、暫く眠りにつけなかったわたしだったが、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。翌朝、誰かがカーテンを開ける音に目を覚ましたわたし。その人物が誰か認識した瞬間、意識が一気に覚醒し、昨日の光景を思い出す。


「おはようございます、アンリエッタ様。王子様がお呼びですよ?」

「え……分かりました。では、神殿で朝のお勤めをしてから参りますね」


 (まさか……昨日覗いていた事……気づかれていないわよね?)


 わたしを起こしに来た侍女は昨日王子と一緒に居た侍女だった。部屋を出ようとしたわたしの腕を掴み、侍女が無理矢理わたしの身体を引き寄せる。そして、わたしの耳元で囁いた。

「疑似聖女が余計な事するんじゃないよ。何をやっても無駄よ? 姉を穢されたくなければ、大人しく王子のところへ行きな」



「いやぁ、アンリエッタおはよう。今日はいい朝だね」

「お、おはようございます」

「そんな萎縮しないで。そこへ座って」

「はい」


 わたしが王子の部屋にあったソファーへ座ると、テーブルを挟んで向かい合う形で王子が陣取った。


「アンリエッタ。君はこの国の事、どこまで知っている?」

「え? 何の話ですか?」


 てっきり昨日の事を問われると思っていたわたしは虚をつかれ、思わず聞き返してしまった。王子は腕を組んだまま笑顔で語り始める。まるで、昨日の独演会の追加公演を始めるかのように。


「僕はね、グリモワール王国の発展は、聖女の加護あっての事だと思っている。聖女の〝豊穣〟の加護で大地が潤い、作物が育つ。〝浄化〟の加護で汚れけがれも全て元に戻る。民のため、平和のため、聖女様のご加護がこの国には不可欠なんだ。分かるよね、アンリエッタ」

「はい、それは分かります」

「それは?」

「いえ、何でもありません」


 お姉さまは民のため、平和のために加護の力を使っている。それは正しい事だし、必要な事だと思っている。ただ、お姉さまの力を誰かの欲を満たすために使う事は違うと思う。


「あの、どうしてわたしを此処に呼んだのですか?」

「いやね、君が・・僕に話があるんじゃないかと思ってね」


 王子は気づいている。わたしが昨晩、扉の隙間から覗いていた事を。なら、話は早い。


「一つ、ご質問よろしいでしょうか」

「嗚呼、構わないよ」

「エルフィン王子にとって、わたしの姉、クレア・ミネルバ・グリモワールとは何ですか?」

「何だ、そんな事か」


 徐に立ち上がった王子は窓際へと移動し、飾ってあった花瓶を逆さまにする。床へ零れ落ちる水と一輪の白い花。花瓶を元ある場所へ置き、床に落ちた花を拾い上げる王子。


「水は魔力だ。無くなってもすぐに潤う。この花があの聖女だ。枯れるまで水は勝手に自動でこの花に注がれる。花は希望だ。白い百合の花言葉は純粋、無垢。あの聖女にぴったりだろう? 僕はね、この民の希望となった白い百合を、黒く染め上げたいんだよ」


 机の上にあったインクの液へつけられた白い百合が黒く染まる。白百合から滴り落ちる黒いインクが置いてあった羊皮紙に斑点を作っていく。


「アンリエッタ。僕は知っているよ。君は疑似聖女なんかじゃない。清廉潔白な姉よりも君は聡明だ。僕が何をしようとしているか、分かるよね?」

「お姉さまはあなたの道具じゃない!」

「いいや、君の姉も、君も、昨日君が見た侍女も、ひとえに僕の道具だよ。僕と貴族、王族達の欲を満たすだけの道具だ」

「今の言葉、撤回して下さい」


 ソファーより立ち上がり、王子への怒りを剥き出しにするも、わたしの感情など気にする事なく王子は演説を続ける。


「まぁ、君がクレアに僕の事を言ったところで、聖女が国へ尽くすシステムは変わらない。そこらの貴族共が飼っている奴隷のように、最期まで民のために尽くして貰う事にするよ。朝は民のため、夜は僕のために身を尽くす。献身的な聖女、素晴らしいじゃないか」

「この下衆王子!」


 わたしが王子の腕を掴みにかかろうとした瞬間、部屋へ入室して来た誰かが王子からわたしを引き剥がす。その人物は部屋の外で待機していた護衛……ではなく、金色の髪と高貴な衣装を身に着けたわたしの良く知る人物で……。


「ソ、ソルファ様!? どうして!?」


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