ほら、空はこんなに青いんだもの。お姉さまを護る理由なんて、それだけで充分でしょう?
以前、お姉さまにそう尋ねると、笑ってこう答えてくれたっけ。
「そっか。だったらわたくしがピンチの時は、アンリエッタがわたくしのヒーローになってくれるのですね。今から楽しみだわ」って。
わたしの手を握る姉の手はいつも温かい。お姉さまを守るどころか、わたしはいつもお姉さまに守られてばかり。この日も〝浄化〟の魔力を使い果たしてしまったわたしの冷たく震える手をぎゅっと握り締め、お姉さまはわたしに元気になるおまじないをかけてくれる。
「今日も頑張ったわね、アンリエッタ。あとはわたくしが終わらせるから、此処で少し待っていてね」
そう言うと、お姉さま――クレアは、両手を広げ、眼前の
グリモワール王国――歴代聖女が
わたしはそんな姉のお手伝いをしている聖女の妹――アンリエッタ・マーズ・グリモワール。魔力は姉の半分にも満たないが、少しは聖女の真似事だって出来る。結果、わたしはお姉さまのお手伝いをしつつ、お城の中にあるミネルバ様を祀る神殿で働いている。短く纏めた銀髪、そして、お姉さまと比べて少し翠(みどり)がかった碧眼のわたしは時々
「クレア、今日もお勤め、ご苦労であったな」
「民のためですから、このくらい当然です」
「流石は現聖女。それでこそ我が妻となる女だ」
エルフィン・ネオ・スペーシオは、グリモワール王国第一王子にしてお姉さまの婚約者。今日も父親不在の謁見の間にて、王の代わりに玉座に座る王子は、お姉さまとわたしを見下ろす形で報告を聞いている。
「褒めるなら、この子も褒めていただきたいですわ。今日の〝浄化〟のお仕事、半分はアンリエッタが浄化させたのですわよ?」
「あ、いえ……お姉さま、わたしは……」
「そうか。お前も頑張ったなアンリエッタ。そして、
「はい、エルフィン様。クレアお姉さまは自慢の姉です」
「ははは、そうだな! アンリエッタも聖女の
「はい、勿論です」
王子の満面の笑みにお姉さまとわたしは恭しく一礼する。
正直なところ、エルフィン王子は苦手だ。蒼い髪と金色の瞳を持つ王子様はこの屈託のない笑顔で、民からの信頼を勝ち取って来た。でも、その視線の奥に、何か悍ましいものをわたしは感じ取っていた。それが何かは分からない。ただ一つ言える事……それは、わたしへ向ける彼の笑顔は、仮面を上から被ったかのような笑顔で、民やお姉さまへ向ける本物の笑顔とは少し違っている……そんな気がしてならなかった。
謁見の間を早々に立ち去ろうとしたのだが、まだ王子から話があるらしく、引き留められるお姉さまとわたし。どうやらグリモワール王国より南方に位置するサウスレーズンの町が魔物に襲われたらしく、聖女であるクレアお姉さまの力を借りたいとの事だった。
「クレア、すまないが明朝にも騎士団の者と現地へ向かって欲しい。被害に遭った者達の治療を頼む」
「それは大変です。分かりました、すぐに向かいましょう」
街の外には野生の魔物が存在する世界。グリモワール王国の王都は結界に守られているが、周辺の町に関してはそうもいかないのだ。強い魔物の討伐が必要な場合や、被害の状況によっては数週間かかる事もある任務。お姉さまの足手纏いにならないよう、心して掛からなければ。
「そうと決まれば今晩、準備しないとですね、お姉さま」
「ん? アンリエッタ。君は
「ですが、王子」
「分かりましたエルフィン。では準備がありますので、これで失礼しますね」
エルフィン王子へ歯向かう事はこの国では許されない。お姉さまがわたしを制止した理由はそれだ。分かっている。わたしの魔力はお姉さまの半分で足手纏いにしかならない。
この扱いはいつもの事……そう自分に言い聞かせつつ、わたしはお姉さまと謁見の間を退室し、二人並んで回廊を歩く。自然と足下へ視線が落ちていき、掌には汗が滲んでいく。ふいに頭上に温もりを感じ、我に返るとお姉さまの微笑みがそこにあった。
「アンリエッタ。あなたが誰よりも頑張っているってわたくしは知っているわ。あなたはわたくしの自慢の妹よ」
「お姉さま……ありがとう」
「さ、神殿へ戻りましょう。今晩はあなたの好きなホワイトシチューを作りますわよ?」
「やった。お姉さまのホワイトシチュー、大好きです」
そうだ、後ろを向いてばかりじゃいけない。お姉さまも、きっと気づいている。王子や貴族の人々が聖女クレアと妹であるわたしを常に見比べている事を。わたしが王子様や周囲から、
――少なくともこの時のわたしは、そう思っていた。