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反逆のアンリエッタ~聖女が魔女に変わるとき
とんこつ毬藻
異世界恋愛ロマファン
2024年11月18日
公開日
6,018文字
連載中
【毎週水・金・日 19時/週3回更新】

聖女の力、それはこの世界の女神より授かった奇蹟の力。

大地を豊かにし、闇を浄化し、人々を癒す。創世の時代より、聖女の加護により発展して来た魔法都市、グリモワール王国。
アンリエッタ・マーズ・グリモワールはそんな王国の聖女――クレア・ミネルバ・グリモワールの妹だった。
幼い頃よりアンリエッタは姉と共に、聖女の妹として王宮のために力を使っていた。 
力を使う事は心身の負担になっていたが、姉は第一王子と婚約し、彼女自身も公爵家の嫡男とお付き合いしており、このまま幸せな生活を送る筈だった……この国の真実を知るまでは。  

ある日、欲に塗れた貴族と王子、国家の真実を知った妹は、姉へ真実を伝える前に魔国へと追放されてしまう。
純粋な姉はいまも王子の寵愛を信じている。欲に塗れた貴族から姉を護る事が出来るのは自分しかいない。
そう思ったアンリエッタは魔国の皇子と契約し、魔女になる事を決意する。
すべてはお姉さまのために―― 

第1話 姉と妹

 ほら、空はこんなに青いんだもの。お姉さまを護る理由なんて、それだけで充分でしょう? 


 以前、お姉さまにそう尋ねると、笑ってこう答えてくれたっけ。

「そっか。だったらわたくしがピンチの時は、アンリエッタがわたくしのヒーローになってくれるのですね。今から楽しみだわ」って。


 わたしの手を握る姉の手はいつも温かい。お姉さまを守るどころか、わたしはいつもお姉さまに守られてばかり。この日も〝浄化〟の魔力を使い果たしてしまったわたしの冷たく震える手をぎゅっと握り締め、お姉さまはわたしに元気になるおまじないをかけてくれる。


「今日も頑張ったわね、アンリエッタ。あとはわたくしが終わらせるから、此処で少し待っていてね」


 そう言うと、お姉さま――クレアは、両手を広げ、眼前の汚泥・・へ光を注ぎ込む。お姉さまの両手から放たれた暖かな光が空間を覆っていく。みるみる内にグリモワール王国の生活排水と工業用水が混ざり合った汚泥水の流れる下水は浄化され、北の聖なる山=セイントミネルヴァ山より注がれる聖なる水と変わらない美しい水へと変化していった。


 グリモワール王国――歴代聖女がもたらした〝豊穣〟の加護と、魔法の力によって発展した独立国家。そして、そんな王国で現聖女の肩書きを持つ人物こそ、クレア・ミネルバ・グリモワール、わたしの唯一無二な自慢のお姉さま。初代聖女であり、伝説の女神と謳われるミネルバ様を彷彿とさせる長くて透き通る銀髪と蒼宝石アクアマリンのように美しく煌めく蒼い瞳は、〝グリモワール希望の象徴〟と呼ばれている。


 わたしはそんな姉のお手伝いをしている聖女の妹――アンリエッタ・マーズ・グリモワール。魔力は姉の半分にも満たないが、少しは聖女の真似事だって出来る。結果、わたしはお姉さまのお手伝いをしつつ、お城の中にあるミネルバ様を祀る神殿で働いている。短く纏めた銀髪、そして、お姉さまと比べて少し翠(みどり)がかった碧眼のわたしは時々疑似・・聖女なんて言われる事もあるけれど、お姉さまの傍にこうして一緒に居られるだけで幸せなわたしはあまり気にしていないのだ。


「クレア、今日もお勤め、ご苦労であったな」

「民のためですから、このくらい当然です」

「流石は現聖女。それでこそ我が妻となる女だ」


 エルフィン・ネオ・スペーシオは、グリモワール王国第一王子にしてお姉さまの婚約者。今日も父親不在の謁見の間にて、王の代わりに玉座に座る王子は、お姉さまとわたしを見下ろす形で報告を聞いている。


「褒めるなら、この子も褒めていただきたいですわ。今日の〝浄化〟のお仕事、半分はアンリエッタが浄化させたのですわよ?」

「あ、いえ……お姉さま、わたしは……」

「そうか。お前も頑張ったなアンリエッタ。そして、いい姉・・・を持ったな」

「はい、エルフィン様。クレアお姉さまは自慢の姉です」

「ははは、そうだな! アンリエッタも聖女のとして民の希望として日々精進するんだぞ」

「はい、勿論です」


 王子の満面の笑みにお姉さまとわたしは恭しく一礼する。


 正直なところ、エルフィン王子は苦手だ。蒼い髪と金色の瞳を持つ王子様はこの屈託のない笑顔で、民からの信頼を勝ち取って来た。でも、その視線の奥に、何か悍ましいものをわたしは感じ取っていた。それが何かは分からない。ただ一つ言える事……それは、わたしへ向ける彼の笑顔は、仮面を上から被ったかのような笑顔で、民やお姉さまへ向ける本物の笑顔とは少し違っている……そんな気がしてならなかった。


 謁見の間を早々に立ち去ろうとしたのだが、まだ王子から話があるらしく、引き留められるお姉さまとわたし。どうやらグリモワール王国より南方に位置するサウスレーズンの町が魔物に襲われたらしく、聖女であるクレアお姉さまの力を借りたいとの事だった。 


「クレア、すまないが明朝にも騎士団の者と現地へ向かって欲しい。被害に遭った者達の治療を頼む」

「それは大変です。分かりました、すぐに向かいましょう」


 街の外には野生の魔物が存在する世界。グリモワール王国の王都は結界に守られているが、周辺の町に関してはそうもいかないのだ。強い魔物の討伐が必要な場合や、被害の状況によっては数週間かかる事もある任務。お姉さまの足手纏いにならないよう、心して掛からなければ。


「そうと決まれば今晩、準備しないとですね、お姉さま」

「ん? アンリエッタ。君は日常業務・・・・があるだろう? 神殿からは聖女クレアと神殿長ルワージュの二名を派遣する。君が行く必要はない」

「ですが、王子」

「分かりましたエルフィン。では準備がありますので、これで失礼しますね」


 エルフィン王子へ歯向かう事はこの国では許されない。お姉さまがわたしを制止した理由はそれだ。分かっている。わたしの魔力はお姉さまの半分で足手纏いにしかならない。


 この扱いはいつもの事……そう自分に言い聞かせつつ、わたしはお姉さまと謁見の間を退室し、二人並んで回廊を歩く。自然と足下へ視線が落ちていき、掌には汗が滲んでいく。ふいに頭上に温もりを感じ、我に返るとお姉さまの微笑みがそこにあった。


「アンリエッタ。あなたが誰よりも頑張っているってわたくしは知っているわ。あなたはわたくしの自慢の妹よ」

「お姉さま……ありがとう」

「さ、神殿へ戻りましょう。今晩はあなたの好きなホワイトシチューを作りますわよ?」

「やった。お姉さまのホワイトシチュー、大好きです」


 そうだ、後ろを向いてばかりじゃいけない。お姉さまも、きっと気づいている。王子や貴族の人々が聖女クレアと妹であるわたしを常に見比べている事を。わたしが王子様や周囲から、疑似・・聖女と呼ばれている事を。疑似でもいい。わたしはただ、お姉さまの傍で慎ましくも穏やかに過ごせたならそれでいい。


 ――少なくともこの時のわたしは、そう思っていた。



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