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第134話 職責熱心なる者ども

 宗田そうだ千尋ちひろは──


 逃げていた。


「いやあ、想定外だぞ十子とおこ殿。ここまでの鉄火場とは思わなんだ!」


 問答無用で追われているからである。


 天女教総本山、寺院の外。

 岩山から登る千尋らを発見した天女教の巫女ども、岩場を飛び跳ねるようにして千尋を追いかけている。

 その目には殺気と緊張があり、とても『まぁまぁ、まずは話を』という雰囲気ではない。


 なにがしかの危機的なことが起こっており、知らない者はとりあえず斬れ、斬って生きてたらその後考える──ぐらいの感じであろうことがうかがえる。


「いややっぱ門番の人について来てもらえばよかったんじゃねぇの!?」

「無茶を言ってやるな! 二人しかいなかったのだぞ! この状況で外からの警戒と、中から出て行く者の警戒を二人でしているのだ。連れ出してやるわけにはいくまいよ」

「いや連れ出した方が絶対話が早かったって! だって──今追ってきてるのが、『敵』か『味方』かもわかんねぇんだからさぁ!?」


 天女教の兵はすなわち巫女である。


 だが、その巫女、別に『ミヤビ派』『サルタ派』という旗印をつけているわけではない──というより、仮につけられていても、その旗印を千尋らは知らないのでどうしようもなかっただろう。


 しかも厄介なのは、


「参るなぁ十子殿! ミヤビ殿に会うまで、ミヤビ殿の味方かもしれん者らに刃を向けることはできんぞ!」

「参ってんのは賛成なんだが、お前はいつでも楽しそうだなぁ!?」


 岩山を跳ね、上り、時に岩陰に隠れやり過ごす。

 どうにか一瞬、巫女たちが千尋らを見失ったところ、岩陰で二人は話し合う。


「さてどうするか」

「……ミヤビの味方だって言ったら、話ぐらいは聞いてくれるんじゃねぇかな」

「あれだけの警戒状況で巫女装束ではない、どこから入ったかもわからない者が『ミヤビ殿の味方だ』などと言ったところで効果があるとは思えんな」

「じゃあもういっそ、でっかい声でミヤビ本人を呼ぼうぜ」

「いいな。それでいこう」

「……冗談のつもりだったんだが」

「いや実際、いい案だと思うぞ。よしわかった。十子殿はミヤビ殿を大声で呼んでくれ。俺は……」


 千尋が岩陰から飛び出す。


 その時ちょうど、天女教の巫女たちが、千尋らのいる岩場の包囲を完了していた。


「ケガさせぬように対応しておこう」


 刀を抜かずに構える。


 十子は「おいおい」と声を発したが、頭を抱えて、


「……ミヤビィ! 天野十子と千尋が来たぞ! ミヤビぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 声は大きく、総本山じゅうに響き渡るようだった。


 だがしかし、それだけの大声でミヤビを呼んだとて、周囲を囲む巫女たちは敵対心をゆるめない。


(この者らがミヤビ殿の派閥ではないから──と思うのは早計がすぎるな。この状況で、天女の名を気安く叫ぶ、神官ではないのになぜか総本山に存在する二人組。うむ、俺が天女教兵でも『ちょっとお話しようか。まずは暴力で抵抗力を削いでから』という対応になる!)


 彼女がどちらの陣営にせよ、仕事熱心で非常に結構だった。


 千尋がにこにこしながら構えていると、天女教の者どもが一瞬ひるむ。

 だが、その中で部隊長と思しき、生真面目そうな顔をした髪の長い少女が、仲間たちに喝を入れた。


「恐れるな! よく見ろ! あの者、神力がほとんどない!」

「しかし岩山を上る動きは、見事な神力量を感じさせる動きでしたが……」

「だったらなおさら天女様のおそばに近寄らせるわけにはいかないだろう!? 囲んでかかれ! 相手は短い刀、こちらは薙刀! 囲めば負けはない!」


 じりじりと包囲が詰まる。

 実にいい動きであった。包囲に逃げる隙を作らず、油断せず、間合いと人数の利を活かした包囲。慌ててもよさそうな状況だというのに、誰も慌てず、逸らず、リーダーの動きに合わせて均等に包囲を詰めてくる。すさまじいチームワークである。


 だが、すでに呑まれている。


 薙刀を持った集団が、いよいよ千尋を間合いに捉えた。

 囲まれている千尋、刀を抜かず、手も出さず、微笑みを浮かべたまま、包囲を形成するうち一人をながめている。


 ただ、ながめている。


 どういう手管を使うかもわからない、どの陣営に属するかもわからない侵入者。

 神力量は少ないが岩山を上る動きからそれなりの神力を秘めているであろう者が、ただ、にこにこと、包囲を形成するうち一人を……


 包囲を形成する中で、もっとも重圧に弱そうだと看破した一人を、ながめている。


 ……これは、意識の押し合い。

 心拍数のコントロール。


 怖れを操り──


「っ、あぁああ!」


 逸りを引き出す、という技術──心理術、忍術である。


 一人逸って薙刀を突き出せば、周囲もつられて薙刀を突き出さざるを得ない。

 動きはそろっていない。号令一喝ではなく、緊急避難的に動かされたのだ。


 そのばらつき、千尋がつけこむ充分な隙である。


 まず最初に突き出された薙刀の、わかりやすい動きに合わせて鎬に手を触れさせ、後ろへ流す。

 すると真後ろの者が『味方の薙刀』を避けようと体をぐらつかせるので、そこで薙刀の峰に触れ、崩す。


 遊郭ゆうかく領地紙園かみそのにて、門番のたいを崩した手管。

 合気道における隅落としに似た技術によって、薙刀ごと、それを持つ女を膝から崩し落とす。


 包囲に二つの穴が空くと、あとはあらかじめ動きの定められたパフォーマンスのようであった。


 一人が膝から崩れると、そのせいで包囲の輪が歪む。

 歪んだ動きを千尋が触れて『ゆがみ』を広げれば……


 薙刀を持って千尋に迫っていた六名。うち五名が薙刀を落とし、体を崩して地面に膝をついた。


 最後に残った一人──千尋の視線に負けて真っ先に薙刀を突き出してしまった一人を見つめ、その手にした薙刀をあっさりと奪う。

 するとあとは、薙刀を持って一回転でもすれば、女どもの首、すべて落ちるような状況の出来上がりであった。


「…………よう、じゅつ……」


「久々に言われたなァ。……さて、頭を冷やしてくれただろうか? 話ぐらいは聞いてほしいのだが──」

「こんな女を、天女様に近づけるわけには……!」

「──いやまあ、熱心で非常に素晴らしいと言っておこうか」


「褒めてる場合かァ!? おいミヤビ! 来いよミヤビィィィィィィィィ!!!」


 十子の叫びが必死さを帯びる。

 それは、千尋が楽しそうで、このまま流れに任せると殺し合いが始まってしまいそうな剣呑さを感じたからであった。


 千尋に言わせれば『俺はそんなに血に飢えていないぞ』という感じだが、実際にやるかはともかく、十子視点では、千尋はそういうことをわりとやりそうな人なのであった。


 ……その必死の叫びが、功を奏したのか。



「うるさいですね。聞こえていますよ」



 懐かしい──と、もはや言ってしまえるぐらい、彼女と別れてから、いろいろあった気がする。

 十子が安堵した目を向ける先。

 天女教兵が平伏する先。


 千尋が振り返った先にいたのは──


「久しいな、ミヤビ殿」

「ようこそ千尋。相変わらずどういうことなのかわからないことをしていますね」


 ミヤビが近づき、眠そうに細められた黄金の瞳で千尋を見つめ……


「ようこそ天女教総本山へ。今、絶賛取り込み中ですが、できる範囲で歓迎しましょう」

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