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第133話 Go&Run

 天女教総本山、門前。


 ミヤビとサルタという『二人の天女』のもと真っ二つに割れた天女教。

 サルタ派に制圧された『大奥』。


 そういう状況を聞いて、天野あまの十子とおこは、声をひそめて問いかけた。


「で、どうすんだよ。想像してたよりめちゃくちゃまずそうな状況だぞ」


 門番から距離をとってひそひそと話す相手、もちろん宗田そうだ千尋ちひろ

 聞いた話によれば状況はかなりシリアスだ。……それでも、『門』を自分の手の者に抑えさせておくミヤビは見事な判断力だった。

 天女教は巨大組織だ。そのゴタゴタが総本山の外にまで波及しないようにふさいでるのだろう。


 だからこそ、今、総本山の寺院の中が、修羅場と化しているわけだが。


 このとんでもない状況を知り……

 千尋は、笑っていた。


「いやあ……うん、ミヤビ殿はなあ。危うい危ういとは思っていた。あの御仁はな、正しすぎる・・・・・

「正しいことはいいことじゃねぇか」

「まったくよくない。まぁ、ミヤビ殿が初代天女のように圧倒的であれば、あの視座の高さでよかろう。だがな、現実に生きている、強いだけのただの子供が、その強さをよすがに正しさを成そうとすると、どうしようもなくいろいろなものに阻まれるのよ」

「なんでだよ」

「人はそもそも正しくないからだ」

「……」

「人の語る『正しさ』はな、『そうあれたら理想的だ』というものであり、『そうあれば立派だ』と相手を褒める文脈で語られるものなのだ。自分が正しくあれと強制されるのなど御免被りたい。そういうのがな『正しさ』なのよ。というか十子殿とて、ミヤビ殿のやり方に別に賛成ではあるまい?」

「……そりゃあ、まあ……お仕着せがましいっつうか、堅苦しいっつうか……『こいつに仕えたら窒息しそうだ』とは思うけどよ」

「多くの者がそうだ。だからこそ惹きつけられる者もいようがな」

「……で、どうすんだ? 政治的にだいぶ面倒くせぇ問題だぞ。思想っていうか……どっちに味方すんのも、その、うまく言えねぇが……」

「いや別に。俺たちは別にミヤビ殿を救いに来たわけでも、味方に来たわけでもあるまいよ」

「じゃあ何しに来たんだよ」

「いやいや……天野の里攻めについての話を聞きに来たのであろうが」

「………………そういや、そうだったな」

「だから方針は変わらんよ。話を聞く」

「今入ったらどう考えても巻き込まれるが」

「だからあとは流れだな。……サルタの方が気に入れば、あるいはそちらに味方することもあるやも」

「……剣客ってのはそういうのだってわかっちゃいるが……」

「別に俺に付き合う必要はないぞ? 十子殿は十子殿で、己が気に入る方に味方すればよいではないか。というより、ここで引き返してもいい」

「それもそうなんだが……あー、なんだ。……ここには、いろいろいるな」

「そうだな」

「……乖離かいりもいるな」

「まぁ、そうだな」

「……あたしに『玩具を作ってる』とか言いやがった乖離がいる。その乖離にな、お前の剣を見せてやりてぇ。んでもって……お前の剣を見た乖離のツラを、拝みてぇんだよ」

「……」

「いや、天使ってのは諸国を巡るらしいから、今、ここにいるとは限らねぇのはわかってる。でもよ、いたとしたら……お前の剣を拝んだ乖離のツラを拝めないのは……その、惜しいだろ」

「…………く、ふ」

「なんだその顔」

「ふふふふふふ……いや、失敬。これはなんというか──非常に、良い」

「……」

「あいわかった。そなたを乖離のもとまで送り届けようではないか。この俺が、身の安全を請け負う」

「いや、そういうのはさあ……! 女が言うべきで……! ああでもくそ、わかってる。わかってんだけど、どうにもなぁ……!」


 十子の中、というかこの大陸に住まう人の中にある『ジェンダーロール』。それがどうにも千尋にバグらされており、十子は苦悩していた。


 ともあれ、頭を掻いて、いっぱい唸って、十子は、


「……わかった。行くぞ! もう、行ってから考える! それでいいな!」


「ああ、もちろんだとも! 非常に俺好みの方針だ!」


 往く。


 人斬りの後ろから、天女教の渦中へと入って行った。



 大奥──


 天女教総本山寺院の、物理的に奥にあるその建物は、いつのころからか、そういう通称で呼ばれるようになっていた。


 その『大奥』には伝統的に天女教総本山で世話すべき男性が集められている。


 男性というのは弱く、脆く、蝶よ花よと世話されるもの。

 弱いというのは身体のみならず精神もである。出生数の少なさと、神力しんりきがないゆえのもろさ、不自由さを生まれつき抱える男性は壊れ物に触れるように育てられるため、大きな音だの、言い争いの声だの、そういうものがそばで発生しただけで、気を失ってしまう。

 それゆえに大奥は静寂であり、清潔であり、清冽であるというのが普段の様子である。


 だが、今は……


「そっちに逃げたぞ!」

「捕まえろ! 捕まえたヤツが好きにしていい!」


 大奥、てんやわんやの大騒ぎであった。


 追う女たちの声を背に受けながら、追われる男──


 十和田とわだ雄一郎ゆういちろうは、舌打ちをした。


「ああもう、なんなんだよアイツら!? ぼ、僕はさぁ! 男なんだぞ!? 女がいきなり集団でなだれこんできて、男を襲うってどうなんだよ!? それでも女か!? なぁ、お前もそう思うだろ!?」


 問いかける相手は、手を引いてともに逃げる男性──


 宗田そうだはく


 ……大奥に唐突になだれ込んで来た武装した女ども。

 明らかに欲望に濁った眼をしたこの連中に危ういものを感じた雄一郎は、連れ去られそうになった白の手を取り逃亡。

 そして現在に至る、というわけであった。


 だが、相手は女が多数。

 こちらは、男が二人。


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんにおいて駆け回った経験が雄一郎に多少の『逃げ度胸』をつけさせていたものの、身体能力差からいずれ追い付かれるは必定であった。


 その『いずれ』がまだ迫っていないのは、どうにも相手が『大奥』の構造を把握していないことが理由であった。

 だがそれも、『いずれ』を遠ざけるだけの効果しかない。追いつかれる。絶対に、いつかは。


「ああくそ、あいつらのせいで大奥の奥の方に来ちゃったじゃないか! このままじゃ見つかる! ああああくそおおおお! どうすんだよ!」


 男二人で逃走する限りにおいて、いずれ捕まるは必定。

 ……で、あるならば。


 白は、一つ、閃く。


「ゆ、雄一郎さん、その、た、頼りましょう」

「誰を!?」

「……乖離さんを、天使の乖離さんを探して、頼りましょう」

「あのさぁ! 今はその『天使』を含む連中に追われてる状況なんだけど!?」

「乖離さんなら、きっと、大丈夫です、から」


 そう述べる白の息はとぎれとぎれだ。

 雄一郎は顔を下へ向けて悩み……


「……わかった! お前の言う通りにしよう!」

「あり、がと……」

「で、言う通りにするためには──どっちに逃げればいいんだ!?」


 ……かくして、『いずれ』を斬り払う剣・乖離を求め、雄一郎と白は大奥の中を逃げ、潜み、進んでいくことになる。


 なお──


 この二人、当然ながら、千尋が門の前まで来ていることを、まだ知らない。

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