時を少しばかり
「そもそも、天使を制御できぬ時点で──」
「資質問題と、実際に勝手をした者の罪の軽重とは分けて──」
「これは
会議は踊っていなかった。ただし、ヤジだけはうるさいほどに飛んでいた。
誰もかれもが責任の押し付け合いをしている。誰もかれもが望んで無駄な議論に時間を浪費しているかのようだった。
「だいたいにして、当代天女様は、あまりにも我欲が大きすぎるのです! 男をすべて自分の手元に置こうなどと──」
「だからそれは男性の保護のためであり──」
(無駄な議論──というわけでは、ないですね。誰かにとって、利がある)
あまりにも議論が進まない……というより、敵対派閥が同じことを何度も繰り返し言い、そのため、こちら側も何度も同じことを指摘せねばならない状況には、やはり、『裏』を感じる。
多くの陰謀は、何か不手際としか思えないやらかしに理屈をつけたい人が見出す幻にしかすぎない。しかし、このぐるぐるとめぐる会議は明らかに時間稼ぎが目的であり、何かの準備が整うのを待っているというものであった。
その『準備』をしているものについて、ミヤビも探らせてはいるのだが……
何も、わからない。
……天女・
『何もない』。
あるいは……
(……まぁ、この寺院の中で、わたくしの調査を不可侵にできる者など、二人しかいないのですけれど)
初代天女には、三人の子がいたと言われている。
その三人の子は、それぞれ子孫を現代に残し……
天女教総本山で、それぞれの『院』を持ち、暮らしている。
基本的には本家に子が生まれていなかったり、あるいはなんらかの事情で断絶したり、また、天女を継げぬほど
本家天女のミヤビが最近、急進的であるのをあげつらわれて……
「ミヤビ様は天女にふさわしい品格をお持ちではないのやもしれません」
……『天女を下ろそう』という、これまでの時代であればありえなかったことが起きている。
ミヤビのやり方は確かに急進的であった。
だからついてくることができない者も、確かに多かった。
しかし、必要だと確信している。
このままでは男を守り切れない。男の脆弱性を多くの者は実感できていない。
もう二度と──
──失わない。
……ミヤビの決意は強いものであり、彼女視点、彼女が持っているぐらいの危機感は重要であった。
ミヤビからすれば、今までの天女が遅すぎた。もっと前の段階で、もっと男性を守る体制を作っておくべきだったろうにと思っている。現在、男の数がちっとも増えていないのも、体制作りが甘かったからだと考えている。
そして、それは正しいのだ。本当に男は弱いのだ。ミヤビの急進的な改革は、後世から見れば『この代の天宮売命のお陰で、現在、男性の出生率は安定し、人口の中に男性が増えました』と言われるぐらいに、重大で重要なものであった。
世界と未来を見れば、彼女の判断は正しい。
……ただし。
世界を俯瞰し、未来を見据える視点しか持たないミヤビについていける者はそうおらず……
現代を生きる者らは、現代を見据えて行動するものである。
すなわち、
「失礼いたします」
……現世。
今。
ここにいる人。
世界、未来、ここに──『女どもが大陸の運命を話し合う場』にいない、男性のことを想った政治を布こうとするミヤビに立ちふさがるのは、会議場で論じる権力ある女どもに、現世利益をもたらせし者である。
その者、紛糾する謁見の間に踏み入り、まっすぐに天女の座す座へと歩いていく。
その者が場に入った途端、不埒な乱入者をいさめるべき者らが黙って、その者の姿を視線で追ってしまった。
その者がただ歩くだけで、騒がしかったその場には静寂が訪れ、誰もが、その者の立てるほんのわずかな音さえ聞き逃さぬように、注意を向けてしまう。
その者の存在感は、あまりにも強かった。
その者──
「
初代天女が始まりの男性とのあいだになした、三人の子。
そのうち一人の血と名を受け継ぐ者。
「サルタ」
座の上でミヤビが不機嫌を隠さぬ声を発する。
「あなたは『三人の子の子孫』としての決まりゆえに、『院』から出てはならぬ身です。下がりなさい」
天女には三人の子がおり、それぞれの子が、現在まで残る家の開祖となっている。
ただし、すべての子の血が高貴であるがゆえに、政治的な混乱を避けるため、当代天女以外の『御三家』の子らは政治にかかわってはならぬ決まりがあった。
決まりは布かれ、信仰が人々の心を照らす。
だが、権力の根拠が『力』であるのもまた、どうしようもない、動かしがたい事実なのだ。
だからこそ、天女と同格の神力を持つ『御三家』は、表に出てはならない。
その力と、表に出れば多くの民心を集めるであろう高貴なる血筋を抱えたまま──
天女に選ばれない限り、『院』と呼ばれる建物の中で
それこそが、御三家。天女の血筋の先端にいる、現天女以外の者の定め。
……だが。
その決まりをよく知るはずの者ら、誰も、サルタを止めようとも、院に戻そうともしない。
目を惹くのだ。
あまりにも、目を惹くのだ。
あまりにも、サルタは……
神々しかった。
その床をこするほど長い髪の毛は光り輝くような白であり、その瞳も色素というものが極めて薄い。
肌も塗りこめたように白く、小柄でほっそりした体つきで、年齢はミヤビと同じ。だが、白い巫女装束をまとったその姿は……
天女教が『白』を神聖な色と定めているから、だけではなかった。
サルタには見る者を惹きつけ、つい、周囲が黙り込んで祈りでも捧げてしまうような、そういう神聖さが生まれつき備わっていた。
……根拠はないのだ。神聖さに、根拠など、ないのだ。
血筋ではミヤビと同格。神力もミヤビと恐らく同格。そして肩書はミヤビの方が上。
だというのに、興味を、注意を持っていかれる。
思わず膝をついて頭を垂れそうになる。
そういう、見ただけで『わからせる』存在。それこそが、サルタという少女の持つものであった。
「ミヤビ様。わたくしは、あなたを弾劾いたします」
にこりと微笑むサルタは、ミヤビから見ればうさんくさい女だった。
だが、周囲の視線は……畏れがあった。崇拝があった。
根回しで利害関係を築いていた──というだけでは説明しきれない、異常な熱が、周囲から発せられていた。
「……弾劾などされる理由がありません」
天女は本来、直答しない。
だが、まるで、ミヤビが直接、サルタと言葉を交わすのが当然であるような空気が広がっている。
……周囲はサルタとミヤビを、同格の、互いに言葉を交わすべき関係であると、そうみなしている。
現天女と並び立つ者など、天女教の権力機構には存在しない。
だというのに、周囲は、その常識を知っているはずの者どもが、サルタをミヤビと同格扱い……
むしろ。
サルタの方を、上と扱っている。
その扱いをよく自覚しているサルタの物言いは、どことなく上からであった。
「あなたが認められないのもわかります。しかし、あなたのしてきたことは、多くの天女教の要職に就いていた者を更迭させ、そのくせ、全国から男性を無理やりに集めた。さらに、自分の意に沿わない天使を排斥し、
「根拠は」
「あなたの行動は実際にそうなっておりますわ」
「そうではなく、」
……ミヤビは言葉の途中で気付く。
(……まずい。言葉を重ねるほど、『苦しい言い訳』と見られる状況にされていっている)
サルタの脅威。
人心掌握能力──と、言うにもおこがましい。
神聖な容姿に基づく雰囲気作り。
ただ自信満々に断言するだけで、周囲が勝手にサルタに『神』を見出していく。
ミヤビは論理と果断の人である。
それは『正しさ』だ。だが……
正しいだけでは人はついて来ないことを、現状が証明してしまっていた。
サルタは、微笑んでいる。
謁見の間に集まった人々が、ただ微笑んでいるだけのサルタを見て、勝手に熱狂していっている。
「天宮売命に申し上げますわ。……まずはあなたの欲望の源泉──すなわち、大奥を、我らが確保いたします」
「……何を言っているんですか」
「もちろん、大義であり、正義です。我々は──」
サルタが微笑みながら、両腕を広げる。
……ミヤビでさえも一瞬、その背後に光輪が見えた。
「──あなたが不当に奪い去ったものを奪い返し、この世に正しき信仰を広めます」
「……」
「天宮売命。あなたは天女にふさわしくないのです。ですから」
……その時にサルタの笑顔に混じった『黒いモノ』を見たのは、ミヤビだけだった。
他の者たちは、ミヤビの背中から、あまりにも神々しい白い少女の、神々しい部分だけを見て、目に熱を浮かべていた。
「わたくしが、代わりに天女となりましょう。『正しい天女』に」
……こうして、天女教の
ここに、発生。