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第131話 空中寺院

 天女教総本山──


 天野の里から見て西側に三日ほど行った場所にあるそこに、宗田そうだ千尋ちひろ天野あまの十子とおこはたどり着いた。


「いやァ──壮観よな」


 これまで千尋は、様々な土地を巡った。


 遊郭ゆうかく領地紙園かみそのの、真っ赤に染め上げられたくるわを覚えている。

 領主屋敷兼街一番の高級遊郭であった紙園大華たいかの高さも立派であったが、紙園の鮮烈さは、その独特の文化の醸成したどこまでも華やかでにぎやかな街の景観であった。

 あのなんとも淫靡な雰囲気は他の街には見られなかったものだ。


 賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんなどはもう、あの丸く巨大な建造物が湖の中央にあるというのが見事である。

 通行・移動には不便な『水上の密室』ではあるが、そういう要素もまた、日常と隔絶した場所であるという雰囲気作りに一役かっていた。

 内部のきらびやかさは、紙園が明るく派手で、しかしどこか退廃的であったのに対し、百花繚乱の方は底抜けに明るく、それでいてどことなく神聖な雰囲気さえあった。

 宗教と賭博が混じったあの雰囲気はこの世界特有のものであろう。


 そして『塔』。

 高い。入るたび構造が変わるという場所であり、不思議な妖魔どもが出現する場所であった。

 何もかもが人智を超えたあの場所での経験は鮮烈であった。……が、そういう『場所』や『建物』の話より、前世の自分との立ち合いが千尋には印象深い。

 十子とミヤビがいたので『勝利』を志して戦ってしまったし、それで剣が鈍ることのない強敵ではあった。

 だがもう一度戦うことが許されるのならば、今度は一対一で立ち会ってみたいと思うのだ。

 とはいえ、負けることは想像できない。

 心のない、意地のない、強がりのない生き物の相手というのはどうしても飽きる。千尋の『もう一度戦いたい』は、『技術の比べ合いをしたい』というものであって、『命の取り合いをしたい』というものではなく、あの心なき影とは、命の取り合いはできないと結論付けていた。

 次はもう、勝つつもりでやれば、絶対に勝ってしまう。


 やはり重要なのは魂なのだ。

 この魂に返り血がこびりつき、この身を人斬りと成しているのだ。


 その魂が、震えていた。


 天女教総本山──


 天空寺院である。


 切り立った岩山の半ばほどに見事な寺院が存在する。

 様式は天竺インドあたりだろうか? 独特な形の尖塔があり、その塔のてっぺんは黄金をあしらわれて、西日を受けてきらめいていた。


 階段やら舗装された道やらは遠目に見ても見当たらない。どうにも中へ入るにはいちいち岩山を上るしかなさそうで、女が強い世界の中でも特に強い女が集う場所、という前情報と相違ない印象を受けた。

 だが一方で、あの寺院には『大奥』と呼ばれる場所があり、そこに男性を保護しているのだという話も音に聞こえている。

 とくれば非力な男性が入りやすいような通路もわかりにくいところにあるのか? それとも、いちいち男性を女が抱えて岩山を上るのか? まさか男性につらく厳しい登攀路を行かせるわけでもなかろう。この世界の女、ことに天女教は男性をそのようには扱わないはずだが……


「……まァ、入り口でたずねればいいか」

「またロクでもねぇこと考えてなかったか?」


 十子がげんなりした顔をしている。

 どうにも千尋が黙って遠くを見ているとろくでもないことを考えているように思えるらしい。

 別に今回はろくでもないことは考えてなかったはずだが、これも二人旅の成果、といったところか。


 すっかり調教されている十子を引き連れ、正門らしき場所へと差し掛かる。


「お」


 そこで千尋が思わず声を出してしまったのは、まさしく今度こそ『ろくでもないこと』を考えてのことだった。


 魂が震えている。


 空気が、揺れている。


 静かな寺院だ。高い場所にあるためまだ遠目にしか見えない。

 けれど、何かが伝わってくる。

 一言で言えば……


『よからぬ空気』だ。


(まぁ、『空気がよくないから帰ろう』ということにはならんのだが。俺も、十子殿もな)


 歩いていくと、山へ入るための門の前に、二人の天女教巫女が立っている。

 巫女二人は薙刀を交差するようにして門の前に立ち、千尋らに誰何した。


「何者か!」


「見ろ十子殿。とてつもなく剣呑な気配だぞ。これは中で何かが起きているに違いない」

「……喜ぶなよおめぇはよぉ」


 とはいえ歩みは止まらない。


 千尋は袖口を探って、『半ぎょく』を出した。


 青みがかり透き通った玉だ。

 それを見せるようにしながら、門番へと告げる。


「我らは天女様との約束を果たしに参った者だ。この玉を持って来た者について、何か聞いておらんか?」


 どうやら話は通っていたようで、門番たちの視線が軟化する。

 だがしかし、同時に『期待』を帯びるような色が加わったのは、いかなる意味か?


「お話はうかがっております。……ありがたい。今の天女様には、一人でも多くの信頼できる仲間が必要なのです……その、天女様の窮地を知り、駆け付けてくださった……のですよね?」

「ああ」


 もちろん天女の窮地などという情報は知らなかった。

 だが興味があったので千尋が調子を合わせると、十子が『おい』みたいな顔をしたが……

 千尋を止めることも、相手の勘違いを修正することもなく、話の続きを黙って待った。

 やはり十子も気になるらしい。


 それはただの野次馬根性か、あるいは……

 ミヤビを友人として気遣ってのことか。


「それで今はどうなっている? 詳しい話を聞いておきたい」


 千尋の物言いは疑おうと思えば疑わしいものであった。

 こいつら本当に天女様を助けに来たのか? 実は違うんじゃないのか? という疑いは、抱けた。


 しかし門番は二人を信じ、あるいは、天女の窮地が『藁をもつかみたい』ほどのものなのか、語る。


「現在、お山は現天女様と、サルタ様で二つに割れており……男性のいる『大奥』が、サルタ様に奪われてしまったのです」


 千尋は十子を見て片眉を上げた。


 千尋の事情をうっすらと知っている十子がむしろ、『やばい』という顔をする。


 男性のいる『大奥』、つまり……


 弟のはくがいるはずの場所が、ミヤビの敵対派閥にとられた。


 それはもしかすると──大変なことなのではないだろうか?

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