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第127話 目指すべき場所は

「さて、ここからどうするかだが」


 天野あまの十子とおこの庵にて、今回の件の『首脳』が集まっている。


 話を切り出したのは千尋ちひろである。

 しかし、『どうするかだが』と言ったきり、少しばかりの沈黙が流れた。


 そこを見かねた、この場にいる三人のうち一人、沈丁花じんちょうげが肩を揺らして笑いつつ、言葉を発する。


「いやぁ、すごいよねぇ、連中。『始まりの男性伝説』は知ってるけどさぁ。さすが坊さん連中の中でも特別に天女教に傾倒してるやつらだよ。千尋くんの前じゃあもう、従順な飼い犬だ」


 天野の里攻めに来た天女教の軍勢──

 残らず千尋の指示を待っている。


 里の外に陣を構え、まるで『そうすることが最初から決められていました』と言わんばかりに、千尋に命令されるのを待ち、待機しているのだ。


「まぁ、そういう団体だっていうのはわかるがよ」


 ここで苦笑交じりに声を発するのは、この場に集う三人のうち一人。庵の主である天野十子岩斬いわきりだ。


「ぶっちゃけ、里の外にいられても迷惑だし、落ち着かねぇぞ」


「うむ。だが取り扱いもわからんので、しばらく置いておいてくれ」


「…………おいおい。いやまぁ、取り扱いがわからねぇのは確かにそうだがよ。具体的にどうすんだ? 取り扱い説明書きでもどっかにあんのか?」

「そもそもな、こたびの天野の里攻め、明らかにおかしかろう」

「……そうだな」

「だからな、決定権を持っていそうな者へ確認に行こうと思うのだ」

「…………」

「天女・天宮売命あめのみやびのみことに直談判してくる」

「……どうにもよ、あたしは、あの天女が里攻めを指示したってのは信じらんねぇんだよな」


 千尋らが得ていない情報──


 この進撃は間違いなく青田あおたコヤネの独断である。

 天宮売命あめのみやびのみことの指示ではないどころか、この当代天女へ謀反し、追い落とし、己が次の天女として立とうといった陰謀であった。

 だがこの計画はコヤネの胸の内にしか存在しないため、コヤネを殺した今となっては、事実が不明なのだ。


 千尋は力が抜けたように笑う。


「確かに俺も、ミヤビ殿の差配というふうには思えん。だがしかし、あの天女様・・・は、『男を隠した』という罪で村を一つ焼き払うというような、苛烈な措置をとることもまた事実」

「……」

「だからこその直談判だ。はっきりしたことがわからんなら、本人に聞けばいい。あの御仁ならば、嘘はつくまい」

「……ってぇことは、『行く』んだな」

「ああ。『行く』。天女教総本山へ」


 その時、千尋と十子の視線のやりとりの中には、濃密な情報量があった。

 だがその濃密なやりとりの中に浮かび上がるのは、たった一人の人物なのだ。


 天女教総本山──


 そこは、回収した男を入れておく『奥』があり……

 天使が控える場所。


 天女ミヤビ。

 ……宗田はく


 そして……


 おそらく、乖離かいりも、そこにいる。


 だが、千尋はあくまでも気楽に言葉を続けた。


「何、あくまでも『事実の確認』よ。俺はこれでも、それなりに法というものを順守する。それは十子殿もわかっているだろう?」

「……わかっちゃいるけどな。その基準が絶対じゃないことも、わかってるんだよ、こっちは」

「はっはっは」

「で、直談判の結果、『天野の里攻めは自分の意思です』とか言われたらどうする?」

「別に『そうか』で終わる話だ。そもそも、天野の里が受けた被害を盾に報復する義理が俺にはない。だがまあ、天野の里には世話になっているわけだしな。そこを守る戦略として──天女を斬らねばならぬだろうなァ」

「……」

「そして天使というのは、天女を守るものなのだろう? うん、殺し合いになってしまう」


「いやはや、本当にやばいよね、千尋くん。お姉さんぞくぞくしちゃうよ」


 沈丁花が茶化すように言う。

 千尋は「はっはっは」と誤魔化したい気持ちたっぷりに笑い、


「何はともあれ、ここで鼻先突き合わせて話し合っても何も進まん。直談判だ。俺は行く」

「そうかよ。じゃあ、あたしも行く」

「ふむ」

「天野の里の今後にかかわる話だ。しかも、乖離を斬るのは、あたしの目的でもある。……行かねぇわけがねぇだろ。それとも──『刀を贈られた。だから、自分たちの関係はそこで終わりだ』とでも言うか?」

「いや」千尋は目を閉じる。「いや。……終わらん。まだ、終わらん。この刀で乖離を斬るところまでが、我らの旅だ」

「まぁ、『御前試合で』っていうまっとうな道は選べそうもねぇがな。こんだけ大々的に『男』ってバレちまうと……」

「知ってしまった連中には『黙っていてくれ』とお願いすればよかろう」

「いやぁ、いやぁ……? それで済む話かあ?」

「試しにやってみよう。何事も、やってみなければわからん。そうだろう?」

「……ああ、そうだな。打てないと思ってた刀が打てたり、四千人の軍を相手に勝っちまったりする。やってみなけりゃ、わかんねぇやな。ただ、その『四千人』を、確認の間、里のすぐそばに置いとくってのはどうにも……」


 そこまで十子が言った時だった。


 庵の扉がゆったりと開かれ、誰かが入ってくる。


 その人物は。


 ……若い女に体を支えさせ、杖をつきながら入ってくるその人物は。


「若いモンが、くだらないことを考えて足踏みしてんじゃないよ」


 里長、三太夫さんだゆう


 十子が叫ぶ。


「ばあさん!? 生きてたのか!?」


「先に逝った夫に蹴り返されちまったよ。おい、椅子ぐらい用意してくんな」


「お、おう」


 そもそも人をもてなす想定をしていない庵であり、十子らも立ったまま会話をしていた。

 なので用意された椅子は、座り仕事の時に使う、背もたれもない、低いものだった。


 三太夫は若者に支えさせてその椅子まで移動し、「よいしょ」と声を出して腰かける。


「歳ってのはとりたくないモンだねぇ。若いころにゃあ、こんなふうに手を借りなくても、この程度の怪我、翌日にはもう気にもならなかったもんなんだが」

「さすがに死にそうな怪我でそれはねぇだろ!? っていうか、死んだって……」

「そいつはあたしも聞いて驚いたよ。まぁ、どう見ても死んだような状態だったからねぇ。先走った誰かが『死んだ』ってことにしちまったんだろうよ。……で、事情はまあ、聞いた。扉の外からだがね」

「ほとんど聞いてないじゃねぇか!?」

「アンタがグダグダ悩んでることがわかりゃ充分さ。なんだか知らないが行っといで。面倒ごとはこっちで引き受ける。ああ、ただ、少し時間をおくれ」

「いや、そりゃまあ、時間ぐらい、ばあさんの命がもつならくれてやるが」

「鞘が半端だったからね。仕上げちまうよ。半日もくれりゃあいい」

「死ぬような怪我で今まで死にかけてたんだろ? 無理すんなって……」

「半端な仕事が残ってると気持ち悪いんだよ」


 そこで十子が黙ってしまったのは、同じ職人として気持ちがわかってしまったからだった。


 不意に広がった沈黙の中で……


 沈丁花が大爆笑する。


「いやあ! なんだいなんだい、ここにいる連中、一人残らずやばい・・・ねぇ! 最高だよ! 全員抱きしめて口づけしてやりたいぐらいさ!」


 三太夫を支えて来た里の者が『巻き込まないで欲しい』みたいな顔をしていた。


 沈丁花は笑いすぎて目に浮かんだ涙をぬぐい、


「……十子岩斬いわきり、それに千尋くん、行っておいで。あんたらの『ばあさん』は、お姉さんも支えてあげるからさ」

「沈丁花よ、わかってんのか? 『四千人の、さっきまで殺し合ってた連中をそばに置いておく』っていう話だぜ」


 十子の確認に、沈丁花はあっさりうなずいた。


「連中が恭順し大人しくしたままか、それとも時間が過ぎて本懐を思い出し、天野の里を再び攻め滅ぼさんとするのか? ……いいねぇ、ひりつく博打だよ」

「……てめぇも『やばい』やつだったな」

「いやぁ、今回に限っては、あんまりにも分のいい賭けで申し訳ないぐらいさ。千尋くんが一言お願いすれば、連中は逆らわないよ」

「千尋が『始まりの男性』だって思われてるからさ?」

「違うよ」


 沈丁花は片目をつむって、


「素敵な男性のお願いはなんでも聞いてあげたくなるのが、いい女だからだよ」


 十子がげんなりとし、三太夫が大笑いする。


 ……かくして次なる目的地は決定した。


 天女教総本山──


 あるいはそこが。

 宗田千尋がこの世に生れ落ちてから背負った因縁、そのすべての、決着の地となる。

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