「さて、まだやる…………か?」
拝まれている。
地面に膝を突いて両手をこまねき祈る者がいた。
涙を流しながら地面に顔を伏せて頭を下げる者がいた。
呆然とし、自分が立っているのか座っているのかもわからないというような様子のまま、ぶつぶつとつぶやくように祈りの言葉を捧げる者がいた。
そのすべての祈りが、自分の方を向いている。
そして、すべての者が、
「『はじまりの』」
「……『はじまりの』」
「『はじまりの』…………」
その単語を、口にしていた。
ともかく戦意は欠片ほどもなさそうである。
全員が祈っている。呆然としているか、平伏しているか、手をこまねいているかの違いはあれど、祈っている──武器を手放している。
だが、不可解というか、不気味だ。
「……これは、なんだ?」
「君は『伝説』を体現しちゃったんだよ」
背後からとぼけた気配が近づいてくる。
振り向けばそこにいたのは
帯を締めず着流しにした渡世人は、とっくに鞘に刀を納めた状態で、散歩でもするように敵中をのんびり歩いて千尋へと近づいていた。
「普通ね、『男』は女に勝てないのさ。特に天使に選ばれるような女にはね」
「それが『世間の常識』なのはわかるが」
「『女に勝つ男』っていうのをお姉さんたちは一人しか知らないわけだよ。それすなわち『始まりの男性』」
「……『はじまりの』とはそういう意味か。確か初代天女が伴侶に選んだ──だったか?」
「うん」
「…………ふっ。まぁ確かに、あの妖魔鬼神が伴侶に選びそうなのはそういう男か」
「君が初代天女に会ったことがあってもお姉さんは驚かないけどさぁ。今、その発言はまずいと思うよ」
「どういうことだ?」
「周囲に聞いてみなよ」
沈丁花に言われて耳を澄ませば、周囲から聞こえる声に『生まれ変わり』という単語が増えていた。
天女教の女どもから発せられる畏怖と尊崇はそういう感情に鈍いものでもはっきりと感じ取れるような、奇妙な温度を放つまでになっていた。
千尋は頬を掻く。
「あー、その、残念だが、俺は別に『始まりの男性』たらいうのの生まれ変わりではないぞ?」
「いやいや、わかんないでしょ。前世の前世のそのまた前世まで記憶がはっきり残ってる人なんか、誰もいないんだからさ」
「……まぁ、そこまで
「ここは乗っておきなよ。いいじゃあないか。この世の女に唯一『強者』として接することができる男性なんだ。言葉を待ってる女どもに、一つ声でもかけてやりなって」
「何を言えばいいかわからん」
「これ以上誰も死なずに天野の里が無事に残るように命じてあげたら?」
「ふうむ」
確かに当初の目標は『コヤネを倒し、その勢いで相手に撤退を迫る』というものだった。
この計画、遂行している当時には『必ずその通りにする』という気概であったが、薄々感づいていた通り、穴だらけである。
まず相手は『軍』が四千人だ。
これが頭一つ潰した程度ですっかり降参するというのは、考えれば考えるほどありえない。
一つの作戦目標を抱いているはずであり、天使がコヤネ以外にいなさそうだというのは確信していたが、各部隊には部隊指揮官がいる。なおかつ階級のはっきりした『軍』であれば、コヤネが死ねば誰かが繰り上がって全軍指揮官になるだろうし、指揮官が変わったとて作戦目標は変わらないだろう。
相手に冷静に『軍隊として当然の動き』をされればひとたまりもない。
なのでコヤネという明らかに他と一線を画する指揮官を倒し、その勢いで
だからまあ、この状態は狙い通りの期待以上ではある、のだが。
「少しばかり残念ではあるなァ」
「いやぁ、君、本当に
沈丁花が大笑いする。
千尋の発言はようするに、『これから四千人と斬り合いができる期待もあったのに』残念ではあるなぁ、ということなのだ。
とはいえ千尋としては、その発言があまりにも何もかもを顧みないものであることもわかっている。
あくまでも今の自分は天野の里に力を貸す食客であり……
達成すべき至上目標は天野の里の安全を脅かす軍隊の撃退……というか、天野の里を無事に済ますことである。
だが一応、たずねてみる。
「里長の
「そいつをお姉さんに聞くのは、
「ふむ、それもそうか。では……」
千尋は周囲を見回す。
『男性』の発言の気配に、周囲の女たちが静まり返っていく。
千尋は──
「総大将を討ち取った。それゆえ……
決して大きくない声だった。
だがその声は、よく通った。それ以上に、女どもの耳のそばだてようが、すさまじかった。
軍の者、残らず平伏する。
かくして天女教と天野の里との戦い、完全に終息となった。