莫大な神力。
ただただ、強い女であること。
最後の一瞬、恐らくは一生で最後の、『この戦いに敗れれば、己の人生が終わる』と思うような大一番において、コヤネは、ようやく己の神髄に至る。
小細工などしている余裕はない。
兵どもを動かせる状況でもない。
この中でコヤネは、あらゆる余計なものが思考から締め出され、自分が純粋な一つの神力
それは天女教における瞑想の儀式において『至る』ことを目指される境地。
この領域に達すると、世界はねばついたように動きが遅くなり、ただその中で己の意識・認識だけが平時の速度を保つ。
(すべてが、遅い)
コヤネから見る
上半身をはだけさせながら剣を振るう、
美少年がもろ肌をさらすその姿には、コヤネをして直視できない美しさと淫靡さがあった。
だが、今は、そう感じている己をどこか遠くに置き、もっと無感動で無感情なものが心の中にある。
(すべてが、弱い)
動き出した千尋の剣が、いつの間にかコヤネの振るう大長巻を目指している。
自分の武器が相手の切っ先に吸い込まれるように振るわれるのは奇妙な感覚だった。だが、今の認識能力で見れば改めてわかる。弱い。本当に弱い。欠片ほども神力がない。異様なのは手にしたうっすらと桜色に染まる刀だけで、千尋そのものには恐れるべき要素などどこにもなかった。
長巻が、千尋の刀に当たる。
間違いなくこのまま、刀ごと両断できる軌道だった。
だというのに、引き伸ばされた感覚の中で、コヤネは、奇妙なものを見た。
真横に向けて薙ぎ払っている己の長巻の軌道が、勝手に逸れていく。
(わたくしは、勝つ)
だが、今の神力が充溢し、余計なことを考えずただ一心に刃を振るえる状態ならば、どうにでもできる。だって相手は弱いから。相手は遅いから。神力こそが、この世界が『女性優位』というゆるぎない法則を備えている証拠。これがない男は、どうあがいても、女には勝てない。女からは何も奪えない。ただ奪われるだけの弱者。それが、男。この世界が定めた、『弱い男』だ。
(負けるわけがない)
なのに。
長巻が逸らされて、地面に叩き落とされる。
あと一寸さえも必要とせず千尋に入るはずだった刃が真下へ落とされ、地面に向かう。
刃を逸らされたことで、コヤネの
(わたくしは、圧倒的に、強い。目の前の者が、本当は女であったとして──
粘度を帯びた時間の中。
ゆっくりと周囲が流れ、己の思考だけが平時の速度を保ったままの世界で……
千尋の刃が、突き出され、迫ってくる。
(わたくしが敗北するわけがない。わたくしは、まだ、何も手にしていない。わたくしが欲する『天女教』は、まだ天女のもとにある。欲したものは、なんだって手に入れてきた。どのような手段を使っても手に入れてきた。それに、最後にはわたくしが武力で勝利すればいいだけの状況に持ち込めたならば、敗北しない。わたくしは、強い。天女に──初代天女に匹敵するほどに、強い。男なんかに負けるなどと、そのようなこと、ありえない)
崩れた体は戻らない。
思考は平時の速度を保っている。
だが、体はねばついた時間の中でゆったりと動いている。
そもそも速い。
そもそも強い。
だから、ここからでも回避できる。ここから、無理やりに長巻を持ち上げて千尋を殺すことだって、できる。
できるはずだ。絶対に。できないわけがない。絶対に。
だって、自分は強い女で、千尋は弱い男だから。
だから、ゆっくりと、突き出された刃が、目に迫ってくるのを見て、
ただ一つの抵抗を、コヤネは、できた。
「──ありえない」
たった一言。
末期に、それだけを言う。
……その程度の『最後の抵抗』の果て……
青田コヤネは、貫かれて、絶命した。
残身は身に着いた習慣である。たとえ頭を貫かれても、首を飛ばされたって、最後に一太刀入れてくる者はいるのだ。命が懸かった戦いの高揚というのは、『死』を一瞬、忘却させるほどの力がある。そういう相手に痛手を被ったことも、一度や二度ではなくあった。
その経験がさせる『残身』。
もはや、コヤネには『最後に一矢報いる』ことさえできない。
コヤネの体が地面に倒れる。
血だまりが、ゆっくりと、土の上に広がっていく。
千尋はまだ構えたままコヤネを見て、周囲の天女教軍へと意識を巡らせ続けていたが……
血振り。
それから、左手を鞘に当て、右手の剣をだらりと垂らした状態で、周囲に、宣言する。
「大将首、討ち取ったり!」
その声は高らかに響き──
軍勢の最後の士気を、叩き折った。
兵力四千対十未満。
勝利したのは──
十未満の、