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第124話 尋常なる勝負を

 宗田そうだ千尋ちひろは問いかける。


「では、ここからどうする?」


 ただでさえ、周囲は混乱している。


『男と戦ってしまったこと』『男がもろ肌をさらしてそこにいること』、なおかつ『男に手も足も出ず翻弄されたこと』などが、天女教軍の心を千々に乱していた。

 その中で、『では、ここからどうする』。


 ……意味がわからない者が大多数であった。

 意味がわからないので、考える。

 考えると、話を聞く姿勢になる。


 大勢を相手に話をする時には、まず、こちらへの集中力を高めてやらねばならない。

 その第一手に、千尋は成功した。


 成功すると同時に、実感した。


(『男』とは、ここまでのものなのか)


 十和田とわだ雄一郎ゆういちろうを連れて歩いていた賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんの時の経験で、男というのがすさまじい存在なのは実感していたつもりであった。


 だが、今──


 軍勢に対して問いかけた時の感触で、さらに深く実感する。


 この世界の女は、本能的に、『男の言葉』を聞いて理解しようとする。

 男の言葉を無視する、という選択肢がないのだ。

 男というだけで、この世界では、話を聞いてもらえる。

 これは……


(恐ろしいことよなぁ)


 他者に何かを訴える時に、まず踏み越えねばならない『こちらの言葉に興味を持ってもらう』という段階を、『男だから』というだけで楽々通過することができるのだ。

 利用しない手はない。


女ども・・・に問う。そなたらは天野あまのの里を襲い、俺はこれに抵抗する立場だ。ゆえに、これまで争っていた。そうだな?」


 前提のすり合わせ。

 異論や勘違いはない。そういう勘違いがありえないことをことさら言葉に出して同意を得る。


「そして俺は剣を持ってそなたらと斬り結び、ここまで来た。つまるところ、そなたらを倒す意思がある、ということだ」


 そこで女たちの中から奇妙な叫びや悲鳴があがったのは、予想できたことではあったが、想定よりも過剰な反応であった。

 女たち、特に『自分が正しい行いをしていると思っている、宗教組織の軍隊』に属する女たちにとって、『男に刃を向けた』というのは、突き付けられると狂乱するぐらいの罪深いことであったらしい。


 千尋は苦笑する。


「なるほどなるほど、叫ぶほど罪深きことか。……で、あれば、どうする? このまま黙って──俺に首を差し出すか?」


 動揺が走った。

 千尋は、嘲るように鼻を鳴らす。


「戦いの最中だ。敵の前で抵抗をやめるというのは、そういうことであろう。それとも、そなたらは、この俺が、いかにも男らしく・・・・、そなたらに、『天野の里を襲うのをやめてください』と弱々しく可憐に『お願い』でもするかと思ったか? あのなァ、そういう手段をとろうと思うなら、最初からやっておるよ」


 千尋は、刀の切っ先を、居並ぶ天女教軍へ向けた。


「これは『戦い』であり、そなたらは、俺の『敵』として立った。で、あればだ。性別が判明した程度で武器を下ろすな。それは、この俺に対する侮辱である。唾棄すべき怯懦であり、一生軽蔑しても足らぬ卑怯な振る舞いである。まぁ、つまり」


 目を閉じ、息を吐く。


 まだ、天女教軍は困惑している。


 千尋が言いたいことが、まだわからない。


 理解の範疇にないのだ。想像の中にないのだ。

 まさか。


 まさか、神力もない、弱い、しかも現在、圧倒的少数勢力の側に立つ男が──


「戦いを続けよう。侮辱の意思なくば、怯懦であることを否定するならば、卑怯とそしられることを避けんとするならば──」


 まさか。


「──全員まとめて、かかってこい」


 ──自分たちを『激励』し、『挑発』している、などと。

 この状況で、『男であること』を盾にするのではなく、『男であるとわかった程度で戦いをやめるな』などと、言ってくる、なんて。


 多くの女にとって、想像の外すぎた。


 つい笑ってしまうような狂態である。

 だが、笑いだす者がいなかったのは、それまでのコヤネとの戦いがあったからであり、コヤネが追い詰められていた事実、そもそもにして集団を掘り進んだ千尋の強さを知っていたからであり……


 細い体。弱い筋。乏しい力。

 無力で小さい、男の子。


 その剣を持った姿が、確かに巨大だったからである。


 けれど、まだまだ、『戸惑い』が強い。

 そうは言うけれど。巨大には見えるけれど。強いことは知っているけれど。

 男だ。


 男とは、守るべきものだ。

 神力がないから、一人では生活さえもできない弱者だ。


 それと戦うことを、これまで天女教の教えの中で生きてきた女どもは、まだ恐れている。


 多くの女は、だから、動けない。

 が……


「……あの者は」


 千尋の、『戦え』という言葉に乗らなければならない者がいる。


 青田あおたコヤネ。


 男と戦い、敗北しそうになった事実を消し去りたい者である。


「あの者は、我ら天女教に弓引いた者。不可思議な術により、神力を感じさせず、我らを追い詰めた者。この世にいてはならぬ者、ですわ」


 青田コヤネの視点で語れば、ここで千尋をどうにか亡き者にせねば、己の計画どころか人生が終わる。

 いわゆる社会的制裁である。


 そして制裁を受けないためにどうすればいいかと言えば、それは、『目撃者すべてを共犯に仕立て上げて、男と戦った事実を闇に葬る』という方法をとるしかない。


 その流れは千尋が自分から作ってくれたのだ。これに乗らない手はない。

 ……さらに言えば、コヤネは『男に敗北しかけた』ことで自己喪失アイデンティティ・クライシスに陥っている。

 ここで千尋を倒さねば、人生が終わるのだ。


 だから・・・千尋はそういう流れを作ったのだ。

 青田コヤネが乗るしかないと理解して。


 この流れを作れば──


 コヤネが全力で、何をおいても、自分を殺そうとしてくれると。

 全身全霊をかけて、なんとしてもこの場で自分を殺さなければならない、不倶戴天の『敵』となってくれると思って、そうした。


 だから千尋は笑う。


「改めて名乗ろう。姓を宗田。名を千尋。とある滅びた村の出であり──まぁ、天女教には一応、恨みを抱くのも無理はない立場ではある。加えて言えば、天野の里には一宿一飯どころではなく世話になっている身。ゆえに。……義によって、そなたを倒す」


「……存在の許されぬ妖魔に名乗る名などありません。あなたは、処理する。この世にいてはならぬモノゆえ」


「そうかそうか。それもいい。では、俺の側からだけ誓願しよう。いざ。尋常に──」


 剣を大上段に振り上げる。


 コヤネが取り落とした大長巻『龍吼りゅうこう』を持ち、その切っ先が真後ろを向くほど振りかぶる。


 静か、だった。


 周囲の者たちはいまだに困惑している。いまだに己の行動を決めかねている。

 そのあいだに、コヤネが殺意を発し、千尋が構えてしまった。


 ここに居並ぶ者ども、戦いの訓練を積み、立ち合いの機微を察する者ども。

 だから動けない。だから邪魔が入らない。ほんのわずかな言葉、動きが、コヤネと千尋を動かしてしまう。互いに互いの命を目指した刃を振らせてしまうとわかるから、動けない。


 ……だから。


 きっかけは、千尋自身が作る。


「──勝負!」


 男が踏み込む。


 コヤネが強烈な一撃を繰り出す。


 互いに互いの身命、人生、信念、それから欲望のこもった攻撃が放たれ、そして──

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