ハスバ──
実のところ、天女教には以前から『強さ』という評価軸があった。そういった基準で評価される中で、『敬虔にして実直、実直にして強壮』と称された若き俊英こそがハスバ。当時の天使候補でもあった人物である。
だが、前天女が加齢からその地位を譲ることになり、新しい、若い天女の御代となった。
すると新天女は『女は強く、男は弱く』という方針を強く打ち出し、女は『強さ』が最優先、品格だの信仰心だのが問われないばかりか、その強さを見るために殺し合いの御前試合など開くようにさえなっていく。
一方で男は『弱く』──もともと
この極端な
(男性に仕えることこそ、すべての女の歓びであるべきだ。だというのに、今の天女教は、男性を足蹴にし、踏み台にし、自由に使える資源か何かのように扱っている……)
粗略、というわけではない。
だが自由を許さなくなった。この男が少ない世の中であっても、人口の多い都などには『
ハスバは、こう考える。
(男性に唯一の
ようするに、このハスバの怒り、願望、思想。それを簡単に述べると、こうなる。
結婚願望の強い女騎士思想である。
男性という主人に唯一無二の従者として仕え、その忠誠と働きをもって男性から唯一無二のパートナーとして認められることを何よりの幸せと思い、憧れる。
ゆえにこそ『唯一無二』という状況を許さず、男性を一括管理し全部手元に置こうとする今の天女教が許せない。だって、それは、自分の理想とする『幸せな結婚生活』を否定する行いだから──と、こういうわけであった。
そういった思想を下敷きにしているので……
現状。
百花繚乱内で、『宝』を巡って、
そのそばで、男性である
これは、ハスバの中では、こうなっている。
(ようやく、男性に私の強さ、信仰心……格好良さを見ていただく機会が来た!)
これより始まる一対一の尋常なる勝負。
それは彼女にとって、婚活であった。
(男性は物ではない! 男性に認められ、男性から男性自身の意思で愛を注がれ、唯一無二の伴侶たると思われることこそが女の最上の幸福だ! 男性を一括管理し自由を認めず閉じ込めておこうだなどというのは、己の力で男性に魅力を伝えることのできない女どもの弱さの発露にしかすぎん。……サグメ、私は違うぞ。私は男性を閉じ込め、自由を奪うなどしなくとも──男性の意思で、選ばれることができる!)
当然ながらこの世界、男女比が偏っているので、ほとんどの女は独身である。
独身であるというか、それ以前である。男性と手をつなぐことも会話することもなく生きて、そのまま死んでいく女も非常に多い。
一応人口減少をどうにかするための『男の貸し出し』もあるといえばあるが、それはかなり領主の裁量によるし、そもそも、『貸し出し』では『自然に出会って、自然に愛を育んで、なんらかの想像もつかない素敵なあれこれがあって、結婚し、子供を産み、ともに生きていく』というキラキラした理想を求めて渇いている心は潤わないのだ。
ゆえにハスバ、戦闘準備を終え、雄一郎に熱視線を送る。
(雄一郎様、見ていてください。私が、あなたを救ってみせます!)
ちなみに雄一郎の方はあくびなどしており、ハスバの視線に気づいてもいない。
「あー、ところで、決着などはどうする?」
そこでようやくハスバは戦う相手へ視線を向けた。
(……こちらもこちらでかわいらしいな。というか……これで女なのか?)
あまりにも神力を感じない。
体も細くて小さいし、顔立ちも幼さ特有の中性感なのか、男の子のよう……というか、そんじょそこらの男よりかなりかわいい。
(これを全力で斬り伏せるのは、少しためらうな)
弱い獲物ということでみんなして『雄一郎にいいところを見せたいから戦う!』とはしゃいでしまったが、こんな男の子みたいな女を全力で叩きのめすというのも、気が引ける。
大体にして、男性が見ているのだ。あまり暴力的すぎても引かれてしまうだろう。
そこでハスバは提案した。
「先に相手の刃が体に触れた方の負け、としよう」
「なんだ、血を流すどころか痛みさえない決着か。……まァ、そうだな、まだまだ中盤だ。今後に逆転の目を残す意味でも、被害は少ない方がいい、か。いいだろう、それでやってやろう」
「あなたの『女』としての配慮に感謝する」
ハスバは、こう解釈した。
(なるほど、雄一郎様に我々が罠として仕掛けた『宝』が奪われるのはしのびないから、敗北することで宝を返却してくれる、というわけか。……女としての責務もわからん者かと思いきや、気遣いはできるらしい)
もちろん、
(向こうは人数がいるようだが、どう見ても一番の手練れであるハスバを、ここで斬り捨ててしまうのは、
ハスバは勝ちを確信している。
千尋も勝ちを確信している。
こうしてお互いが致命的にすれ違ったまま、『宝』を巡る尋常なる立ち合いが始まった。