「真面目に宝を探せや!!!!!」
まだまだ『宝物遊戯』は開幕も開幕。未だ多くの女たちが宝を探すべきフェイズである。
だというのに十子が歩くと『おうおう姉ちゃん、カワイイ子連れてんじゃねぇか』と絡まれる。あれから五回も絡まれた。
十子は当然まだ宝を持っていないし、仕掛けてくる連中も別に宝を持っていないしで、『真面目にやれ』と言いたくなる十子の気持ちもわかろうというものである。
一方、
それは『サグメが荒くれを放って
「恐らくな、連中は早くも暇になってしまったので、やることがないから目についた十子殿に絡んでいるというわけだ」
「あぁ!? 暇ァ!? 宝物遊戯は始まったばっかじゃねぇか!?」
「そうだな。始まって、ちょっと探して、なかったので、あきらめた」
「忍耐力を父親の玉ん中に落としてきたのか!?」
「いやぁ、こう言うのもなんだが、一攫千金を狙うような博徒の多くはそんなものだぞ? ちょっとでも面倒そうな状況になったらすぐに諦めて、暇つぶしを始める。ちょうどいい暇つぶしの相手が、『男を侍らせたいけ好かない女』というわけだ」
「こっちは暇じゃねぇんだよ! 巻き込むな!」
「そう言って通じる連中でもなし。……まァ、しかし、そろそろ、そういう連中は脱落であろうな」
「脱落なんて決まりはねぇぞ」
「十子殿に絡んだように、他の連中の邪魔をするならば、真面目にやっている連中に『排除』される」
「……」
「まぁ、諦めて暇つぶしを始めた博徒の中に手練れがいれば、また話も変わってくるが……恐らくは、おらんな。何せ、腕っぷし自慢ならば必勝法がある」
「『終着点で待ち伏せ』か」
「うむ。ゆえに、ここから先、仕掛けてくるような連中は、『真面目に宝探しをしている』ということになる。つまりは、こちらが宝を得るまでは無害であろうが……」
そう話しながらのんびり進む千尋たちの目の前に、ぽつんと置かれている物があった。
『宝』である。
それは千尋の小さな掌の上にもすっぽり収まって握りこめるぐらいの大きさの球であり、真っ白い石めいた素材のそれに『宝』という文字が彫り込まれ、墨で黒く着色されているので、見間違いようもなくすぐに宝だとわかる。
つまり千尋たちは、ようやく一つ目の宝を発見したわけだが……
降ってわいた幸運──と述べるには、場所が不自然だった。
ここは賭博船・
千尋たちがここに来たのは、出足が遅れたためにかなり遅い。何番煎じかもわからない到着であり、当然、多くの女たちが甲板に出るためにここを通ったものと思われた。
だというのに、そんな通路の真ん中にぽつんと『宝』が置かれている。
(前後に真っ直ぐ伸びた通路。今、俺たちがいる場所は四つ辻だが、『宝』を拾おうと進めば、横に逃げ道がなくなる。なるほど、挟撃に適した場所だなあ)
というよりも、千尋たちが今まさに通り過ぎようとしている左右の辻から、人の気配がするのだ。
明らかに罠である。
(進めば、拾う、拾わないにかかわらず袋叩きにされるであろう。かといって今から来た道を引き返してやるのもつまらんな)
罠に気付いたが千尋は前進することにした。
その決定とほぼ同時、
果たして千尋たちが『宝』のところまで来ると、背後から足音がして、通り過ぎた横道から大勢が姿を現した。
前からも気配が接近している。なんらかの手段で連絡をとったか、千尋並みの気配感知能力を持つ者がいるのだろう。
千尋はとりあえず、背後の気配へと振り返った。
「ずいぶんと大勢いるのだなぁ。そこにいるだけで十人、前からは五人といったところか? なぁ──ハスバ殿」
そこにいたのは、赤毛の巫女であった。
露出が多いほどセンスがいい、といった価値観うずまくウズメ大陸。立ち姿から見て人に見せたいような体をしているのがうかがえるというのに、それでも露出を抑えたお固そうな恰好をした女こそ、ハスバであった。
なんでも天女教の現在の姿に物申す! という目的でこの宝物遊戯に参加し、雄一郎の身柄を確保することが目的らしい、『天女様のすぐ下には男性がおり、その男性の下に女がいるので、女は男性に仕えるべきだ』という思想の女。
そいつが、背負った盾のような刀──異形刀を左手に装着しながら、声をかけてくる。
「現在の天女教の在り方に疑問を抱いている志士は、多いということだ」
キリリとした声である。
だが、その目がさっきから雄一郎に吸い寄せられている。
(……色気のある女に視線を吸い寄せられる童貞男といった風情よな)
キリリとした表情は必死に作っているものであろう。
どうにもハスバ、男に飢えている感がすごい──というか、この船で戦う連中、今のところそんなんばっかりだ。
あるいはこの大陸の女の正常な姿こそが
ともあれハスバは手練れの一人ではある。
状況は人数差も含めて絶体絶命、というところだ。
ゆえに千尋は舌なめずりをする。
この世界に生まれてからこれまで、きっちりと指揮された集団を相手に立ち回ることは……なくもなかったが、『門を守る』とか『傷つけないようにさらおうとする』ではなく、『倒し、奪う』といった目的で攻撃を仕掛けてくる集団との戦いは初めてである。
勝ち筋は細い。千尋が好むのは『強敵との一対一』ではある。
だが、こういう戦いも──
(──嫌いではない)
臨戦の気概は、とうに整っている。
だがここで、意外な人物が口を開いた。
雄一郎である。
「なんだお前ら!? この『宝』は僕が見つけたんだぞ!? まさか、僕から『宝』を奪う気か!?」
ここで女ども、ハスバも含めて一様にひるんだ。
千尋は一瞬、わけがわからなかったが……
(……なるほど、『男の前で格好悪いことはできない』のか)
連中は男である雄一郎を崇める思想の集団である。
その雄一郎に嫌われたり、見限られたりするような行為はかなり抵抗があるのだろう。
今しがた拾った『宝』は、わざとらしすぎるぐらいわざとらしい罠であった。つまり、もともと、ハスバらの持ち物なのであろうが……
(本当に『雄一郎が寄越せと言って、もらう』という『必勝法』が成るのか……?)
そういう雰囲気であった。
雄一郎、畳みかけるように口を回す。
「だいたい、たった三人をそんなに多くの集団で囲んで、お前たちは恥というものがないのか!? なんだ、どかどかと足音もうるさく出てきて! 宝一つを横取りするのに、そんな人数で徒党を組まねばならないだなんて、本当に見下げ果てた卑怯者どもだな!」
「う、あ、いや、その……」
(かわいそうになってきた)
雄一郎に言われて、見るからに相手集団が怯んでいる。
中には泣きそうな顔になっている女までいた。
この世界において『男にその精神性を卑怯だとなじられること』は、どうにも、剣で突かれるよりよほど女の心に痛手を与えるらしい。
それが事実無根の罵倒ではなく、実際に宝を囮に罠を仕掛けて集団で取り囲むという、卑怯なこと(千尋からすれば兵法だが、そのあたりに理解を示さない者からすれば紛れもなく卑怯な行為である)をしている最中だと、言い返すこともできない。
もうこのまま雄一郎に任せていれば押し切れそうな雰囲気である。
というか向こうの持っている宝まで差し出させることさえできそうな、そういう様子であった。
だがここで集団の頭目であろうハスバ、「いや!」と大きな声を張り上げる。
「い、一騎打ちを所望する! 我らの持つ宝と、その宝を賭けて、一騎打ちだ!」
(賭け代が両方向こうの持ち出しとは、なんともはや……)
千尋は憐れみを覚えた。
ハスバはこれ以上雄一郎に何かを言われる前に決めてしまえ、という様子で言葉を続ける。
「決してこれは卑怯な計略ではない! 我々は、そう、えっと、なんだろう……そう! ともに戦う志士を募るべく、実力を互いに見せ合う場をこうして用意したのだ! そうだろう、お前たち!」
周囲の女たちに呼びかけると、女たちが口々に「そうだ!」「その通り!」「卑怯なわけじゃないです!」と同意を示す。
雄一郎はいぶかしげな顔をしているが、千尋は女たちの様子があまりにも憐れに思えたので、助け舟を出してやることにした。
「では代表者を出して勝負といこうか」
「うむ! そうだな! ご理解感謝する!」
「こちらは俺が行こう。そちらは?」
「私が行くとも! いいだろう!?」
と、ハスバは言うのだが、ここでハスバ陣営でひと悶着があった。
というのも、千尋、いかにも男の子みたいに弱そうに見える。
これを相手に一騎打ちをして『雄一郎に恰好いいところを見せたい』と思う女が多かったようで、そいつらが我も我もと名乗りを挙げたのだ。
ハスバが怒鳴りつけるもまったく通じず、追加で現れた女どもさえ巻き込んで代表者選考会が行われることとなった。
その選考会、まさかこれから一騎打ちをするのに身内で戦うわけにもいかないということで
その様子を見て、千尋は苦笑するしかない。
(これが『男』か……)
ほんの二言三言話すだけで、同じ思想で集まった女の集団を一瞬で瓦解させかけた。
千尋はついつい、雄一郎を見てしまう。
雄一郎は、
「手際の悪い連中だなあ。これだから女は……」
自分のしたことにあまり自覚はないようで、げんなりした顔でため息をついていたのだった。