目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第56話 宝物遊戯・二戦目

『宝物遊戯』の最中の船内は騒然としていた。

 誰もが『きっと、開始地点から遠い場所に宝が隠されているのだろう』と思うらしく、開始地点付近からは一瞬でほとんどの人がいなくなったのだが、それ以外の場所ではまさに『現在、イベント中!』という感じの人数がいた。


「こいつは、出遅れたかなあ」


 宗田そうだ千尋ちひろは、船内の様子を見つつのんびりとつぶやいていた。


 千尋らは十和田とわだ雄一郎ゆういちろうという男を連れている。

 なので、スタートダッシュで駆けていく女たちに巻き込まれて轢かれてもたまらないから、出足を遅くせざるを得なかったのだ。


 また、単純に速度的な意味で追いつけないというのもある。

 千尋は不可思議な歩法によって普通の女が普通に走るのと同じぐらいの速度を出せるが、技術もなく、もちろん神力しんりきもない男である雄一郎はそうはいかない。彼を置いて行くというのもしのびないため、彼に合わせた速度では出遅れるのは仕方のないことだった。


「とはいえ──『終着点』の決まった催しだ。いざとなればそこで待ち構えて、来る者から宝を奪えばいい」

「そう考えるのがあたしらだけじゃねぇのは確実だがな」


 十子とおこの言葉に、千尋は笑う。


「まったくもってまわりくどいことよなぁ。そうならば、最初から斬り合わせればいいものを」


 現在の天女教はどうにも『強い女』を求めている様子なので、わざとそういう決まりにしているのだろう。

 宝を探させ、集めさせるところまでは運があればある程度は誰でもできる。だが、真に『景品』──『男を含む賭け代』を得る資格があるのは、強き者、ということなのだろう。


 とはいえ、この形式はこの形式で、ただの斬り合いでは見られない強さを見られるとも思う。

 宝物遊戯は『軍』の戦いである。

 一対一の斬り合いでは見られない指揮官適性、あるいは対軍適性・・・・が見られるという利点もあった。

 対軍適性──『個人で軍にどの程度応じられるかの適性』とはいかにも馬鹿げた表現ではあるものの、神力なる妖魔鬼神の力が存在するこの世界においては、実際に、『軍を相手取ることのできる個人』というのも存在するのだろう。


 さて、このあたりは複数の賭場が立っている区画であったはずだが、今はすべての賭場が閉ざされている。

 博打の場として点在する複数の卓には人がおらず、そこで壺振り師ディーラーをしていた女どもは、周辺警備にあたっているようだ。


 それもそうだろう。女どもがところかまわずあちこちを血眼になって『宝』を探しているのだ。この状況で平常通り博打などできるはずもない。

 つまりこの『宝物遊戯』、実質的には全員参加、ということになるのだろう。


 千尋たちが女どもからやや離れたところで場を観察していると、五人組程度の一団が接近してくるのが見えた。

 宝を探しにこちらまで歩いてきているというよりは、明らかに千尋を──否、十子を見て、ニヤニヤした笑いなど浮かべている。


「十子殿、客人のようだぞ」

「……お前と雄一郎がいるからなぁ。ある程度覚悟はしてたよ」


 ようするに、『美しい男を侍らせている女、気に入らない』という連中なのであろう。


 千尋も女を名乗っているが、どうにもこの容姿、『男のように美しい』というものに分類されるらしい。

 恰好は巫女なのだが、遊郭ゆうかく領地に『男装女優』という概念があり、それなりに客をとれているように、女であろうが男っぽくてかわいいなら、なんとなく侍らせたいという女は一定数いるようである。


 つまり『綺麗どころ』を二人も連れた十子は嫉妬の対象なのであった。


「よぉよぉ姉ちゃん、両手に花たぁうらやましいねぇ。あやかりたいねぇ」


 十子はため息をついた。


「そういう前口上はいいから、『気に入らないからぶん殴る』ぐらいまで簡略化してくれねぇか?」

「そういうことだ。そこのカワイ子ちゃん二人を置いて行くんなら、ケガしねぇように済ませてやるぜ。かっこ悪いところ、見せたくないだろぉ?」

「あいにくと、ボコボコにされるより、置いて逃げる方が恰好悪いっていう価値観なもんでな。それから……」

「あぁ?」

「五人で来るなら、あたしも容赦しねぇぞ」


 瞬間、十子の右腕が燃え上がった。


 千尋は目を輝かせる。


(神力による炎か。しかし、『腕一本を包む炎』というのは見たことがなかったな)


 この世界には神力があり、神力を使うことによって、種火を熾したり、清浄な水を出したりといったことができる。

 だが多くの者ができるのはそこまで・・・・なのだ。生活に役立つ、肉体をある程度強化する、そこまでであり、『炎を飛ばして矢玉にする』や『相手を凍り付かせる』などの攻撃転用可能な現象を起こせる者は限られている。


 しかし天野あまの十子岩斬いわきり、当代随一の刀鍛冶。

 刀鍛冶の暗黙の了解として、『炉に入れる火は己の神力で出す』といった作法があるようで、十子もまたそうしていた。


 千尋は刀の鍛造については詳しくないが、頑強な鋼を加工するためには強力な炎を燃え上がらせ、炉を熱くしないといけないのはわかる。

 十子岩斬の神力の炎はそれを可能にする強力なものであり、刀を打つという作業が精緻な温度の制御を必要とするものだと思えば、恐らく温度もある程度自在にできるのだろう。


 単純に神力が強いだけではそこまでのことはできない。強い神力、それを肉体強化ではないことに使う才能、さらにはその才能を活かすための技術を脈々と続けていた里で教育を受けていること──

 すなわち、十子がした『右腕を炎で包む』という神力は、見た者を怯ませるぐらいの高等技術にして、強力な攻撃手段なのである。


 相手側からすれば、『素手だと思っていた相手が急に短筒ピストルを抜いた』というような状況。

 だが、銃口が自分たちに向こうが吐いた唾は飲めないというのが、この世界の女、特に徒党を組んで『よぉ姉ちゃん、かわい子ちゃんを連れてるじゃねぇか』などと人に絡む、ヤカラどもの生態である。


「舐めんじゃねぇ! こっちは五人だぞ! 五人に勝てるわけないだろ!? おう、お嬢様方、やっちまえ!」


 ヤカラども、棍棒だのひじり柄の刀(拵えがない刀)だのを手に手に、十子を包囲するように囲み始める。


 千尋は一応、申し出た。


「手伝うか?」


 十子は鼻で笑った。


「いらねぇ」


 その返事は女の沽券プライドがまろび出させたものではあろう。


 だが、千尋の見立てでも、確かに『いらない』。


 十子のしたことはよほど恐ろしい技法だったようで、五人組の女ども、腰が引けている。

 まともな精神状態できちんと囲んで攻めかかれば、十子一人わけなく降すであろう。そもそもにして、普通の女は、五人もの女をばったばったとなぎ倒すなんていう真似はできない。まして十子は武術を修めているわけでもなければ、運動が得意というわけでもない。

 何せ、ずっと引きこもって刀を打ってばかりいたのだ。重労働ゆえ肉体は引き締まっているものの、戦いというのは引き締まった体だけでどうにかできるものではない。


 だが、今の十子は負けない。

 相手が呑まれているからだ。


(ケンカはハッタリというのを、十子殿は教えられずとも知っているのだなあ。いや、先刻のは雄一郎の手柄であったが)


 このハッタリに騙されず彼我の実力差をきちんと測る目こそ、武人に必要なものである。

 だが五人組、武人ではないらしい。


 十子が一歩進むと、包囲が一歩引き下がる。

 十子が燃え盛る腕をぐるんと回すと、それだけでまた包囲がゆるむ。


(勝負あったな)


「う、うおおおおおおおおお!」


 これ以上引き下がっては敵に、何より味方に舐められると思ったのだろう。声をかけてきた、この五人組の頭目らしき女が、声をあげながら斬りかかってくる。

 すっかり緊張と恐怖で体が固くなっている上、機が合った・・・・・ゆえではなく、仲間たちに侮られないためという理由での攻撃である。

 当然ながら十子はこれを落ち着いて回避する。こういった状況で相手がとってくる行動はほぼ『大上段からの振り下ろし』であるので、先ほど一回同じことをされていた十子、早くも対処法を覚えいたらしい。


 振り下ろされた刀をかわしながら、燃え上がる右手で女の腹を殴った。


 ずどん、という音がする。


(大筒のごとき音よなあ)


 素晴らしい威力である。


 その炎はどうにも燃え移ることなく、ただただ純粋に膂力だけを増していたらしい。

 殴られた女がうめき、崩れ落ちていく。

 素人の打撃ゆえに一撃で意識を刈り取ることは適わなかった。だが、うめき、膝をつき、腹を押さえながら涎などこぼし悶絶する様子は、下手に意識を獲るよりも、女どもに恐怖を与えていたらしい。


 十子、相手の気を見るのがうまい。


 ぐるんと燃える腕を回し、


「で、次はどいつだ?」


 その一声が決着である。

 五人いた女ども、頭目と思しき一人を残して雲の子を散らすように逃げていく。


 十子は取り残された女の頭をぶん殴って意識を奪ったあと、腕の炎をひっこめて千尋たちに向き直った。

 その十子が声を発するより早く、千尋が言う。


「素晴らしい。十子殿、そなたは剣客としての才覚もありそうだ」

「……いやあ、ぶん殴っただけだぞ?」

「簡単にあっけなくついたように見える決着ほど、その背後には無数の技術や才覚があるものだ。集団を相手に一撃で勝負を決するというのは、兵法としても上の上よ」

「……なんだかなぁ。褒められるのには慣れねぇや」


 照れくさそうではあったが、『悪い気分ではない』という様子である。

 千尋は十子の手を握って、熱心に見つめ、言った。


「十子殿、剣術をやってみないか?」

「あ、いや、お前、その手、手を握るんじゃねぇよ。だめだろ、若い男がそんな簡単に、女の手を握ったら」

「素晴らしい才能だ。それに、この手、鍛冶師をやっていただけあって、手の皮がきちんとできている。俺もそこそこ剣は振っているはずなのだが、なかなか、この手ができなくてなぁ。なぜか柔らかいままだ」

「お、おう……」

「この手に、この体に、あの『気』と『機』を読む目があれば、ほんの少しの鍛錬ですぐさま一廉ひとかどの剣客になれよう。技術は俺が教えるゆえ、どうだ、やってみぬか」


 十子が目を泳がせ、何かを呻く。

 千尋は十子の返事を待つあいだ、じっと彼女の顔を見上げ続ける。


 そこに、


「僕がやる!」


 雄一郎、二人のつながった手を外すように、わざわざしゃがみこんで立ち上がりながら、割り込んだ。


「僕がやる! 僕が剣術をやる! なんだ千尋、そんな女のことばかり褒めて! 僕だって剣術をやらせてみたら、すぐに一廉の剣客だぞ!?」

「いやぁ……俺は剣については嘘をつけんのでなんとも言い難い」

「なんでだよ!? 僕だって戦ったら強いかもしれないだろ!?」


 ところが戦わなくても人の強さというのは、歩き方、重心、呼吸、立ち振る舞いなどでだいたいわかる。

 前世では弟子も多かった千尋だ。数多の剣客、剣客を志す若者などを見てきた経験が言っている。『雄一郎、弱い』と。


 しかし弱いと見えた者が鍛錬のうちにどんどん才覚を開花させる例もまったくないとは言えないので、曖昧なうめきになってしまう。

 結果、千尋はこう言うしかなかった。


「……まぁ、二人ともやってみたらいい」

「ああ! ……そんな女より、僕の方が才能あるってことを見せてやる」


 という具合になぜか雄一郎ににらまれる十子である。


「…………釈然としねぇなぁ!」


 なんか流れで剣術やらされることになったところまで、釈然としない。

 雄一郎と相性は悪いなあという気持ちがどんどん積み上がっていく十子であった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?