目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第55話 宝物遊戯・一戦目

 宝物遊戯──


 目玉商品は『男性』十和田とわだ雄一郎ゆういちろう

 その他にも、『十子とおこ岩斬いわきりの異形刀』や『遊郭ゆうかく領地紙園かみその人気店招待券』などがある。


 彼女──


 彼女の目的は、異形刀であった。

 しかし、彼女は見つけてしまったのだ。


(あの男の子・・・、間違いない……! 夢の中に出てきた、あの子だ!)


 彼女。

 以前、天野あまのの里に十子岩斬の刀を求めて向かったことがある。


 しかし金がなかったので買えず、そもそも天野の里は『刀を注文されて卸す場所』であるので『買う』ための窓口が基本的には存在しないということも知らず、里にいる鍛冶師に認めてもらって『あなたの刀を打たせてください』という展開にもならずというわけで、岩斬の刀どころか、それ以外の鍛冶師の刀さえも手に入れることができなかった。


 そこで途中にある宿屋でヤケ酒など飲んでいたところ……

 呑みすぎて、その宿屋の女将とケンカになりかけた。


 ……彼女の記憶がはっきりしているのは、そこまでである。

 あとはなんだか、記憶があいまいだ。しかし、夢を見ていた気がする。絶世の美少年となぜか斬り合うことになり、脳天にいいのをもらって気絶するという、幸せなんだか不幸せなんだかよくわからない夢である。


 ちなみに彼女、十子と千尋が旅を始めたあたりで巡り合った酔っ払いである。

 千尋ちひろに『一晩中お酌をしてもらう』と迫った女だ。


 特にゆえなく『強い武器が欲しい!』という動機で天野の里に刀を求めて向かった彼女、当然ながらこの賭博船への乗船券をなけなしの金を出して買った目的も、異形刀であった。


 だが遊戯が始まった途端、あの日、夢で見た超絶カワイイ男の子の姿が見えたため、もう異形刀とかどうでもよい気持ちになっている。


(夢で見た男の子が現実にいて、あたいらは運命の出会いを果たす……!)


 いわゆる『夢逢引ゆめあいびき』と呼ばれるウズメ大陸特有の乙女信仰である。

 白馬の王子様幻想とか、前世で結ばれた恋人同士とか、そういうたぐいの与太話、『こじらせた乙女が理想とする、男性との出会い方』の一種であった。


 この夢逢引で出てきた男性ともし現実に出会ったら、それは運命の出会いであり、経過は省くが幸せ家族計画、という感じの乙女幻想である。

 なので運命の相手に出会ったつもりの女、とにかく千尋の方へ猛進する。


 そして千尋、当然ながらそばに十子と雄一郎がいる。


 なのでこの女、千尋の眼前に出るなり、こんなことを口走った。


「誰よその女!?」


 千尋らの視線は当然ながら『お前が誰だよ』というものである。

 が、ここで千尋、「あ」と声を発する。この女のことを思い出したのだ。


「おぬし、確か天野の里近くの……」

「ねぇ! そんなことより、その女は誰!? あんたは、あたいの恋人でしょう!?」

「いや違うが……なんだ、また酔っておるのか?」

「今日は珍しく素面だけど!?」

「珍しいのか……」


 千尋一同困惑顔であった。


 完全に千尋たちを勢いで呑むことに成功した女、ここで攻撃を仕掛ければ優位に立つことができたのだが、そうはしない。

 その視線が千尋から雄一郎に動き、「男!?」と叫ぶ。

 そして最後に十子の方へ動き、こんなことを口走った。


「二人も男を侍らせてるの!?」


 十子、『そういえばそういう状況とも言えるか……』と思ってしまい、「あーそのー」としどろもどろな対応になる。

 女、この対応を受けて、目をカッと開く。


「この……色ボケ女がァ……!」

「い、色ボケじゃねぇよ!」

「かわいい男の子を二人も侍らせて『色ボケじゃねぇ』!? 恵まれた者がよ……許せるわけねぇよなぁ……?」


 女、抜刀。

 千尋からある程度認められる剣客である。使っている刀は長さ、幅ともに特筆するほどのものではないが、その構えはなかなか堂に入っている。


 目は血走り呼吸は荒いものの、それでもピタリと体が中段正眼の構えをとっている。よほどの修練を積んだことがうかがえた。


「勝負しろォ! あたいは……すべての恵まれない女たちのために、オメェを倒す使命があるんだァ!」


 十子以外見えないという様子であった。


 しかしここで戦う理由は一切ないのも事実である。

 そういうのもあって、千尋は『どうする?』と目で十子に問いかけた。


 十子は──


「……まぁ、ここでお前にやってもらうってもの、恰好がつかねぇよなぁ」


 金槌を手にする。

 どうやら自分でやる気らしい。


 そういうわけで、千尋は大人しく引き下がった。

 この世界の女は丈夫とはいえ、相手は真剣を抜いているし、峰を向ける様子もない。

 一歩間違えば死ぬ可能性はもちろんあるだろう。だが、それでも『やる』と決意した者の邪魔をしないのが千尋である。


 女と十子、互いに四歩ほどの距離で見つめ合う。


 奇妙に静かであった。

 ここは『宝物遊戯』の開始場所にほど近い位置。すでに女たちは船内の方々に散っており、この場所には他に人の気配はない。


 邪魔をする者は誰もいない中、鍛冶師が金槌を振り上げ、呼応するように、女が剣を冗談に構える。

 シンと空気が張りつめて、遠方から聞こえてくる女たちの声がやけに耳に響くようであった。


 何かの『きっかけ』があれば、互いに全力で手にした武器を振り下ろすであろう静けさの中……


「なぁ、そんなやつ放っておいて先に行こうぜ!」


 退けぬ戦いなど素知らぬ雄一郎ゆういちろう、台無しにするような一言を発する。


 その一言がきっかけとなった。


「人生で一度も男と会話したことのない女の恨みを喰らえェェェイ!!!」


 女が踏み込む。


「あーあ」


 千尋がつぶやく。


 十子、先に動き出した女の、恨み骨髄すぎて雑かつ直線的な剣を横に半歩動くだけでかわし、横合いから女のこめかみに金槌を打ち付けた。


「……モテ……たい……」


 何かを言いながら女がその場に崩れ落ちていく。

 千尋、顎を撫でてコメントをする。


「憎悪に呑まれて動きが雑であったなぁ。きちんと戦えばそれなりにいい剣客ではある。しかし、あれだけ雑ならば子供でも剣に当たるまいよ。素人の十子殿が勝利したのは、まさに相手を『気で呑んだ』結果、というところか。雄一郎、いい支援であった」

「え? ああ、そ、そうだろ!? 僕の計算通りだな! はははははは!」


 雄一郎が笑い、千尋が『すごいぞ』と接待する。

 その横で勝利した十子、叫ぶ。


「なんか釈然としねぇ勝利だなぁ!」


 ともあれ、十子──

 人生で初めての、真剣を抜いた相手との戦いを制することに成功した。


 宝物遊戯、これが……

『一回目』の戦いである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?