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第54話 宝物遊戯・開会式

「さぁサ、みなさん、お立ち合い! これより──『宝物遊戯』が開始となります!」


 例の兎耳の髪飾りをつけた女が、壇上で叫んでいる。


 ここが『宝物遊戯』の開始地点。

 位置的には賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらんの中央あたりになるだろうか。

 物のない広い空間である。扉などで仕切られてはいないものの、ちょうど円形の空間があり、その中央には円の台がある。

 普段は、というか先ほどまでも、あの台の上で女が踊ったり、あるいは手品などの見世物をしていたらしい。いわゆる催事場イベントスペースというやつだ。


 その台に今は兎耳の髪飾りをつけた女と……


「では、百花繚乱船長のサグメ様より、みなさまにご挨拶を!」


 そこにいるだけで場の者たちの姿勢を正させる女、石動いするぎサグメがいた。


 サグメは丁寧な所作で一礼する。

 それだけで、先ほどまで熱狂に湧いていた空間フロアが、咳払いするにも緊張するような静寂に包まれていく。


 完全に静かになるのを見計らい、サグメが声を発した。

 大きくはないが、よく通る静かな声である。


「……宝物遊戯の内容はすでにみなさまご承知の通り。『船内に隠された宝を集める』『集めた宝を終了地点に持っていく』『所持している宝の数に応じた景品との交換ができる』というものです。なお、現在、この場所にいない方は参加不可能とさせていただきますので、陰で動いてこの時間に宝を探すなどの不正は働けぬものとお考えください。当方らは、誰でも勝利することのできる、平等な賭場の運営を心掛けてございますので」


 それを聞いて、宗田そうだ千尋ちひろはついつい笑ってしまう。


(いや、おためごかしも堂々と言いきられると、奇妙な説得力が出るものよなァ)


 サグメのあいさつが続く。

 すでに既知の内容であったり、あとは中身のない空虚な話であったりといった言葉が並んだ。

 この時間に船内に『宝』を隠しているのだろう。ある程度、間をもたせる必要があるようだ。


 サグメの説明が長引くと、静寂もゆるく・・・なってくる。

 お陰で小さな声で相談をするぐらいはできるようになった。


 十子とおこが、話しかけて来る。


「……やっぱり船長のサグメは、腹に一物ありそうだな」

「まァ、俺たちに雄一郎ゆういちろうを押し付けた時の主張が真実であれば、雄一郎を勝たせぬようには仕掛けてくるであろうよ。あの女にとって、男は、女に管理されねば生きていけない弱者である必要がありそうだからなぁ」

「あの言い回しはそういう意味だよなぁ」

「十子殿は他に気になる相手はいるか?」

「ハスバが絶対に厄介だ。こうしてる間にも、仲間に宝を探させてるだろうよ。人数がいるんならな」


 現在、この場にいない者は『宝物遊戯』に参加できない。ゆえにこれは平等な賭場である──とサグメは主張した。

 しかし、この場にいない者は『宝を持って終了地点に行っても宝を獲得できない』だけであり、宝の位置をあらかじめ捜索したうえで、『参加資格のある仲間』へ知らせることはできる。

 それを禁じている様子もない。


「それに、どうにも俺たちはハスバの機嫌も損ねたらしいからなァ。私怨による妨害もしてくるやもしれんぞ?」

「……あとさあ、なんか、雄一郎をとるって話してたろ。その雄一郎があたしらに同行してる状態は、もしかしたら『面白くない』と思われるかもな」

「いやはや、妨害しそうな理由が今挙げたものだとすると、すべてが逆恨みめいているのがどうにもこうにも」

「でもそういう逆恨みしそうな気がしてならねぇんだ」

「わかるぞ。さっぱりしているように見えるが、あれは己の思い通りにならぬものを許せぬ性質たちよ」

「おんなじように、雄一郎との話を見てた連中にも絡まれそうだな……」

「面白くなってきた」

「……お前ならそう言うだろうなとは思ってたよ」


 十子ががっくりと肩を落としてため息をつく。

 千尋は「ふむ」とサグメの方を見て声を漏らし、


「……いわゆる『戦い』を禁じる様子が本当にないのだな」

「まぁ、基本、なんでもアリ・・・・・・みてぇだな。むしろ『宝を獲得する手段』に『他参加者からの奪取』とか言い出してるぜ」

「このちまたの女は、本当に丈夫だからな。……とはいえ、殺害を許すような具合でもなし」

「そりゃまぁ、遊びだからな。ある程度の暴力沙汰は仕方ないにしても、殺しはな……」

「その『ある程度の暴力沙汰』で男は死にそうなものだが」

「雄一郎にゃあ、誰も手を出さねぇはずだ。男が弱いのは全員知ってるからな。だが……『女』は別だぜ」

「わかっている。俺は気をつけるべき、なのだな」

「……だからさぁ、嬉しそうな顔をするんじゃねえよ」


 十子がさっきからずっと微妙な表情をしている。


 サグメの話はまだ続くようだ。


 千尋が、「それと」と言葉を続けた。


「博徒の沈丁花じんちょうげ、あれも厄介そうだ」

「……サグメはまぁ、『権力』がある上に『支配人』だ。ハスバの方は、『人数』がいるんだろう。だが、沈丁花は今んとこ『博徒』だぞ。博打は強そうだが、この『宝物遊戯』はそういう感じの博打じゃねぇだろ? サグメ、ハスバに並べるほどか?」

「いやァ、俺の勘だとな、一番厄介なのはああいう手合いだぞ? ……楽しくなってきたなァ」

「……あたしの異形刀回収に付き合わせてる身だからな。楽しんでくれるなら気が楽だよ」

「十子殿もだいぶこなれて・・・・来たではないか」

「慣れなきゃやってられねえからよ」


 十子が遠い目をした。


 ちょうどその時、サグメのそばに兎耳の髪飾りをつけた船員が来て、何かを耳打ちする。

 準備が整ったらしい。


「千尋」


 と、呼びかけたのは、雄一郎だ。

 彼は何やらにこにことしており、その顔には『褒めて』と書いてあるようであった。


 一体何をしたのかと首をかしげる千尋に、雄一郎は言い放つ。


「サグメの言葉を聞いて、この『宝物遊戯』について理解したぞ」

「そうか。よくできたではないか」

「ああ。この僕に任せておけ。この勝負には……必勝法がある」

「ほう、拝聴しよう」

「宝を得た女に命令して、宝を差し出させればいい!」

「そうか。まあ一応やってみるといい」

「ああ! 任せろ!」


 横で十子がすごく微妙な顔をしている。

 その『宝』を集めれば雄一郎が自分のものになるのだから、雄一郎の『命令』を聞くようなものほど宝を渡さない。

 というか普通に考えてそれで宝が手に入るわけがない。


「……大丈夫か?」

「まぁ成功すれば儲けものではある」

「失敗したら?」


 千尋が笑い、腰の刀の柄に手を乗せた。


 かくして──


「それでは、宝物遊戯を開始いたします」


 ──思想を、信条を、あるいは己の身柄を賭けた賭場が、開いた。

 丁半が、張られる。

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