「お前たちが『どうしても』と頼み込むから手伝ってやるが、僕の足を引っ張るなよ」
どうやらそういう話になっているようだった。
(さて、サグメ殿がそのように話したのか、それとも、
どちらの可能性もまぁまぁありそうだ。
もっとも、どちらにせよ真実とは違うが。
男性である。
男が希少なこの世界において、男は蝶よ花よと『姫のごとく』世話され、育てられる。
そういう環境がこういった人格を育むんだ──とは、雄一郎と合流するためにここまで歩いて来る道中、
(育つ環境が人格を形成するというのも、どうにもなぁ。無関係ではなかろうが)
生まれつき『強さ』に執着し、殺し合いをこそ好んだ千尋としては、少しばかり、違和感を覚える理屈であった。
千尋は別に殺し合いの英才教育を受けたわけでも、人殺しの血を引いているわけでもない。
両親は農民であり、剣を握ったのは浪人くずれの野盗に村が襲われた時であり、剣術の師匠もものぐさな人であまり殺し合いに熱心ではなかった。──まあ、熱心でないだけで、強かったけれど。
ともあれ『ひりつくような命のやりとり』を好むようになるには無理のある出自・生育環境であった自覚があるので、『生まれや環境が人格を形成する』というのは、『そういう場合も、なくはないのだろうけれど……』と、どうにも据わりが悪い受け取り方になってしまう。
千尋は人格形成に必要なものが何かはわからず、道徳という概念も知らない。
だが、『今のままでいけない人』が、『今のまま』でなくなるために必要なものならば、わかる。
『目標』だ。
良くも悪くも、人を変えるのは成功体験だ。特に、変わりたいという意思のない手合いを変えようと思うならば、変えたい方向で調子に乗れるように誘導してやればいい。
(まぁ、恣意的にすぎるが……この状態のままでは、
ということで、
「足手まといはどう考えてもそちらであろうに」
「……あぁ?」
「おい、千尋!?」
まさかこの厄介そうな『男』にくってかかるとは思っていなかったのだろう。十子が驚いた声を出した。
しかし千尋、片手を突き出して十子の介入を遮断し、言葉を続ける。
「まぁ、何か一つでもできることがあるならば、それでいいが……果たして、お前に何ができるのか、疑問だな」
「ぼ、僕は『男』だぞ!?」
「ふむ、それで?」
「……天女に愛されてるんだ! 運命が僕を導くに決まってる!」
「そうか。運命に導かれているのか」
「そうだ!」
「では、これからお前が積み上げるあらゆる『成功』は、すべて天女のお陰で、お前の努力も実力も無関係だな?」
「…………いや、それは」
「天女に愛されていることが唯一の『実力』であるならば、そうとしかならんぞ。お前自身はお前を『自由を求める志士』などと言っていたようだが……実力で自由を求めようという気概がありつつ、誇るのは『性別』だけか」
「ち、違う! 僕には……」
「では、何ができる?」
そこで雄一郎は押し黙ってしまった。
うつむいて、暗い顔で何かをぶつぶつつぶやいている。
明瞭に聞き取れないが、『違う、僕は、そうじゃない』などというような、意味のない否定を重ねているだけのようで……
そのうち、
「う、うあ、う、うううう……!」
泣き始めた。
景品展示場である。
周囲にはそろそろ『宝物遊戯』開始ということで、女どもが最後の品定めに訪れているところだ。
周囲の女たち、男を泣かせた千尋へ注目する。
その注目は、一瞬あとには『男性を傷つけた女』に対する怒りや侮蔑と変わるだろう。
だが、その前に千尋が場の機先を制す。
「
「!?」
泣き始めの相手に唐突に大声を浴びせかけ驚かせ、頭を真っ白にする。
それから、優しく語り掛ける。
「いいではないか、何もできなくとも」
「……え?」
「まずは『できない』と認めることだ。これがな、できる者と、できない者がいる。できない者は、一生、何もできないまま終わる。できる者は……可能性をつかみ取ることができる」
「……」
「お前はどちらだ、十和田雄一郎。お前の中で、『男』とは、どういう存在だ?」
「お、男は……男は、女に世話されるだけの、弱者じゃない……! ぼ、僕は、天女教の中で怠惰に腐っていくあの連中とは別だ……僕は、自由をつかみ取る!」
「いい気概ではないか! では、認められるな?」
「ああ。僕は……今はまだ、何もできない。……でも、この『宝物遊戯』で自分を勝ち取って、きちんと証明するんだ。僕は、僕が思う、『男』だっていうことを!」
「そうだな。お前が『気概を持った男』ならば、我らは喜んで手を貸そう。ともにこの宝物遊戯を勝ち抜こうではないか」
「ああ! ……お前、女のくせに見どころあるな。やっぱ、男なんじゃないか?」
千尋は何も答えず、にっこりと微笑んだ。
それは、男であろうが、女であろうが、つい見惚れるような笑顔であった……
が、十子が背後から一連の会話を聞き、ぶるりと震えて、一言つぶやく。
「…………あいつ、ただの剣術馬鹿じゃねぇわ。もっと怖い何かだ」
技術的に人にやる気を出させる会話運びを横から聞いていると、そのあまりに恣意的に人を動かすのに恐ろしさを覚えるものである。
だが、
(……危険な男だ。マジで)
ただの剣術馬鹿だと思っていた千尋が見せた、別な意味で危ない面に、十子は奇妙な魅力を覚えてしまってもいた。
宗田千尋、危険な男であった。