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第42話 剣後の処理

 遊郭ゆうかく領地『紙園かみその』がその後に呑み込んだうねり・・・は、この領地始まって以来のものであっただろう。


 支配人殺害に端を発する、領主──元領主酒匂さかわに対する不満の高まり。

 これを抑えるべく、金色こんじきその一党・・・・は領主屋敷へ突撃。酒匂子飼いの手練れを倒し、酒匂を切腹に追い込んだ。


 選挙で領主を決めるこの土地が、力により領主を変えたのである。


 クーデターであった。

 ……しかし、そのクーデターによる混乱はごくごく小さかったと言える。抵抗・反発する酒匂派の者たちを、金色は根気強く説得した。

 また、酒匂派中核の者たちにも酒匂と同様の処罰を望む味方をも、金色は粘り強く説得し、その矛を納めさせた。


 そうして酒匂という最大の敵がいなくなった状態で、金色はどうにか、選挙を予定通りに行わせるところまで調整し……


 あくまでも暴力により奪ったという形を避け、選挙という『これまで紙園がやってきたのと同じやり方』によって、新領主となったのだ。


 そして……



「すっかりここまで待たせちまったね」


 ある程度混乱が片付いたところで、金色はようやく、ゆっくりと腰を下ろして話をする時間を確保することができた。


 場所は──

 遊郭領地紙園、領主屋敷『紙園かみその大華たいか』。


 その最上階にある部屋は未だ前領主酒匂の使っていた調度品が残っている。

 故人、それも自分たちが打ち倒した者の遺品に囲まれているというのは金色としては微妙な気持ちになるものの、入れ替える時間もなかったため、今はこれで我慢している、というところだ。


 その場所、かつて酒匂が使っていたテーブルに着くのは、新領主金色。

 そして……


 宗田そうだ千尋ちひろと、天野あまの十子とおこ岩斬いわきり


 金色と酒匂の対決の際に『武力』として立ったこの二人は、今の今まで金色の手伝いとして、事後処理などの手伝いをしていた。

 とはいえ、金色陣営には優秀な者が多い。この二人がしたことはといえば、『あの夜籠やかごを倒したんだぞ』という紹介をされて突っ立っているだけであり……

 ようするに、『武力による徹底抗戦』をあらかじめいさめるための置物、という程度のことであった。


 ……それはとりもなおさず、酒匂派の『武力』たちの中で、夜籠の存在が大きかったことを意味するのだが。


「……恨まれ役を引き受けてくれたこと、本当に、感謝するよ。夜籠は……ずいぶん、慕われてたみたいだね。実力も、人柄も……ハン。あの不愛想がねぇ。……本当に、あたしは、夜籠のことなんにも知らなかったみたいだよ」


「何、斬ったのが俺というのは事実だ。それに、最初から言っていた通り、俺は俺の理由で夜籠を斬った。あなたのためにやったというわけではない。ゆえに、夜籠を慕う者からの恨みを俺が受けるのは、必定であろう」


「……ねぇ、千尋」


 金色は長い息を吐いて、


「アンタ、男の子だろ」

「……」

「ああ、どうこうしようってぇ話じゃない。恩人の秘密を利用するほど腐っちゃいないさ。あたしが言いたいのはさ……アンタの天分は、どう考えても、剣客にはないってぇことなんだよ。夜籠を殺した。こいつは凄まじいことさ。凄まじい──奇跡としか思えない、ことなんだよ」

「……ふむ」

「剣客をやっていくってことはさ、今回みたいな奇跡を積み上げていくってぇことだろ? ……アンタなら、男装女優……いや、この遊郭に数少ない『本物の男』として客をとって、充分に幸福になれる。もしアンタが望むなら、天女教はあたしがどうにか──」

「いや」

「……」

「心遣いだけ、ありがたく」

「……そう、かい。そうだねぇ。……向いてることと、望んでることが、同じとは限らない。それに……アンタに、ここで客をとってほしい、その方が幸せだっていうのは──あたしが勝手に夢見た、アンタの姿にしかすぎない、か」


 金色のため息は、あまりにも長かった。


 しばらく、彼女は目を閉じていた。

 その顔は、ここ数日だけで、十歳も二十歳も老けたようにも見える。


「夜籠の使っていた『虎鶫とらつぐみ』、アンタにお返しするよ、十子岩斬殿」


 金色が視線を向けた先には、白いテーブルクロスが敷かれた、長方形の机がある。

 その上には綺麗に清められた虎鶫が、とぐろを巻く蛇のように置かれていた。


「これが目的だったんだろう?」


 金色の問いかけに、十子は「ああ……」と気まずそうにつぶやき、


「その……いいのか? なんつうかさ……形見、だろ?」

「夜籠を殺した連中がそれを言うのかい」

「……」

「いやいや。ここは怒っておくれよ。間違いなく、ひどい逆恨みなんだからさ。……ああ、逆恨みさ。そもそも、夜籠は満足して逝ったんだろう。顔を見りゃあわかったよ。……あの不愛想がさ、微笑んで逝ったんだ。満足に決まってらあね」

「……」

「けど、あたしは、結局、『もやもや』を晴らす機会を永遠に失った。だから、まあ、少しばっかり、恨んじまうのは、勘弁しておくれよ」

「ああ、それは、まあ」

「でもね、アンタらがあたしにしてくれたこと……千尋が、あたしの命を守ってくれたこと。滅びる寸前だったこの紙園を守ってくれたこと。これをすっかり忘れてアンタらをなじるほど、人間が終わっちゃいないつもりだよ。だからどうか、お礼を受け取っておくれよ。返しても返しても返し切れない恩さ。けどね、だからって何もしないのは、女がすたる」


「『女がすたる』かァ」


 千尋がつぶやく。

 すると、金色と十子の注目が集まった。


 つい、口からこぼれてしまったという程度の言葉で注目を集めた千尋は、一瞬、居心地悪そうに「ああ、いや」とつぶやいた。

 だが、意を決したように、言葉を続ける。


「『女がすたる』というのはまァ、意味はわかるが、なじめん言葉と思ったのよ。……『すたる』というのはなぁ、どうにもなぁ」

「なんだい、どういうことだい?」


 金色の言葉は素直に意味がわからず、疑問を呈す響きだった。

 千尋はだから考えて、言葉を組み上げる。


「『すたる』というのは、恥に思うとか、名が汚れるとか、そういった意味の言葉であろう?」

「……まぁ、そこまで深く考えちゃいないけど、そうだね」

「その言葉には『他人の目』が付きまとっているように感じられてなァ。俺などは、他人の目より、己の信義がどうかというのばかり気にしてしまう。ゆえに、どうにも、『すたる』という言葉にはなじめんなと、そう思ったのだ」

「……」

「ああ、もちろん、言葉尻を捉えて批判したいということではないぞ。ただ、なんとなく、なじめんなと思った。求められたので言語化したが、言語化してみたら、思ったより批判的になってしまった。気に障ったのなら謝罪しよう」

「いや」


 金色は首を横に振り、笑った。


「アンタの言う通りかもね。……この紙園じゃあ、他人の目がすべてで、自分の信義がどうこう、こだわりがどうこう……正義がどう、倫理がどう、そんなモンは、クソより価値がない。だから、あたしも『もとる』より『すたる』のを恥だと思った。けどね……」

「……」

「自分に正直に、他人の理解なんか求めず、誰に酷評されても折れずに貫き通せるモンを……もしかしたら、夜籠は見つけたのかもしれないね。……そいつはきっと、領主になるほど男装女優として愛されるより、よっぽど……心を救うこと、なのかも。そう思ってさ」

「……そうか」

「あたしの方のもやもやは晴れなかった。でも、ま、今の話を聞いて、少なくとも夜籠が幸せで、納得して死んで行けたんじゃないかって、そう思えたよ。……ありがとうね、千尋」

「いや。礼には及ばん。俺は夜籠の魂や金色殿の心を慰撫しようと頭をひねったわけではないのだ」

「だからいいんだよ。だから、アンタの言葉にゃあ、真実が宿るんだ。そいつは、自分を偽って生きてるヤツには宿らない力だよ」


 金色は笑った。

 力のない笑みではあった。しかし、満足げな笑顔でもあった。


「お礼をさせておくれ。もちろん、言葉とこの頭だけじゃあない。紙園を救った功労者に、きちんと価値のある謝礼──まあ、金と情報さね」

「そのようなものは」


 千尋がそこで辞するようにつぶやく。

 しかし、


「受け取っておこうぜ。いつ終わるかもわからねぇ旅だ。先立つモンは必要だし、情報はもっと必要だ」


 十子がそう述べる。

 と、旅の支払いや情報などを十子に任せている千尋は、それ以上反対できない。


(財布の紐を握っている女というのは、剣とは違った力が言葉に宿るものよな)


 苦笑する。


 金色は、承諾を得たと思い、語る。


「十子岩斬の異形刀、そいつがありそうな場所に心当たりがある」

「……そこは?」

「ここから北西、ウズメ大陸最大の湖、泰山木たいざんぼく湖……その湖上に浮かぶ、大賭博領地・・・・・──水上に浮かぶ天女教直営の賭博船・百花繚乱ひゃっかりょうらん。そこで近々、デカい賭けが始まるらしい。十子岩斬の異形刀ともくりゃあ、まず間違いなく景品として出されているだろうよ」


 ──かくして、目的地が定まる。


 湖上に浮かぶ、天女教の船。

 そこが、次の戦いの舞台になりそうだった。

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