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第35話 秘密の集会

酒匂さかわなんていう、あんな、なよなよした男っぽいヤツになんか、この街を好きにさせてたまるか!」


 金色こんじきは声をかけ、『決起』のために人を集めている。


 千尋ちひろには『二日』と期限を切った。これはもちろん千尋が待ちきれないだろうからあまり時間をかけないという宣言でもある。

 だがそれ以上に、領主酒匂は優秀──否、何かの恐怖症めいた神経質さがある。もちろん領主であるから情報収集能力も高いが、それ以上に、直感としか思えない鋭さで、自分に反する集会の気配を察するなんていうことも、できるようにしか思われなかった。


 そういう『直感』としか思われないタイミングでこういう集会を妨害されたことも、一度や二度ではない。

 ゆえにこそ、速度が肝要。

 即座に集まり、即座に決意し、即座に決行する。


 しかし支配人たちを集めその下につく店員たちに行動させるとなると、『今集まって今から』というわけにもいかない。

 そこで経験などから判断した、『酒匂が妨害できず、こちらが準備できるぎりぎりの期間』が、『二日』なのであった。


「金色、あたしらはアンタを支持する! アンタの女らしい傷面に、度胸、本当に大したモンだ! あたしらの領地を治めるのは、アンタみたいなヤツがふさわしい!」


 金色は、顔についた傷ゆえに、男装女優としてはかなり苦労をした。

 男の子は傷一つない美しい顔をしているものである。男の子に傷がつく状況が想定されにくいこの世界において、『傷がある』というのは、かなり不利なのだ。


 だが、そこから苦労を重ね一つの店の支配人にまで上り詰めてみると、逆に顔の傷が『女らしくて頼りがいがある』と扱われ、支配人たちの票を集める結果になっているのは、なんとも皮肉というか、微妙に腑に落ちない話である。


 が、利用できるものは、利用する。


 金色は酒匂の搾取体制──重いあがり・・・を課したり、用心棒を没収してすべて街の、すなわち領主直属の兵にしたり、自分に逆らう者を見せしめにしたりといったものを打ち倒し、もっと自由に、もっと大勢にチャンスのある『紙園かみその』を実現したいと考えている。


 だが、彼女個人の欲求はと言えば……


夜籠やかご、もうじきだ。もうじきアンタを解放してやれる)


 自分のことを助けた幼馴染を自由にしてやりたいというものであった。


 これは、自分を助けてくれた夜籠に惚れたから、などという話ではない。


 ……たとえば自分と夜籠が、将来を誓い合った恋人のような関係で、幼いころからずっと仲良くしていた大事な人同士であった──などということならば、ここまで思い悩まなかっただろう。

 だが、金色にとって、夜籠とは『たくさんいる同窓生の一人』でしかなかった。


 その『大勢の中の一人』が、自分のために命を懸けた。


 だからこそ、動く。

 それは義ではなく、恩返しでさえなかった。


(……そうだ、もやもや・・・・だよ。アンタはあたしのために人生を棒に振る理由なんかなかった。でも、あたしのために命を懸けた。借りっぱなしは気持ち悪い。それが命の借りなら、返さなきゃ女がすたるってモンよ。返して、互いの貸し借りをすっかりチャラにしたら、聞いてやるんだ。アンタが何を思って、あたしを助けたのかってね)


 その気持ち悪さが、根っからの『女』である金色の行動原理であったようにも思う。


 ……迷いは、よくも悪くもふっきれていた。

 夜籠に何を言っていいかわからない。何を聞いていいかもわからない──そう思い悩んで、切り出し方を思いつけなくて、気付けばグダグダグダグダ、男の腐ったのみたいに悩み続けてきたけれど……


(千尋みたいな子が、あんだけの度胸を見せたんだ。あたしだって、度胸を見せなきゃいけない。千尋は……天女様があたしに遣わした『お告げ』だったのかもねぇ)


 だから、行動する。


 その急な心変わりは女らしさマッチョイズムとして、金色を支持する多くの人の心にも火をつけた。

 これまで過激な手段を嫌っていた金色が決断したことにより、金色の支持派閥は今までにない盛り上がりを見せる結果になっている。


 だが……


 金色らが密談のために使っていた、とある遊郭ゆうかくの一室。

 そこにドタドタという足音が近付いてきて、ふすまが勢いよく開かれる。


「姐さんがた! 大変です! 領主の手勢が!」

「なんだって!?」


 叫び声をあげたのは、この場所を提供してくれている支配人であった。


「どうして今日の今日決まった会合の場所がバレてんだい!?」


 集った女どもがざわめく。

 裏切者……という言葉が誰かから発せられると、奇妙などよめきを残したまま、部屋がシンとする。


 だが……


「今はそんなこと言ってる場合じゃあないだろう!? 金色を逃がすんだよ!」


 この店の支配人が言うと、慌てて女どもが立ち上がる。

 金色は、この店の支配人に問いかけた。


「アンタはどうすんだい!?」

「はっ、ここはあたしの店だよ! いいから行きな! なぁに、酒匂だって何も、殺そうたあ、しないはずさ。生きてる限り、アンタを応援してやる! だからここは任せなよ!」


 確かにこれまでの酒匂は、自分に反抗的な支配人たちの秘密の集会を妨害しても、しばらくの営業停止処分ぐらいしかしなかった。


 そこが『気まぐれな酒匂も、なんだかんだこの領地を潰すつもりではない』という根拠にもなっていたぐらいだが……


 金色は、奇妙なざわめきを覚えた。


 しかし、


「ぐずぐずすんじゃないよ! 早くしな!」


 この店の支配人に急かされ、慌てて店を出る。

 すでに意思の伝達は終わっている。日取りの確認も終わっていた。だからあとは、『決行』の時を待つだけ。


 ゆえに、この店の支配人は、こう言った。


「この街をとる日に、また会おうじゃあないか!」


 それで、別れた。



 ……それが、彼女の最後の言葉となった。



 翌明朝、出勤後──

 金色が無事に逃れたあと、店で、このような報せをされることになる。


「こ、金色の姐さん……その、穂村ほむらの姐さんが……」


 それは、金色が決起を促す会合で店を貸してくれた支配人の名前である。


 その支配人が──


「……店を焼かれて、はりつけにされて、晒されました」


 金色はしばらく、話されたことを理解できなかった。


 ……街が、変わる。

 何がきっかけなのか、それとも、きっかけなど、何もないのか──


 領主酒匂が一線を超えた。


 ゆえに、街は変わるのだ。色と快楽のこの街が、血の色に、変わっていく。

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