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第33話 外様

 起きて早々『領主屋敷に乗り込むことになった。なんだか大きな範囲を巻き込んで』と聞かされた天野あまの十子とおこの反応は、このようなものだった。


「また突っ込むのか!? っていうか、なんで最初からやらねェんだよ!?」


 これは『最初から突撃! 領主屋敷! をやれば話が早かったんだからそうしろ』ということ、ではない・・・・


『せっかくここまで穏当な手段で領主屋敷を目指してたので安心していたのに、急に強硬策に継ぐ強硬策をとられると心臓に悪いから、どうせやるなら最初っからやっててくれた方が、まだしも心労が少なく済んだのに!』という嘆きである。


 しかしそんなふうに言われた宗田そうだ千尋ちひろ、十子の一言の裏にある葛藤を読み取れるほど人間との会話が得意ではない。

 なので答えはこうなる。


「いやァ、理由もないのに街の法をいたずらにゆるがせにするのは、いかんだろう」

「そういう話じゃねぇんだよ!」


 理由があったら法をないがしろにしていいみたいな価値観が見えてしまい、十子は頭を抱える。


 遊郭ゆうかく領地『紙園かみその』、第二くるわ内側、金色こんじきが支配人を勤める『星屑ほしくず』である。


 その奥にある御休憩用の個室に十子と千尋はおり、そこがこれから『決起』までの彼女らの根城となる予定であった。


 意味深に布団が一枚敷かれた、ムーディな明度の部屋である。

 ここに千尋といる事実は十子の青い部分を大変に刺激するのだが、会話をしていくとみるみる『こいつ、本当に……!』という気持ちがあって、青い気持ちでいるどころではなくなる。

 助かると思えばいいのか、いい加減にしろと思えばいいのか。


 十子は色々な言葉を呑み込むように息を止めてから、大きく吐き出す。


「……ま、いいよ。あたしも……金色さんと、夜籠やかごっていうヤツの関係には興味がある。できたら金色さんには手を貸してやりてぇと思ってんだよ」

「ほぉ?」


 千尋にとって意外な発言である。


 十子は殺人刀ばかりを打つ刀鍛冶である。

 とはいえそれは、彼女が殺しの魅力に狂ったせいではない。何やら千尋にはすべてをうかがえぬ因縁が乖離かいりとの間にあり、その因縁を断つための刀を求めて……といった理由からであるようだ。


 すなわち十子が殺人刀を打つ理由は『贖罪』に近い。

 彼女はどうしようもなく常識人であり、不要な争いやトラブルを嫌う性格でもあった。


 ゆえに千尋、十子には『変なことに首を突っ込むんじゃねぇ!』と怒られるかと思っていたのだが……

 金色を助けたい、と彼女は言う。

 この遊郭領地の領主選挙をとりまく問題の複雑さ、大変さをまったく理解していないわけでもなかろうに。


 千尋は十子が乗り気な理由について、このように考察した。


「十子殿、もしや金色殿に惚れたのか」

「バァァァァァカがよ!!! なんでそうなる!?」

「いや、この遊郭領地に限らず、このちまたでは女が女に、なんだったか、真剣ガチ恋? するのもそうおかしな話ではないのだろう?」

「女が女に惚れるのが普通か普通じゃないかなんて話はしてねぇんだよ! なんでいきなりあたしが金色さんに惚れてることになる!?」

「いや、助けようなどと十子殿らしからぬことを言うのでな」

「あたしが人助けをしようってのがそんなにおかしいか!?」

「まぁ、そうさな」

「歯にきぬ着せねぇなあおめぇはよぉ!」


 十子はひとしきり気を吐いて、またため息をつく。

 そして、疲れ果てたように語り始めた。


「まずな、止めても無駄だろ? 一度決意したお前を止めるのは無理だし、どういう倫理観で動いてるかもわかんねぇから、説得もできねぇ」

「いやあ、俺とて道理は気にするぞ」

「気にするだけだろうが」


 そう言われると二の句が継げない千尋である。

 確かに気にするが、気にするだけだ。


「……そんでもってな。金色さんと、夜籠、どうにも、因縁がある幼馴染同士みたいじゃねぇかよ」

「そうだな」

「……興味があるんだよ。行く末に。もしもあの二人がきっちり話し合ったら、溝が埋まって、なんだ、その……『やり直せる』のかって、な」


 天野十子と、乖離。

 十子が初めて打った刀を贈られた乖離は、人斬りになってしまった。

 それを十子は自分のせいだと思っている。自分の刀が、人を人斬りに目覚めさせるのではないかと、そう思っている様子なのだ。


 だが、もしも……


 色々な勘違いが自分たちの間にあって。

 もしも話し合うことができたなら、自分が心を痛めているあれこれが解消され、また昔のようにやり直せるとしたら、どんなにいいだろう?


(なるほど、言われてみれば、金色殿と夜籠との関係は、十子殿と乖離との関係にも似ているのか)


 細部は違う。というかまあ、全然違うと言ってしまってもいいぐらい、違うだろう。

 だが『ほぼ決別状態にある幼馴染同士』という一点のみ、共通してはいるのだ。


 この行く末を見守りたい、というのはすなわち……


うらないだな)


 自分の問題と他者の問題に勝手に共通点を見出して、他者の問題が良い結末を迎えられたなら、自分の問題もなんだかうまくいく──

 と、自分を慰めることができる。


 そういったものを信じる人は案外多い。

 千尋の前世でも、女子供のみならず、上り詰めた殿上人てんじょうびとまで、お参りに行くのを欠かさなかったり、決断に際して神の意みたいなものを聞いたりといった様子が見られた。


 そういった人たちは、確かに効果を実感するだけの『何か』を経験しているのかもしれない。

 が……


(俺にはわからん世界だな)


 千尋はそういったものを重要視したことがない。

 そんなものでいい結果が出ようが出まいが、殺し合いになったら目の前の者が急に剣を止めるわけでもなかろう。

 人の幸運も、人の不運も、天だの神だのの意思ではなく、人の縁と人の意思によってしか成らないもとの千尋は考えている。


 とはいえ、ここで十子に『いいか、そのようなことで十子殿自身の問題の行く末を測ることはできんぞ』などと説教めいたことを言おうとも思わない。

 人は信じていいものを信じていい。それで身を持ち崩さない限りは。


 千尋は話を戻すことにした。


「ともあれ、金色殿の準備待ちか。二日の待機をせよと言われたが、果たしてその二日、無事で済むのやら」


 相手は暗殺者を差し向けて来たような手合いだ。

 夜籠は失敗した。だが、もう一度夜籠をけしかけてくることも、他の暗殺者を差し向けてくることもあろう。


(二日でいったい、何をするつもりなのやら)


 とはいえ政治的なことはわからず、護衛をしようにも、金色にこの部屋で待機しておくように言われてしまっては、それを跳ね除けて──というのも、違うだろう。


 金色は明らかに、身の安全よりも優先すべき何かをしているのだ。


 邪魔するのは無粋。

 いきというやつを命より優先するかはもちろん人によるだろう。


 千尋は、優先する。

 粋を貫いて命を落とすならば、それは、本人が選んだ生き様。

 外様とざまがどうこう言えるものではない。


(……ま、俺は確かに、外様よなぁ)


 この問題に限らず。

 乖離と十子との問題に関しても、外様。


 だからこそ、千尋は笑う。


(弟のはくのことがあるから、外様とも言えぬはず。だというのに、俺の感覚はどうしようもなく自分を外様と思っている。いやはや……)


「……人斬りよなあ」


 人を斬れれば、理由など、他人のものでもいい。

 ……『理由』をつけようとするだけ、十子に言わせれば、『人斬り』よりマシな部類、なのだろうけれど。


「ああ?」


 呟きに反応した十子に、「いや」と応じる。


 千尋は、自分のどうしようもなさに、笑うしかなかった。

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