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第31話 打ち明け話

 宗田そうだ千尋ちひろ天野あまの十子とおこが連れていかれた先は、いかにも貧乏人が住んでいそうな長屋であった。


 がらがらと鍵のつけようもない引き戸を開いて中に入れば、内装だけ豪華──という意外性もなく、ちゃぶ台が一つあり、横に煎餅布団の敷かれた、六畳もない手狭な部屋であった。


「見ての通り狭い。適当に場所を探して座ってくれ」


 きびきびというか、ずかずかというか、淡々というか……

 どう表現していいかわからない、素早い、あまり人の困惑に興味がなさそうな様子で、夜籠やかごは布団など畳み始める。


 そうして畳の上にどっかりとあぐらをかくと、不思議そうに言うのだ。


「入っていいぞ?」


 未だ三和土たたきの上で困惑している千尋と十子への言葉である。


 十子、思わずといった様子で千尋に耳打ちする。


「……昨晩殺し合った相手だよな?」

「まあそうだが」


 千尋が困惑し立ち尽くしている理由はそこではないので、反応は鈍い。

 別に殺し合った相手と翌日、どころかその日のうちに茶を飲むなど、そう珍しいことでもない。少なくとも、千尋にとっては。


 彼の困惑の理由は、夜籠の生活の普通さであった。

 というのも、昨晩、金色こんじきの口から出た情報をもとに想像した『夜籠の生活』は、もっと虜囚のようで自由のないものであったからだ。


 実際、殺しの罪と、その罪により死罪になるところだったのを救われた恩によって、夜籠は領主──酒匂さかわに仕えているのだという。

 であるならばもっと監視があって、厳粛な暮らしぶりが想像された。

 だが実際には、そのような様子はない。


(……金色殿、どうにも、そなたの思惑……いや、理想・・と、夜籠の現実とは、かけ離れているやもしれんぞ)


 それはとりも直さず、金色が、夜籠の現状を詳しく知ることができないほどの交流不全であった、ということであり……


 千尋はますます、金色と夜籠に話をさせる必要性を強く感じていた。


 千尋と十子が、履物を脱いで部屋に上がる。

 瞬間、水を出したり、なにかしらの雑談を挟んだりといったことをせず、夜籠が話を始めた。


「金色から私の話を聞いて、昨夜のことの裏事情でも聞きに来たのかと思っているが、合っているか?」

「……剣は曲線的だが、話しぶりは直線的なやつよな」

「忙しい身でね。昨夜の失敗のこともあって、領主に詰められなければならない。互いに用件がありそうだし、話は早い方がいいだろう?」

「ほう? そちらにもあるのか」

「ああ。だがまずはそちらの話から聞こう。私は一言で済む」

「一言で済むならば先に話せばよかろうに……」

「あとでいい」


 独特なペースがあり、なおかつ頑固といった性質がうかがえる口調であった。

 さっきから表情は全然変わらないし、声にもさして抑揚がないものの、なんだかだいぶ愉快なヤツという印象になり始めている。


 十子も困惑したようで、その視線は『こいつ……コミュニケーション能力が……なんか……』みたいなことを言いたげであった。

 引きこもりに心配される夜籠である。


 ともあれ夜籠は自分の会話ペースを全然ゆずる気がなさそうなので、千尋が口を開くこととなった。


「そなたをな、金色殿と引き合わせ、少し話をさせてみようかというお節介焼きに来たのだ」

「……話? なぜ?」

「どうにも互いに誤解というか、不理解がある様子ゆえにな。一宿の恩義ということで、そこを橋渡ししようかと思ったのよ」

「てっきり、暗殺に行ったにもかかわらず殺す気がなかった事情でも語らされるのかと思っていたが」

「ああいや、そのあたりもきっと、金色殿に話すことになろう」

「巻き込まれた被害者として知りたいのではなく、私と金色に話をさせるのが理由の訪問だと?」

「そうだ。別に俺は裏事情を知りたいわけではない。そなたらのわだかまりの解消が目的だ」

「なぜ」

「一宿の恩義ゆえに」

「……? お前、変なやつだとよく言われないか?」

「十子殿にはよくそのような扱いを受ける」

「そうだろう」


 そして会話が止まった。

 用件は告げた千尋と、千尋が言葉を続けるのを待つ夜籠が同時に沈黙したからである。


 十子がしびれを切らす。


「オイ、お前ら! どっちも会話がヘタクソか!? 横で聞いててなんか、こう……言葉にならねぇズレがさっきからずっとあって気持ち悪いんだよ!」


「私は別に会話ヘタクソではないぞ」

「俺もそこまでではない。用件は述べた」

「……まさか、本当に『金色と会って話せ』が用件のすべてなのか?」

「そうだが?」

「そのために第一くるわに来てあの大立ち回りを? 理由は『一宿の恩』?」

「そうだが?」

「……理解できん。お前、頭がおかしいのか?」

「否定はせん。俺は自分の正気を証明できんのでな。もっとも……人斬りを生業なりわいにするような者は、総じて己の正気など証明できんだろうが」

「そうか、人斬りが生業か。確かに、いい動きだった」

「お褒めにあずかり光栄だ。そちらの動きもよかった──ああいや、『動いて』はおらんか。足は止めていたな」

「そうだな。ではこちらの用件だが、私を殺してくれ」


 あまりにも自然に言われたので、十子は思わず目を見開いて驚く。

 そこで十子はようやく理解した。

 夜籠の会話のペースが独特なのは、彼女の言葉の重さがすべて一定だからである。

『金色』も『私』も『十子』も、そこにこもる感情がすべて同じなのだ。もっとも言いたいことを言う時、大事な何かについて語る時、人には自然と制御できない熱がこもる。だが、夜籠にはそれがまったくない。

 声以上に感情が平坦な話しぶりのせいで、聞いている側はどこに焦点をあてて話を理解すればいいのか察することができず、混乱するのだ。

 しかも夜籠は次々とすらすら話すため、こちらの困惑に慮る様子がまるでない。それがますます、話していると困惑し、奇妙な気持ち悪いズレを感じさせる要因となっていた。


 だが中心になって会話をしている千尋は、さして驚いた様子もなく「うーむ」と唸る。


「気が進まんな。死にたいならば勝手に死ねばよかろうに」


 十子がその反応に「おい」と声を発する。

 だがこの場にそういった常識的な反応をする者は十子のみであるらしい。夜籠は「そうか」とうなずき、


「勝手には死ねない事情がある」

「その『事情』が『殺し合いの中で技を尽くして死ぬことが望み』などなら、俺も否はないのだがなぁ」

「そうか。では無理そうだ」

「うむ」

「用件は終わった。帰っていいぞ。出る分には門番も何も言うまい」

「俺の用件が終わっておらん」

「金色と話すことはない」


 その発言にだけは、ほんのわずかに、熱があった。

 だがその熱がどういう意味のものなのかは、その場にいる誰にもわからない。


 ……夜籠本人にもわからなかったようで、彼女はもう一度、口の中で転がすように、つぶやく。


「……金色と、話すことは、ない」

「その理由は話せるか?」

「さて。……ああ、そうだ。金色に伝言を頼む。『街から出ていけ』とな。そう何度も見逃せるわけではない。別に──選挙の時にまた戻ればよかろう、と。支配人であればいくらでも理由をつけて一旦街を離れられるはずだ。あいつは粗忽なところがあるから、そういった手段を失念していそうだ」

「選挙たらいうものについては知らんが、その期間中に街から逃げるような女に票は集まるのか?」

「集まらんさ。どうせ今回も領主の酒匂が勝つ。何をしても同じならば、命など懸けるべきではない」

「……わからんなぁ、おぬしのことが」

「二回対面した程度で他人のことなどわからん」

「道理だ」


 千尋は笑い、立ち上がる。


「十子殿、行くぞ」

「……頭が追いつかねぇな……。だがまあ、用事は終わりなんだな?」


 そこで千尋、ふと考えるように天井を仰ぎ……


「……いや。終わってはおらん。ゆえにこう約束でもしておくか」


 夜籠を見て、


「また来る。近いうちにな」


 見る者(おもに十子)が不安になる笑みを浮かべたのだった。

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