相談タイム。
いきなり男装女優……ようするに『
「俺はどうすべきだ?」
「いや、どうすべきってもなぁ……」
十子は考える。
こういう事態──
(予定外だよこっちとしても! でもまあ、想定しておくべきではあったな……)
宗田千尋。
絶世の美少年である。
このウズメ大陸における『男』は線が細く小さくかわいらしいものが多い。
千尋の前世などでは『女っぽい』と揶揄されるような、ひ弱な印象を与える男が、女性から人気である。いわゆる『守ってあげたくなる男』というのか。
千尋、見た目だけなら完全に『守ってあげたくなる男』なのである。
艶やかな黒髪、ぱっちりとした目に見つめているとついつい見惚れてしまう黒い瞳……
世間知らずでとぼけたところもあるのだが、そういう無垢そうな感じなんか、多くの女にとってたまらないものである。
そして十子は千尋と旅をする中で実感させられたことがあった。
(こいつ、
ずっと引きこもって、里から離れた場所にある
当然、男との縁などない。
そういう女性には『男の子怖い妄想』というべきものがある。
男というのは女を怖がり、その恐怖の裏返しとして見下し、自分が希少であるがゆえに傲慢で、接触をするどころか、なんの他意もなく視線を向けただけで、『狼藉だ』だの『破廉恥だ』など騒ぎ立て、あっというまに女の立場を悪くしてくる、そういう妄想……
だが千尋、これだけ絶世の美男子であるのに、十子という引きこもりの刀マニアを相手に、まったく傲慢でもなく、恐れも見せない。
むしろ警戒しなさすぎであり、目の前で普通に着替えなど始めるので、『おい!』と十子がその着替えを邪魔したことも一度や二度ではなかった。
(警戒心がないっつーか……むしろ、あっち側が、あたしの着替えとかに気を遣うっていうか……城持ち領主のお姫様かっつー扱いをしてくるんだよな……)
年下の無警戒で無垢な男の子にお姫様扱いされながらの旅路、脳が焼かれるかと思うほど刺激的である。
常識知らず所作でどうにか正気を保てているし、千尋が『こういうヤツ』だというのは旅の中で思い知らされているのだが、最初のころなど十子、『なんだコイツ、あたしのこと誘ってんのか? あたしのこと好きなのか!?』と思ってしまって眠れない日々を過ごすことになっていたのだ。
(いやもう、そうだよなァ。そりゃそうなんだわ。まともな遊郭の支配人なら、男だってことを隠してても、一目見てコイツの魅力に気付くわな。男装女優に抜擢される可能性は考えとくべきだった……!)
加えて語らば、正直なところ、十子から見て、千尋の戦い、
よほど武の素養があれば千尋のしていることが凄いとわかるのだろうが、十子はあくまでも刀鍛冶。武器を作る職人であって、戦う者ではなく……
(こいつの戦い、傍目に見ると、妖術かなんかにしか見えねぇんだ)
あまりに至りすぎた技術は、素人目から見ると不思議なことが起きたようにしか映らない。
千尋が戦う姿を見たからといって、その戦闘技量の高さをかって『ウチの遊郭に用心棒として雇いたい!』とは、ならないのだ。
むしろこの絶世の美少年ぶりに寄ってきた遊郭支配人なら、男装女優に誘いたがるに決まっていた。
だが……
一般的に、男を『男装女優にならないか?』と誘うのは、とんでもない無礼である。
「……どうするかって言われてもなぁ……」
十子、千尋が気分を害していないかを気にしてしまう。
しかし千尋の側はまったくそういう様子もなく、質問を補足した。
「男装女優になることで、俺は、目的の人物に近付けるのか?」
ここで十子がようやく質問の意図を合点し、思考を進める。
そして、
「……この上ねぇな。こういう高級店で働きゃあ、第一
「俺は自分をそういった接客に向いているとは思わんが……」
「そこがいいんじゃねぇか!」
「そ、そうか……?」
「……いや悪い。とにかく、あー、なんだ、その、お前が嫌じゃねぇなら、第一廓内側への通行許可をとるための早道になりそうだっていうことなんだが……本当に嫌じゃねぇか?」
お試し体験入店とはいえ、男の子をこういう店で働かせるというのはセンシティブでデリケートな問題だ。
職業に貴賤はない──などというお題目がこのウズメ大陸の価値観にはそもそもなく、売られて始まる女優業は普通に『低い職業』扱いされている現実があった。
一部高級店の男装女優などは別格扱いされるものの、そこまでいっても『男のフリして女に媚を売る変態ども』という視線は向けられる。
男が少ないゆえの妥協案的に流行している男装女優ではあるが、多くのノーマルな女からすると、『男のフリをした女』は変態、かつ天女教へのある種の冒涜のように扱われている。
女同士というのは、この大陸においてやや特殊、というより妥協案的な恋愛関係なのだった。
そういう立場に『男』を落とすこと、通常の男なら忌み嫌うだろうなと思われた。
が、千尋は『通常の男』ではない。
「それが目的に近いなら、俺は構わんぞ。ただ、十子殿の言うように、そんな成果は出ぬと思うが」
「いやもうあたしなら身代傾けても通うわ」
「そういうものか?」
「……あ、いやその、まあ、自信持てってことだよ」
「しかしなんだ、遊郭というのは
「馬鹿がよ。男の子とお話しできるだけで嬉しいだろうが」
「そ、そうか」
十子の橙色の目がだんだんと据わり始め、不可思議な炎を宿し始めたので、千尋、ここで退くしかなかった。
そういうわけで……
「
「そうかい!」
真正面で千尋と十子の話が終わるのをただ待っていた金色が、ぱぁんと膝を叩く。
実に嬉しそうであった。すでに『勝った!』とでも言いたげな顔である。
「いやもう、そりゃあ、説明は丁寧丁寧丁寧にさせてもらうとも。アンタみたいな子がウチに来てくれるんなら、尽くせる限りの礼は尽くすさ!」
「そうか。ありがたい。……ところで、店の経営というのは大変な苦労が伴うと想像は及ぶところだが、貴殿の必死さには何か他の事情もありそうに見受けられる。何かあるのか?」
この千尋の質問には、横の十子が『いやいや……』というような顔になる。
旅の中で千尋のめちゃくちゃさに振り回されつつ、同時に最も千尋のかわいさに頭を焼かれている身では、『お前のことは普通、何をおいても必死に勧誘するだろ……』という感想しか抱けないのである。
しかし金色、真剣な顔になり、卓上に視線を落とし、こう答える。
「……実はね、あたしは、次の選挙で領主になろうとしてるんだよ。そのために、店をもっと盛り立てたいのさ」
ここ遊郭領地
その選挙のために店を盛り立てたいということ、なのだが……
「……今の領主を追い落として、あたしは……大事なモンを取り戻したいんだよ」
「大事なもの、とは?」
「ま、そりゃあ……色々あるさ。でもね、こいつは……多くの人の願いでもあるんだよ。何せ……」
金色は吐き捨てるように、言う。
「今の領主は、クソだからね」
その声と顔には、苦々しい──憎悪が、込められていた。