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第22話 すれ違いの解決

「見世物じゃないよ! 散った散った!」


 そう述べてパンパンと手を叩くと、周囲の注目が慌てたように引いて行く。


 宗田そうだ千尋ちひろは思わず「ほォ」と息を漏らした。


(いい気風きっぷだな。仕切り慣れている、というのか)


 周囲の雰囲気からしても、それなりの立場であろうことはわかったが、本人の言動がいちいちハキハキしていて、見ていて気持ちがいい。

 現場で女たちをまとめるような、なんらかの役職に就いている者特有の雰囲気だ。


 そうして注目を散らしたあと、女は再び千尋に向き合う。


 金髪の艶やかな女。肩を出し肌をさらすような、女らしい・・・・恰好・・

 千尋は知らないルールだが、この遊郭領地『紙園かみその』、下働きや店で女をもてなす店員役など、立場が低い者は女らしい格好をしてはいけないという決まりがある。

 つまり『女』を前面に出した格好をしている時点で、それなりの地位の者、でなければ客として来た者ということになるのだ。


 女は傷のある顔で真っ直ぐに千尋を見下ろし、「うん」とうなずいた。


「やっぱいいねぇ、面魂つらだまがいい。……ああ、言い忘れてたね。あたしの名前は金色こんじき。第二くるわ内側の『星屑ほしくず』って店の支配人さ」


 ここで遊郭についてさほど詳しくない千尋、遊郭について詳しい十子とおこへと振り返る。


 十子はひどく厄介そうに顔をしかめてから、近寄ってきた。

 千尋に耳打ちをする。


「第二廓内側ってのは、領主屋敷周辺を除けば一番位階ランクの高い店ってことだよ」

「さすが十子殿は遊郭事情に詳しいな」

「だから特別詳しいみたいな言い方やめろ!」


「んんん? その子、アンタの客かい?」


 金色が目を細める。


 その時『まずい』という顔をしたのは十子であった。


 ここは遊郭が多く集う『遊郭領地』である。

 だが誰もが勝手に客をとっていいというわけではなく、男装女優たちは厳格に管理され、きっちりと整備されたルールの中での行動しか許されていないのだ。


 千尋はもちろんこの街の男装女優ではないので、これがこの領地内で勝手に女を引っかけていたとなると、大変な重罪に問われる。

 あくまでもお店のキャストと健全な疑似恋愛をするというのがこの領地なので、店のキャストを介在しない女性同士の関係には厳しいのだ。


 そのあたりの事情をなんとなく知っている十子は言い訳を探す。

 しかし千尋、そのあたりの事情を知らないので素直に答える。


「いや、むしろ俺が十子殿の客だな」


「オイィ!? 何言ってんのお前!?」


「そっちの子、男装女優って感じじゃあないけど……なんだい、どこの店の子だい?」


 金色の目が厳しく細められるので十子は慌ててしまう。

 その様子を見て千尋はうなずき、


「何やら事情の説明が必要そうなので、このような往来ではなく、場所を移さぬか?」


 その提案は受け入れられた。

 こうして千尋と十子は、流れに任せるように、金色の店である星屑まで向かうことになったのだった。



 星屑──


 第二廓内側、というのは最高ではないが高級店の分類であり、店によっては男性も勤めている。

 ここ星屑は男装女優専門なので男性はいないものの、それらの男装のクオリティが高く、人気を博している店だという。


 さらに店構えが独特だ。

 通常の遊郭は店の前の格子の中に女どもを入れ、その女どもを指さして指名するという形式が多い。

 しかし客が来るまで格子の中で女どもを待機させておくのは、夏は暑さ、冬は寒さ、春・秋は強い風のせいで女どもの姿が乱れ、体力を奪われる。

 そこで店の前に似顔絵だけを置いて、あとは店内に入ってもらって、指名があれば指名を聞き、指名がなければ店側が女の子を選んで出すといった形式をとるようにした。

 すると女の子たちも機会が均等なのでやる気を出し、教養を身に着け、男装に磨きをかけ、それが全体のクオリティアップにつながって店の質が上がり、第二廓内側で店を構えることさえ可能にした──

 という歴史があるらしい。


「……というわけでね、ウチの店は顔だけじゃあない。『しゃべり』『知識』『質』を重要視してるってわけさ」


 星屑、奥の間。


 数多の客と女の子たちが仕切りのない空間で会話を楽しむという、これも遊郭史上類を見ないコンセプトで設計された場所を抜けると、そこにあるのは『秘密の疑似恋愛』を楽しむための、布団を敷かれた個室であった。


 ロウソク一本を灯された中、ちゃぶ台を挟んで向かい合っていると、なんとも奇妙な雰囲気が漂っていることに気付かされる。


 実際、あまりにも『そういうことをする場所』すぎて十子などはそわそわしていた。


 しかし千尋、「なるほどなあ」と動じていない。


「……ともあれ、金色殿の誤解は解けたということでよろしいか?」

「ああ。悪かったねぇ。まさか刀鍛冶と剣客だとは思わず……そういう設定っていうわけじゃあないんだよね?」


 事情を説明したのだが、どうにも千尋が剣客であることが腑に落ちない様子であった。

 先ほどの『無刀取り』を見て見てすぐさま声をかけてきたので、自分の技量はわかっているはず──という認識を千尋はしているので、『はて?』と若干の不思議さを覚える。


 とはいえ『腑に落ちない』だけでこちらの話を信じてくれてはいる。

 そこで千尋の勧誘が再開された、というわけだった。


「十子殿はな、俺の刀を打つために、色々なところに連れて行ってくれるとのことで……」


「誤解を生みそうな表現をやめろォ! わざとやってんじゃねぇかてめぇ!?」


「十子、十子……? どこかで聞いたこと…………ああ!? アンタ、天野あまの十子!?」


 ここで場がまた混迷の一途をたどり始めたので、再び情報共有と整理の時間が挟まった。


 そのお陰で、各人が以下のことを把握する。


 まず第二くるわ内側の店『星屑ほしくず』支配人の金色こんじき──

 彼女は『千尋が剣客であること』『十子が刀鍛冶であり、天野の里の有名な鍛冶師であること』を理解した。

 なお、『千尋が男であること』はもちろん教え・・られて・・・いない・・・

 金色に与えられた情報は、『剣客である千尋を十子が気に入り、千尋の刀を打つために諸国を巡っている最中だ』ということで……

 この遊郭領地に来たのが、異形刀回収のことだということまでは、教えられなかった。


 一方、十子および千尋が把握したことは──


「ウチは新しい店員を探していてね。そんな時だよ、アンタ……千尋を見たのは。いやあ、『これだ!』と思ったね。そういうわけで、是非ともウチで働いてほしいんだよ」

「そもそもの話、俺は客だが、客を店員にするというのは、ありなのか?」

「まぁいくらかの抜け道があって、おしゃべり・・・・・までっていう決まりがある体験入店だけど、ありっちゃありだよ」

「ふむ……」

「本格的にこっちの世界に腰を据えたいっていうんなら、そのまま本採用にしてもいいけど……まぁ、入るのは自由だけど、抜けるのは自由じゃあないからねぇ、この街は。慎重に考えることをおすすめするよ」

「そうなのか」

「……ま、遊郭だからねぇ」


 遊郭というものは千尋の前世にもあり、そこで働く者たちの共通点についてはなんとなく聞き覚えがあるところだった。

 ようするに、売られてくるのだ。より正確には『その身柄を担保に金を貸し出すので、貸した金を返し切るまでは働き続けなければいけない』というようになるだろうか。


 しかしここは領地がまるごと遊郭ということだから、前世の遊郭知識がそのまま使えるわけではなかろうが……


「基本的にあたしらは、ここに売られてきたか、高級遊郭にいる男と、客とのあいだに出来た子供なのさ」

「……なるほど」

「だからまあ、領地が金出して育ててくれててね。売られて来た子は自分の身柄を買い戻すまで抜けられないし、あたしらは領地に自分が育つのに使われた金を返さないと他の領地に行けないってわけ」

「しかし俺には借金などないが」

「そりゃあアンタ、本格的に街に入るとなったら、借金はできる・・・のさ」


 自分の身柄を担保に金を借りて、その金を返すまで出られない──

 それだけだと借りた金をそのまま返せばすぐに出られそうだが、借りた金というのにはたいていの場合利子がつく。その利子が、とうてい抜けられないほど重いというわけなのだろう。


「ま、今の領主の御代に入るのはおすすめしないね。だから、あんたはそのかわいい顔と独特なしゃべり方だけでいいよ。それで充分、客が増える」

「…………?」

「なんだい、不思議そうな顔をして」

「いや、その……すまないが確認が漏れていたようだ。俺は、用心棒として雇われるのではないのか?」


 そこで金色、目をぱちくりとして驚き顔になり……


 笑った。


「いやいや! 違うよ! あたしはね、アンタを男装女優として雇いたいのさ!」


 ここに情報が整理され、すれ違いが詳らかになる。


 宗田千尋、驚くべきことに──


 まさかの男装女優(男)としての勧誘スカウトを受けていたのだった。

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