そこは格子状になった朱色の壁で囲われた街であった。
いわゆる城下町に分類されるこの場所は、街のほとんどの場所が歓楽施設であり、多くの遊郭が鎬を削る場所となっている。
それぞれが壁で区切られたいくつかの区画に分けられており、基本的には外壁沿いほど
この街の
この世界においてもこういった形式で領主を決めるのは珍しいことらしい。
普通、領主というのは血筋で決まるのが一般的だそうだ。
「なんとも、
紙園の
とにかく派手派手しく、明るい。
外からでも
また、街の特性上、ここに来る者たちは大体が羽目を外しに来ているのか、昼間から酔客らしき声もよく響いていた。
調子が狂うのは、それらの声の主がみな女性だということだろう。
(こういった歓楽街で女の声しか聞こえぬというのは、『違った
これまでも道中、女の姿ばかり見てきた。
しかし歓楽街である。ここで行き交う者みな女、聞こえる声もみな女、とくると、さすがにこれまでとはまた違った実感がわくものだった。
しばし、街の迫力、熱気に気圧されるように城壁を見上げていると、横から肩を叩かれる。
「……おい、わかってると思うが」
小柄、とはいえ千尋と並べばそう身長も変わらない
分厚く硬い手は紛れもなく職人のもの。千尋はその手の感触に少しばかりのわくわくした気持ちを覚えながら(何かを極めんと熱心に時間を費やした結果得た肉体的特徴に触れると、わけもなく気持ちが高揚する)、うなずく。
「ああ。もちろんだ。──俺が男だとバレぬよう振る舞え、だろう?」
ここに来るまでにも、宿場町などに入るたび言われたことである。
男だとバレると大変な目に遭う、というのは、十子をたずねるまでの旅路で千尋が体感したことでもある。否やはない。
だが十子は「違う」と否定する。
「これまで以上に慎重に振る舞え。マジで遊郭送りにされるぞ」
「そこまで問答無用なのか……」
「天女教の管理名簿にない男ってのはな、ヤバいんだよ」
「ふぅむ。……その天女教というのがいまいちつかめんな」
いわゆる仏教の大きな寺ともまた違う。
その性質は宗教的権威かつ帝にも近いのだろう。つまり、絶大な権力を持った組織、というわけだ。
しかし千尋、『天女』にはこの世界に来る前に会った記憶がある。
その時に言葉を交わした感じでは、『男を捕獲・管理する組織』なぞ経営しそうもなかったが……
(まァ、あれは妖魔鬼神の類であったからな……なるほど、あくまでもこの地上で権勢を振るう天女と、俺が行き遭ったあの天女とは、人と神ぐらいには違うもの、ということか)
などと考えているうちに、十子が千尋の身なりを正していく。
現在の千尋は歩き巫女に扮しているので、緋袴に白い上衣という一般的な巫女スタイルだ。
そこに腰に刀を差し、首に布を巻いている。これは、喉を隠し性別を偽る目的でやっているものであった。
とはいえ千尋、実のところ、『男の格好』『女の格好』の違いをよくわかっていない。
というのも、そもそも生まれ育った村で最初から女装させられていたのだ。
もちろん千尋とその弟の存在を隠すためにそうさせられていたのだが……
(この
道を歩いていても、小袖を着た女がいたり、麻の衣を着流している者がいたり、巫女も何人か見たし、千尋の知識では表現しがたい格好の者たちもいた。
その『表現しがたい格好の者たち』の共通点は露出度だろう。
隣にいる十子なども鍛冶場からそのまま出てきた服装で、上半身はサラシを巻いた上に鍛冶用の
以前戦った
(……まあ、この遊郭には『男装』した女がいるらしいからな。そいつらを見れば、この俺にも、この巷の『男女の服装』というのの区別がつくようになるやもしれん)
そんなことを思いながら、十子の注意を聞き流しつつ進んでいく。
武器として扱うのだろう長い棒を持った門番が二人、入口そばに立っている。
その連中の横を多くの客たちが行き交い、千尋たちもその一部に混ざった。
十子の緊張が伝わってくる中、千尋は特に何も警戒せずに歩き……
呼び止められることなく、普通に街の中に突入する。
「……っ、はぁ……」
街に入った途端に十子が安堵の息をついたのが聞こえて、笑ってしまう。
「十子殿、緊張しすぎだ」
「……逆になんでお前はそんなに堂々とできるんだよ」
「バレても最悪、斬り合いになるだけだしなぁ」
「…………いや、悪かった。そういうヤツだよお前は」
何かよくわからないが、十子の緊張も解けたらしい。
そのまま街の大通りを多くの客に混じって進みつつ、呼び込みの声や囃子を左右に、これからの動きの確認をする。
「どうにもあたしの刀を持ってるやつは、街で一番の高級店で用心棒をやってるらしい」
「ほぉ」
「覚えてるか? 街はいくつかの
「つまり、上客として認められないと区画そのものに入れぬ、『一見さんお断り』というやつか」
「ま、そういうこった。……で、手段っていうのが、大枚はたくか、用心棒として雇用されるか、
「男とバレては御前試合に出られぬとあらば、最後の選択肢はなしだな」
「で、大枚も持ってねぇから最初の選択肢もなしだ」
「十子殿は有名な刀匠なのだろう? 名を出して目的を伝えれば、自分で打った刀の持ち主ぐらいは呼び出せんのか?」
「無茶言うなよ……『製造者なんですけど、刀を取り返しに来ました』とか言われて誰が来るってんだ。それに、あたしはさすがにこの領地で領主屋敷詰めの用心棒を呼び出せるほどの名前じゃねぇ」
「ふぅむ……まァ、鍛冶師というのはそういうものか」
「普段から男遊びに大枚はたいてるような一族ならその限りじゃねぇんだろうがな。ウチの里が付き合いがあるのは鉱山、武家とかだしよ」
「で、あるならば用心棒か。……なるほど、俺好みだ。で、具体的にはどうすれば?」
「とりあえず──」
話を続けようとしたところで、
「なんやねん!? 『れんたろう』さんとはウチが先に約束しとったんやけど!?」
「はぁ~??? れんたろうさんは私と一緒にいたいって言ってたんだけど!?」
進行方向で、二人の女がもめている。
どちらも腰に刀を帯びており、背の低い女を間に挟んでにらみ合う様子からは、もう少しで刀を抜きそうな気配を感じられた。
千尋はうなずく。
「つまるところ、ああいうのを片っ端から解決していけばよいと、そういうわけだな」
「いや、そうじゃなく──」
「やあやあご両人! しばし! しばし!」
「──話を聞けェ!」
十子が止める間もなく、千尋がトラブルに突っ込んでいく。
──ここは、数多の遊郭が軒を連ね、鎬を削る『遊郭領地』
新たな街での、千尋と十子の活動が、始まった。