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第19話 目的地は

 宗田そうだ千尋ちひろは問いかける。


「で、我らはどこへ向かっているのだ?」


 旅籠はたごでの夜であった。


 千尋と天野あまの十子とおこは女の二人旅に偽装しているので、別々の部屋をとるというのも変に思われるため、二人は同室で布団を並べている。

 千尋は野宿でもいいと告げたのだが、十子の方が『頼むから、宿場町でぐらい、宿に泊まりたがってくれ』と奇妙な懇願をしたため、このようなことになっているのだった。


 千尋は野宿でも、女と相部屋でも気にしない。むしろ前世の感覚が残っているので『女の側が気にしないならば気にしない』といった感じである。

 だが十子は千尋を『男の子扱い』するので、なんだか奇妙な祖語がこの二人の間にはあった。


 こうやって夜に布団に入り間近にいると、どうにも十子は明らかに緊張した様子でそわそわし、そのくせ口数がやけに少なくなる。

 今も、そのような様子だ。


「……まぁ……なんつうかなぁ……」


 ただし今回、十子が口ごもるのは、『男の子とすぐそばで並んで寝ている』という状況シチュエーションが理由ではなさそうだ。


 言いにくい。


 そういう気配を感じる。


 千尋は首をかしげた。


 そして十子の悩みを推測し……


「もしや、十子殿に縁深い場所に向かおうとしている?」

ちげェよ馬鹿! え、縁なんかねぇって!」

「そのように大仰な否定をせずとも」

「あ、悪い……いやそうじゃなくて……縁はねぇよ。本当にねぇ。行ったこともないんだ。信じてくれ」

「信じろと申されるなら信じるが……なんだ、関係していると思われるとよろしくない場所か。まさか、なんらかの違法な……」

「合法だよ! ああいや、縁はねぇんだが」

「つまりどこなのだ」


 千尋の問いかけに、十子は「う」と呻いた。

 よほど言いにくい場所らしい。とはいえ、どこに向かって歩いているのかを聞く権利は千尋にもあるはずで、ここで引き下がる理由も見当たらない。


 千尋がじっと眺めていると、十子はさんざん唸ったあと、ようやく観念したという様子で、その場所の名を告げた。


「…………遊郭ゆうかく領地」

「すまない、よく聞こえなかった」

「遊郭領地! くるわの街だよ! そこに、あたしの打った異形刀を持ったヤツがいるってんで、そいつにケンカ吹っ掛けて刀を奪おうっていう、そういうこと!」

「なんだ十子殿、遊郭に行くのが恥ずかしいお年頃か?」

「うるせぇな! 悪いかよ!?」

「いやいや、悪くはないぞ。かわいいところもあるではないか」

「コイツはぁ~~~~~~~………………!!!!」


 今の千尋の発言を貞操観念が千尋の前世に似た世界でたとえると、『え、お兄さん言葉を言うのも恥ずかしいんだぁ♡ かわいい♡』と小学生ぐらいの女の子に言われている感じになる。


 十子は『このオスガキが……!』と言いかけた。


 しかし千尋、特にオスガキムーブをした自覚もなく、ただ思ったことを素直に告げただけなので、普通に話を進める。


「しかし、廓? 俺の知識が正しければ、それは壁で囲まれた一定範囲の地域を指す言葉だと思うが……このちまたは男が希少なのであろう? 遊郭など経営できるほど男が余っているのか? それとも、男向けの店が並ぶ場所という認識でいいのか?」

「……若い息子さんがさ、そういうの平気で口にするの、どうかと思うぜ」

「すまんな。わからぬことがあると知りたいと思うタチで。それで?」

「……まァ、一部高級店には本物の男もいるけどよ。その場所……遊郭領地『紙園かみその』の遊郭は、女が・・女を・・客にとる・・・・店がほとんどだよ」

「つまり、女好きな女向けの場所ということか?」

「いやいや、そうじゃねぇって。男ってのは滅多にいねぇだろ? だから、男の・・代役・・として、女に男装させて女の客をとらせるって店なのさ」

「ほお。詳しいな、十子殿」

「いや詳しくねぇし! 一般常識だし!」


 男が若い女の子に『風俗店に詳しいですね』と言われたらついつい否定したくなってしまうのと同じ心情が十子を襲っていた。

 実際、一般常識ではあるのだが……


 十子は咳払いをして、


「……まあ、とにかく『乗り込んで刀の持ち主を襲って刀を奪う』ってことだから……辻斬りみたいなマネになるのは否定しねぇよ。そっちの『名を上げる』って目的とは違っちまうが、穏便に取り戻すことができるんなら、そうしようとも思ってる。けど……」


 そこで十子は、フッと笑う。

 自嘲の笑みだった。


「……あたしの異形刀を持ち続けてるヤツに、まともなヤツがいるとは、どうしても思えねぇんだよな」


 十子の異形刀。

 それは、『乖離かいりを殺す』という願いのみを込めて打たれた刀である。


 どうしたら乖離を殺せるか。どうしたら効率よく殺せるか。どうしたら圧倒的に殺せるか。どうしたらヘタクソが使っても殺せるか──

 具体的な誰かの死を思い描きながら打った刀には、どうしてもねじくれた殺意が宿るらしい。異形刀の行き先についてはある程度聞いていたが、聞こえてくる話はどれもろくでもなかった。


 風車かざぐるまの持ち主であるスイからしてそうだ。

 無銘であったはずの刀は、独特の殺人術を編み出させ、その技術を銘とし、様々な命を奪っていた。


 だから、異形刀は──

 否。


「……あたしは、人を狂わせ、人斬りにする刀しか打てねぇのかもしれねぇ」

「刀で人は人斬りにはならん」


 自嘲する十子の耳に届いたのは、やけに確信に満ちた声。

 顔を上げれば、美しい顔をした千尋が、障子窓から差し込む月光を背負って、真剣な顔をしていた。


「人斬りの罪を刀のせいにする者は数多いた。しかし、その刀を俺が使ったところで、俺の人生は変わらなかった」

「けどよ」

「よしんば、『人を殺してみたくなる刀』というのがあるにせよ──ああいや、確かに、そういう美しい、よく斬れそうな刀はある。あるが、それで殺すのは、持ち手の責任であり、刀鍛冶の責任ではない」

「……」

「ゆえに、気に病むな」


 それは千尋なりの慰めなのだろう。

 だが……


(……じゃあ、アイツは……乖離は、最初から、人斬りだったってこと、なのか?)


 自分の初めての作品を渡す前の乖離を思い出す。

 あの穏やかで物静かな彼女が、人斬りの素質を秘めていたのだとすれば……それはそれで、複雑な思いがある。


 十子の過去のすべては、千尋につまびらかにされていない。

 ゆえに千尋は、十子の悩みすべてを理解していない、が。


「まあそもそもにして、人はすべて、最初から人斬りだ」

「……いやいやいや……」

「だからこそ、人を殺さずに生きている者が上等なのだろう。生まれつきの性癖を押し殺して、殺すという最も短絡的な手段を選ばずに、懸命に生きているのだから」

「……」

「何にせよ、己の生き様を器物のせいにする性根は好かん。ごうは己の魂で背負うべきであり、ただの鋼に負わせるものではないと俺は思う」

「……そうかい。じゃあ、千尋……は、千尋自身の意思で人を斬るんだな」

「そうだ。俺は、俺の魂に従い、人を斬るのだ」


 そのあんまりにもはっきりした言いぶりは、笑うしかないほど清々しかった。

 十子の悩みはまだ本人も落としどころを知らぬものだ。刀のせいで人斬りになっていて欲しいのか、それとも、人斬りが刀を言い訳に使っているだけでいて欲しいのか。どちらを選んでも、立たないものがある。


 だが、それでも。

 千尋の物言いが、姿が、心意気が、少しだけ十子の気持ちを軽くしたのは事実であった。

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