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第13話 決着

 スイは、はっきりと聞いていた。


(殺す? ボクを殺す言うたか?)


 あまりにも身の程を知らない言動すぎて鼻で笑う気にもなれなかった。


 たとえば勝負を始める前、まだ互いの手の内がわからず、スイから見て千尋ちひろが不気味な迫力を持っていたころであれば、警戒しただろう。

 だが、先ほど……


 千尋が振り下ろした刃は、スイの頭蓋に当たり、一寸たりとも斬り込むことが出来ずに弾かれた。


 そのありさまを見て『まだ何かあるのか』と警戒しろという方が無理だろう。


(見事やったわ。まさか、ボクの風車をしのぎで逸らしてドタマに切っ先ぶち当てられるとは思わへんかったよ。……本当にかわいそうやね。キミが男やなかったら、さっきので勝敗は決しとった)


 スイをして感嘆するほどの技の冴えだった。

 明らかに、今のスイの速度に、千尋はついて来ることができていない。つまり、あの一撃は、スイの行動を刃筋の角度から振り下ろしのタイミングから完璧に予想し、予想が外れれば死ぬしかないという状況で冷静に行った攻撃、ということになる。


 技術、度胸、未来視とさえ言える予想能力。

 本当の本当に見事だった。刃を逸らされて脳天に刃が迫る一瞬、スイは相手を称えながら死を覚悟したほどだった。


 だが、相手が男だった。


(男って本当に神力しんりきがないんやね。神力を纏った体には、神力を纏った刃しか通らへんよ。せやから、まあ──最初から、勝負になっとらんかった、いうこと)


 周囲に突き立っている刀は、名工・天野あまの十子とおこ岩斬いわきりの作。

 十子は打ち捨てるようにそのへんに突き立てているが、ひと振りひと振りが剣を扱う者垂涎の業物である。


(ま、それを『風車』で薙ぎ散らかしているボクが言えたことやないけど、ここにある刀で通らんなら、それはもう、刀の問題やない。キミの問題や、千尋くん)


 技量の問題ではない。


 性別の問題。


 神力を宿すことができない男が、神力を宿す女には絶対に勝てないという、ただそれだけの、あまりにも当たり前の話。


(救ったらな)


 これ以上は見ていられない。

 かわいそうすぎる。


 千尋の年齢、おそらく十二歳かそこらだろう。それであの技量。人生何回分の密度の鍛錬を経ればあの階梯に至れるのか想像さえつかない。

 だが、駄目なのだ。始まりから失敗しているのだ。男に産まれた時点で、強くなるという道は閉ざされているのだ。


 あれだけ熟達し、あれだけの度胸がある。

 間違いなく性別以外は満点の剣豪。だからこそ切なすぎる。ただ一点だけの不足で、彼は誰にも勝てない。そして、その一点が性別である以上、生きているうちにはどうしようもない。


 それでもきっと、彼は努力するのだろう。

 だから──


(ボクがすっぱり、終わらせたる)


 唸りをあげて進む鋼の風車。スイはしかし、その動きの荒々しさとは裏腹に、とても静かな気持ちで千尋へと迫っていた。

 いつもこうだ。殺す相手を前するとたまらなく優しい気持ちになることができる。スイは思う。やっぱり自分は、憎しみや怒りで人を殺すことはできない。

 自分を人斬りに駆り立てるもの、それは──


「ボクの慈悲を受け取り!」


 ──かわいそうな人を放っておけない、慈悲深い、優しさ。


 スイの刃が真っ直ぐに振り下ろされる。


 瞬間、スイは見た。


(……地面に突き刺した刀、その柄頭に柄頭を乗せて、切っ先を上に向けて……?)


 なんだろうあの奇行は。

 そう思った一瞬で、戦闘時特有の高速思考は答えを導き出す。


つっかえ棒・・・・・か! まさか、ボクの刀をそれで止める気なん? そら、ちょっと、いくらなんでも……面白くないおもんないわ)


 そもそも、スイが風車でここらに突き立った剣を掘り返し、弾き飛ばし、砕いているのは見ているはずだ。

 確かに十子岩斬の習作はすばらしい。だが、所詮は習作。しかも、持っているのが男。

 対してこちらの『風車』は、とある尊い家に岩斬から献上された完成品であり、持っているのはスイという女。


 神力の宿らぬ習作と、神力の宿った完成品。

 たとえつっかえ棒のようにしたところで止められるわけがない。


 ……そもそも剣を二本縦に重ねて、どう来るかもわからない刃に切っ先を合わせて止めようというのが理外の業ではある。

 まあ、技量面で言うならば、千尋はそのぐらいやってのけるだろうから、驚きはない。


 実際、無限に引き延ばされたような意識の中で、風車の分厚い刃は、千尋がつっかえ棒状にした剣の切っ先に触れていた。

 そして次の瞬間には鎚で打たれる杭のように地面へと沈んでいっている。

 わずかたりとも速度も威力も緩まず、軌道も逸れない。


 風車は、未練がましくなかごを握ったままの千尋の脳天に迫り……


 次の瞬間。


 肉の裂かれる音がして──


 ふと。

 スイの脳裏に、強烈に蘇る記憶があった。

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