ウズメ大陸は広い。その時代・文化は通じる者には『中世日本』でおおむね通じることだろう。
ただし、この世界には
女性にのみ宿るこの不思議なパワーには、その多寡・性質にかなりの個人差があり、基本的には血統によって強さが保証されるとみなされていた。
それゆえ、各領地の
千尋は、刀を求めて旅をした。
なんの変哲もない村落にある、馬具や農具の世話をするだけの鍛冶屋にも行った。
そういったところで男であることを明かすと、たいていは酒を勧められ、酔わされて身ぐるみはがされ拉致されそうになる。
実は『この世界で男の一人旅は
千尋は『敵』を求める。
だが、今は定まった『敵』がおり、そいつと再び斬り結ぶため、刀を求めているといった事情がある。
各地で箸にも棒にもかからぬような敵を増やしてもつまらない。男であることを隠すため、首元に布を巻いて旅をすることにした。
男であることを隠し、鍛冶屋を巡る。
だが、この世界において『刀鍛冶』というのは、鍛冶屋の中でも位階が高いようだった。
流れ者がおいそれと出会えるようなものではなく、出会えたとして力を示す必要性にかられた。
問題だったのは、『力を示さなければならない』のに、『力を示す機会を与えてさえもらえない』というのがほとんどだったことだろう。
女が全員そうだというわけではないが、女の中には神力の多寡を見ることのできる者もいる。
そういった者は、千尋に神力がほとんど──これは女性偽装をしているので『あまり感じ取れない』という表現をされたというだけで、実際は男性なのでまったく──ないことを見抜いた。
神力の多さが強さであるというのが、この大陸の常識だ。
ゆえに、神力が極小どころか皆無である千尋は、そもそも力試しをする場に立たせてもらえない。
神力のなさから性別偽装を疑い、男であることを看破する者も、それなりの数、いた。
穏便に話し合いで『村に居着かないか』と誘われたり、あるいは、このウズメ大陸で広く信じられ、王のごとく崇められる天女様のところに連れて行こうと言われることもあった。
こういう場合、相手は親切心から言っているのがわかるので、千尋も穏当に断るか、何も言わずその村から去るかといったことをした。
しかし中には乱暴狼藉を働いて監禁しようとしたり、闇の商人に売り渡そうとしたり、いきなり性的に襲い掛かってくるようなこともあった。
というより、多くの場合、そうなった。
こういう場合、千尋は抵抗を容赦しない。
そうして理解した。
(俺は、強い)
千尋はこの世界でも、強い。
神力という下駄をはかされない男の身。神力由来の腕力もなく、妖術めいた不思議な力も使えない、産まれた時点で不利な性別たる男。
だが、強い。千尋が前世で積み上げた技術は通用する。
一般人を相手には、充分、勝てる。相手が集団であろうとも。
だが、これが手練れに属する者相手となると、話にならない。
逃げることも不意を突くこともできる。だが、相手に一切の攻撃が通らないので、勝負にならないのだ。
刀がいる。
しかも、ただの刀では駄目だった。
野盗から奪った
そういう相手に
旅をする時間が長くなるごとに、思い知らされる。
だが、刀鍛冶は流れ者に刀を打つことはない。
男とバレると、もっと打つことがない。
手詰まりだった。
しかし……
いくつもの鍛冶屋を巡り、いくつもの村を渡り、危険を打ち払って旅をする中で、知った名前があった。
「
『男に刀を打つ? ありえねぇ! 刀の神サンに怒られちまわぁ! んなことしても枯れねぇ才能の持ち主なんざ、天野の当代岩斬、十子ぐらいなもんだろ!』
『流れ者にも刀を打つ刀匠は知らないが、気が向いた相手にしか刀を打たない変わり者ならば知っている。天野に住む当代岩斬の十子。初代岩斬の再来と言われていたが、人里離れた
『十子の異形刀なら闇市に流れることもあるかもなぁ。なんせ、手にした者がみな斬り合いを望むようになり、酷く殺し合いをして、すぐに刀を手放すってぇ話だ』
『十子の刀は呪いの刀。妖刀・魔剣ばかりを生み出す、一族の鼻つまみ者よ』
才能はある。
気に入った者にしか刀を打たない。
だが、変な刀ばかり打っており、刀を所持した者は人斬りに堕ち、死ぬまで戦い続けるらしい。
「……なるほど、俺にちょうどいいではないか」
どの道、この身は生涯、人を斬り続けることとなるだろう。
妖刀、望むところ。むしろ、この身が朽ちるまで折れずに付き合ってくれるというのならば、ありがたいぐらいだ。
千尋は望みをかけて、十子岩斬の住まうという、天野の地へ訪れることにした。
そうして……
とんてん、鉄を打つ音が鳴り響く。
そこは里の家々が立ち並ぶ場所から離れた小高い丘の上だった。
あたりは短い緑の草がびっしり生えているというのに、その
その原因は一目でわかった。
庵の周囲には、無数の刃物が突き立てられていた。
思わず息を呑むような──
「……これを打ったヤツは、人を殺すことしか考えておらんなァ」
──殺意の陳列。
千尋は心のどこかで『所詮は噂』と思っていた。
だが、この剣の丘を見て、そんな気持ちは真っ二つに斬り捨てられた。
ここでなら、手に入る。
女を斬る刀が、手に入る。
煙が出ている。音もする。今も作業中であろう。
が、待てない。
この丘に並ぶ
欲望に背を押されるように、千尋は丘の上にぽつんと立つ庵の扉に手をかけ──
「頼もう! 剣を打っていただきたいのですが!」
──扉を、開く。
猛烈な熱気と、けたたましいほどの鋼を打つ音。
その中で千尋が見たのは……
憑かれたように鋼を打つ刀匠の、あまりにも苦悶したような顔だった。