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第2話 双子

 その日──


 村に、男の双子・・が産まれた。


「こりゃあ、吉兆か、それとも、凶兆か?」


 この世界において、男の出生率というのは極端に低い。

 通説として語られているのは、『男には神力しんりきがないから』というものだ。


 神力というのは、この世界に生きるすべての女性が持っている力だ。

 これがあるだけで身体的に丈夫になるのはもちろんのこと、火を熾したり綺麗な水を出したりといったことが可能になる。


 だが、男はこの神力を宿さず産まれ、成長の中で神力を宿すこともない。


 ゆえに、『男は弱い』。

 そして赤ん坊になる前の『天女様のあみだくじ』の段階で弱い男が淘汰されて女ばかり産まれてくる──といった話が、おとぎ話と混ざりつつ、人々の間で『男があまり産まれない理由』として語られていた。


 それが、今、双子が誕生した。


「何にせよ、庄屋さんに報告せにゃならん。男はすべて、天女様の賜物じゃ。双子ともなりゃあ、お殿様の屋敷にでも召しあげられるだろうよ」


 男というのは領主がその数を厳重に管理している。


 世の人口の多くは女性だが、女性だけだと人口は減るばかり。

 そこで領主が領内の男性の数をチェックし、これを管理し、種付けのために貸し出すということをやることもある。

 人口比で言えば男女は一対二十ぐらいなので広い城下町などでは『つま』として家庭に入っている例もあるが、ここのような僻地の寒村では、男は『たまに領主様がお情けで回してくれるもの』でしかなかった。


 ゆえに、


「で、でもよぉ……すごく、かわいい、赤ん坊だよなあ。しかも、双子だ」

「まあ、そうさなあ」

「…………黙ってたら、バレないんじゃあないかな?」


 僻地の寒村ほど、男に飢えていた。


 年に一度は回される。それは確かだ。

 だからこうしてたまに女が子を成すということもある。

 だが、娯楽もない寒村。流されてくる男は三級品のお古ばかり。

 歳も重ねているし、あくまでも領主様の持ち物だから無体もできない。

 相手もそれはわかっているから、義務的な射精を一回かそこらして終わり、全員が回して遊べるというわけではない。


 けれど、もしも、産まれた男の子を、こっそりと育てられたら?


 どんなお殿様でも味わえない極楽の暮らしができるのではないか?


 ……産まれたばかりの赤ん坊を前に、女どもの目がえた輝きを放っていた。


 もちろん、男が産まれた場合、庄屋を通じて領主おとのさまへと報告しないのは重罪である。

 場合によっては村そのものが焼き討ちされ、村の関係者たちにも累が及ぶ。


 だが、それでも……


 産まれた双子の男の子が、たまらなく魅力的だった。

 人間は無垢で弱々しいものが好きだ。女は男が好きだ。

 無垢で弱々しく、これから立派に成長していくであろう男を好きにならないわけがない。


 しかも、


「私の子……私の子、誰にも、渡さない……!」


 子を、しかも双子を産んだばかりの母が、早くも独占欲を見せ始めている。

 これが村人たちの欲望を肯定してしまった。


「……この子らは、村で隠して育てよう」


 長老である老婆が厳かに言い放つ。

 村人たちは──


 誰も、反対しなかった。


 双子の赤ん坊の泣き声が響く、産屋の中。

 異様な湿度の沈黙が降りる、とある冬の明朝……


 こうして双子の男の子は、隠されて育てられることになった。



 十年後。


 この世界の女性は、このぐらいの年齢になるともう、性欲を覚え始める。


 あの冬の日に産まれたのは男の双子だけではなかった。

 同年代の少女が三名おり、これらは同じように村で育てられた。


 ……が、『同じよう』というのはあくまでも大人たちのおためごかしでしかないのを、子供たちはわかっている。

 男の子たちは、明らかに可愛がられた。

 対して女の子たちは、可愛がられていないわけではないが、男の子たちほどではなかった。


 その格差が鬱屈を産み、劣等感を産み……

 しかし『男の子は弱いんだから大事にしなきゃダメ』『男の子がいるということをよそで言っては絶対にダメ』『男の子に暴力を振るったりしたら絶対に許さない』という価値観の中で育てられた少女たちが、その劣等感、やるせなさをどうやって解放するようになるかと言えば……


「ぬ、脱げよ」

「そうだ、脱げ」

「裸見せろよ!」


 こうなった。


 村の裏手にある山の中だ。

 ここは田舎の寒村。主な作柄は芋であり、子供たちは農業の手伝いをしなくていい時期などはたいてい、山で遊ぶか、家で芋蔓を使った内職をやらされるかといったところだ。


 今は『山で遊ぶ』の時であり、この時、大人たちの監視の目が完全に届いているとは言い難い。


 そこで『強い女』たちが『弱い男』たちに対し、暴力を振るわず、自分たちより可愛がられている相手だという劣等感をどうにかするためにやる、十歳児なりの性欲をもった行動が、これだった。


 山の木々の隙間、木の幹に追い詰めて三人で囲み、『服を脱げ』と強要する。


 その目には明らかに性欲があった。


 追い詰められた男の子は、泣きそうな顔になっている。


 本当の、本当の、本当に──美しい顔立ちをした男の子だ。


 十年前に村で産まれた双子の、弟。

 なんとも気弱な顔立ちがたまらなくいじめたくなる、線の細い男子。


 黒髪を長く伸ばして一つ結びにした髪型はなんとも艶っぽく、同じ色の瞳をきょろきょろさせて助けを求めるような様子には、少女たちの腹をむずむずさせる捕食される獲物としての才能がにじみ出ていた。

 体つきは細く、肌はあまりに白い。

 これは隠して世話されている男であるという都合上、たびたび家の中に隠されるのと、男が生物として弱者であるので、力仕事をさせてもらえぬから、こうなっていた。

 身を包むのはこの村でも普通に着られている麻の着物であるのだが、村中がこぞって男の子たちにいい布を寄越すので、見目の良さもあって、なんだか上等な屋敷の御令息がお忍びで田舎に来るための偽装をしているかのようになっていた。


「ぬ、脱ぎません……」


 男の子は抵抗をする。


 だが、その抵抗は、少女たちにとって、情欲を盛り上げるスパイスでしかなかった。


 じりじりと少女たちが距離を詰めれば、男の子は「ひっ」と悲鳴をあげる。

 後ずさろうとして踵が樹の幹にあたり下がれない。その様子に少女たちは舌なめずりをした。


 一瞬あとには男の子の純潔が散らされそうな、そういう気配が漂う。

 だが、そこに……


「お、『敵』か?」


 木の枝の上から、声。


 追い詰められていた男の子は、パァッと顔を明るくして、声の方向を見た。


「兄さん!」


 少女たちがそろって不愉快そうな顔をする。


『兄さん』と呼ばれた少年は木の枝から飛び降りると、少女たちと男の子との間に立ち……


「おぬしらも懲りぬものよなぁ。まあいい。『敵』として立つなら歓迎しよう。さあ……俺に恐れを感じさせてくれよ、『強者』ども」


 一瞬で……

 否、最初からすでに臨戦の心構え。


 少女たちは舌打ちをする。


 引き下がろうか、という視線が交差する。

 だが、『男ごとき』を前に撤退などと、していられない。

 そういうプライドもあって、少女たちのうち、もっとも体つきのがっしりした者が、声を発した。


「二人とも全裸に剥いてやる!」


「ははは。いいなぁ、いい気概だ」

「調子に乗るんじゃないわよ! 男のくせに!」

「うんうん。そうだなァ。普通、そういうものらしいなァ。男は黙って女に従うべき、だったか? だが……俺がそんな不条理に従ってやる所以もなし。……強者とのたまうなら、力を示せよ。宗田そうだ千尋ちひろ、義によって弟の宗田はくに助太刀いたす。さぁ……」


 少年は──


 かつて。

『剣神』と呼ばれた者の魂を宿した少年は、凶暴に笑う。

 美しい顔立ちには、弟の白とはまた違った奇妙に人を惹きつける破滅的な美しさで……


「……尋常に、勝負!」


 どこで拾ったものか、ちょうど刀剣に見立てられる長さの木の枝を正眼に構える。


 こうして、強者対弱者の、『いつものケンカ』が、今日もまた始まった。

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