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第3話~貫の視点3~


(久しぶりに死んだな)


 痛みは、感じなかった。

 ただ、首と体が離れたのがわかった瞬間、オレはそう思った。

 封印から目覚めてから死んでいなかったオレにとって、初めての死とも言えただろう。


(あー、確か死んだ時オレはどうやって目覚めていたっけな)


 あまりにも久しぶりすぎて、オレの思考は色々と停止してしまっていた。


(そもそもなんでオレは急に殺された?あーくそ、何があったか思い出せねぇ。生き返らねぇと状況把握は無理だな。あーっと、確か妖力を手に集中させて……ん?おいおい、ご丁寧に手まで潰してやがんじゃねぇか。えーっと、この場合はどうやって元に戻すんだっけか。腹に溜めるんだっけか?いや、狸に戻った方が確か楽だったような。あーくそ、首を落とされると血が足りなくて頭が回らねぇんだよな)


 というか、何故オレは死んだ?

 殺した奴は……誰だ?


「いや……!」


 回らない頭で思考中、不意に聞こえた声に、オレはハッとした。


 紫色の人型をした妖怪が、目の前に現れたことを思い出した。

 あれは昔、オレと対峙し、オレの力では敵わねぇと思い逃げる事を強いられた妖怪。

 姿も色も全然違うが、纏う気配は思い出すだけでも怒りが湧き出るほど、よく知った気配を纏っていた。


(九尾。そうだ、ヤツだ。ヤツがいやがった)


 つまりオレはあいつに殺された。

 一瞬で。


(まて、じゃあ、あの声は誰だ?)


 首が落ちたオレは声を発せない。

 じゃあ悲鳴を上げた声の主は――


「楠葉!」


 叫んだオレの目の前は、ひたすらに真っ白な雪が広がっていた。

 立ち上がったオレは、妙に視点が低いことに気づく。


「ああくそ、無意識に回復のために狸になってんのか」


 自分の手を見れば、それは可愛らしい茶色い狸のもの。

 こんな時に弱い姿に無意識になっているオレに腹が立つ。

 咄嗟の防衛反応だろうが、今は一大事なのに何をやってんだ。


「おい、楠葉、どこだ!」


 狸姿でも声はオレのままのはずだ。

 なのに、叫んでも楠葉からの返答はない。

 あの九尾の野郎の気配もない。


「クソ、一体どうなってやがんだ」


 オレが苛立って悪態をつくと、ゴン、と頭頂部に激痛が走った。


「いってぇ!誰だくそ!」

「文句が言いたいのはこっちなの!」

「なの!!」


 声の方を見ると、チリとララがオレを怒ったように見下ろしていた。

 2人の手には、顔ぐらいの大きな岩があった。

 恐らくそれをオレの頭に振り下ろしたのだろう。

 普通の狸に振り下ろしたら潰れて当たり前の大きさをしている岩を2人でとはいえよく持てたものだと感心するが、それよりもオレの怒りの方が勝っていた。


「てめぇら、そんなもん振り下ろしたら死んじまうだろうが!」

「もっかい死ねばいいなの!」

「なの!」

「はぁ!?お前ら何を言って――」

「狸が守らないから巫女が攫われたなの!」

「みこ、いないなの!」

「もう少し耐えてくれればチリが結界を張ったなの!」

「ララ、まもったなの!」

「なんですぐにやられるなの!ばか狸!アホ狸!巫女を返せなの!」

「かえしてなの!」


 オレの言葉を遮って散々喚いたかと思ったら、チリとララは岩を落とした。

 まだオレの頭の上にあったからあわてて「あぶねぇ!」とオレは避けたが、文句を言おうとして双子を見たら、ワンワンと泣きながら膝から崩れ落ちる小さな2人の姿に、オレは何も言えなくなってしまった。


「お、おい……」


 手を伸ばそうとするも、オレは今狸だ。

 さっきこいつらに頭をどつかれたせいで、回復の為に人型へとすぐに戻れない状態になっている。


(楠葉なら、すぐに抱きしめてやったんだろうな)


 そう思った瞬間、オレは漸く自分の違和感に気づいた。

 オレは、もう一度オレの前足を見る。


「ない」


 狸の姿だからだろうか。

 あれほど鬱陶しいぐらいにずっとあった糸が、ないのだ。


「……クソが、いつまで狸になってやがんだ。さっさと戻れ、オレ!」


 自分に対しこみ上げた怒りを吐き出して怒号を上げたオレに、2人の泣き声が止まった。


「狸?」

「なの?」


 チリとララの声が聞こえたが、オレは前足で頭を抱え、「うああああああああああ!」と咆哮した。

 黒い糸がまとわりつく。

 妖怪化でもなんでもいい。

 とにかく、人型になるんだ。


『貫』


 頭の中で、楠葉がオレを呼んだ。

 目をじっと見るとすぐに頬を赤らめてふいっと視線を逸らす、オレの妻。


「ぐ……ハァァ」


 オレは息を吐く。

 その息は黒々としていた。


「えい、なの」


 オレが吐いた息をララが虫を潰すようにパチンと両手で叩いた。

 すると、黒い霧のようなオレの息は白色に浄化され、空中に消え去った。


「狸、ごめんなの。チリとララもついやりすぎちゃったなの」


 チリがオレの傍に寄り、裾を掴んで引っ張る。

 さっきは2人を見上げるほどオレは小さな獣になってしまっていたが、今オレは2人を見下げている。視点がこうして高くなったこと、チリが掴んでいる黒い袴が視界に見えることから、オレはいつもの人型になんとか戻れたことにひとまず安堵した。


「かまわねぇ。オレが不甲斐ないのが悪ぃんだ」


 オレは再び手を見た。


「ある、が……」

「糸が繋がってないなの!」

「なの!?」


 オレの視線に気づいた双子が先に言った。

 そう、オレの指に金色の糸はある。楠葉がつけた金の指輪もある。だが、伸びているはずの金色の糸は、ただオレの指に絡まっているだけで楠葉へと伸びていない。


「どうなってんだこりゃ」


 運命の糸は、片方が死ぬと消える。

 それは知っていた。

 人間同士であれば互いにずっと残ったままたが、妖怪同士、もしくは人間と妖怪が結ばれた場合は片方が死ねば消えるのが金色の糸を唯一消す方法だ。

 だが、糸が消えぬまま残り、繋がっている先が見えないというのは聞いたこともなければ、見たこともない。


「母様の時と同じなの」

「なの」


 チリが言い、ララが頷いた。

 どうやらこの双子は何かを知っているらしい。

 それよりも気になることを言った。


「お前らの母親と同じってのはどういうことだ?」


 そう言えばこいつらは母様母様と何度も言っていたが、その正体は知らない。

 最初は楠子かと思ったが、オレが封印された後に生まれた様子だったこととこいつらが妖怪であることを考えるとその線は薄い。


「狸、鳥居に行くなの」

「なの」


 チリが真っ直ぐとオレを見た。

 ララも同じようにオレを見る。

 2人の瞳には、これまでのような子どもっぽさはどこにもない。

 オレにさえ計り知れない、得体のしれない雰囲気を纏っていた。

 気味の悪さはあるが、こいつらの行動には何かしらの意味があるのはこれまでの行動や姿から知っている。例えオレが気に食わなくとも従うべきだと直感していた。


「よくわからねぇが、なにかあんだな。信じるぞ」

「ありがとなの」

「なの」


 こいつらの足で行くより、オレが2人を抱えて走る方が早い。

 オレは妖怪化で足を強化し、双子を両脇に抱えて葛葉神社へと駆けた。



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